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千葉県市川市、東京メトロ東西線沿線の自宅サロン「ゆとり香」です。地球の恵みを大切に、自然素材を活かした温活&癒しのトリートメントで幸せの循環をさせたいアロマ&ハーブボール、クレイセラピーのセラピスト、なかがわあきこです。



最近のことなんだけど、この言葉を耳にするともうダメって時があったり、この対応はどうなんだい?って腹が立つということがいくつか重なって凹んでおります。

こんなことぜんぶ正直に呟いたらマイナスだよなぁと我慢してたけどやっぱりこの行程をブログに記録として残しておく。

そんなにいつも会っていて親しい人ではないけれど心で繋がっていて信頼している人だと思っていたのに裏切られた感があって、昔よく母が「今度とオバケは見たことね (ね=ない)」という言葉と「金の切れ目は縁の切れ目」という言葉を思い出した。

まさにこのふたつ、当てはまる出来事だったのだ。

ひとつめ

長いこと私自身、本音と建前を使い分けて生きてきたから、相手が本心なのか上っ面だけなのかだいたい判断できていたのだけれど、時々社交辞令なのか本心なのかさっぱり分からない人がいたりする。


自宅サロンを運営しているといろいろお付き合いがあるから、お誘いがあったりするとはじめのうちは断れなくて参加していたけど、こんな上っ面のおつきあいは意味ないって気づいた時、お誘いもスルーできるようになった。


そういえば私もお断りする時、「また今度タイミング合えばね」と言っていた。


だから逆にいろいろ言われることもだいたいのことは受け流せるようになったのだけれど、他の人に言われてもなんとも感じないことがどちらかと言えば大切な友人だと思っていた人から言われる同じそのひとことが、どうしようもなく腹が立って凹んでしまったのだ。


「近くなら行くのにねぇ」


と、遠く離れた友人が私の投稿を見てコメントしてくれた。


別に大したひとことではないし、よく使われるフレーズだから気にしなくてもいいのだけれど、カチンときてしまったのだ。


何故なら私が投稿する度にコメントしてくるから、それって現実的に遠く離れていて会えないからSNS上でやり取りしているんだけど、機会があれば会いたいってことなのか?


と私が勝手に勘違いしてしまったのかもしれないから本心を聞きたくなった。


というのも


私が返した言葉に対して


「じゃあ、今度そっち方面に行くときにお邪魔するね」


みたいな。


じゃあ、


ってなんだ?


しょうがないなぁ、そんなこと言うなら会いに行くよってことか?


と、深読みしてしまう私もどうかと反省点はあるのだが。


でも、その友人は年に何度も東京に来ているから今までももし私に会いたいと思っていてくれたなら会うチャンスはあったはずなんだ。


だから、それは本心なのか?


それを確かめるために個別でメッセージを送ったわけだ。


そしたらその返信が


「ごめんなさい」


だった。


心と体が一致しないときがあるって書いてあった。


ってことはやっぱり

すべてが社交辞令たったんだ。


今までのコメントは本当に上っ面のものばかりだったんだなと分かったらスッキリしたというより悲しくなった。


自宅サロンとか教室を運営している人たちにとって、「また今度ね」とか「また、いつかね」という曖昧な言葉はどっちなんだろうって悩まされると思うのです。


強引に誘っていいのか?

それともスルーした方がいいのか?


心をよむのは難しい。


だからこそ、

自分のサロンにはどんなお客様に足を運んでいただきたいのか、ビジョンを持ってないといけない。


お客様を選んで良いというのはこういうのに振り回されてはイケないってことなんだと気づいた。


きっとその友人には私が会いたいと思わない限り会うことはない。


相思相愛の友だちって本当に少ないのかもって思ったら余計悲しくなってきたから、もうこのことは忘れようと思う。


ありがとうございました。


私は社交辞令は卒業したので、いつでも本気です。自分の発した言葉に責任持っているから軽はずみなことは言わないようにしている。


会いたいと思ったら時間かかったとしても必ず会いに行きます。


逆にもし私に会いたいと思ってくださるなら、お問い合わせくださいね。


これからもどうぞよろしくお願いいたします。