第14話 まきちゃんが寝たあとも、僕だけプラレールで遊んでいた🤣
まきちゃんと一緒にプラレールで遊ぶ。
楽しい時間である。
しかし4歳児なので、当然、眠くなる。
「もう寝る」
「うん、おやすみ」
ここで普通ならプラレールも終了だ。
主役が寝たのだから。
ところが。
部屋には完成した巨大レイアウトが残っている。
新幹線もいる。
駅もある。
立体交差もある。
せっかく2時間かけて作ったのである。
僕は思った。
「……もうちょっと走らせようかな」
カチッ。
新幹線、発車。
静かな部屋を列車が走る。
ガタンゴトン。
ガタンゴトン。
僕は見る。
楽しい。
もう一周。
ガタンゴトン。
楽しい。
さらにもう一周。
……あれ?
まきちゃん、必要なくない?
触れてはいけない真実に気づいてしまった。
【緊急記者会見】
記者
「青山さん。姪御さんが就寝したあともプラレールで遊んでいたという報道は事実ですか?」
青山
「……事実です」
記者
「これまで一貫して『姪のため』と説明されていましたが?」
青山
「姪が翌朝すぐ遊べるよう、運行状況を確認していました」
記者
「一人で何周走らせましたか?」
青山
「記憶にございません」
記者
「楽しんでいましたよね?」
青山
「……」
会見はここで打ち切られた。
でも、一人で眺めるプラレールは、一緒に遊ぶのとはまた違った楽しさがあった。
自分で考えたコースを列車がちゃんと走っていく。
ポイントを切り替える。
別の列車を走らせる。
ぼーっと眺める。
これが不思議なくらい飽きない。
当時の僕はまだ知らなかった。
この先、自分がさらに巨大なレイアウトを作り、
もっと長い時間、
ただただ列車を眺める男になることを。
【歴史教科書・青山プラレール史】
第一次プラレール拡張期
この時代になると、青山は「姪と遊ぶ」という従来の枠組みを超え、単独での運行を開始した。
歴史学者の間では、
「姪依存型プラレールから自立型プラレールへの転換点」
とされている。
テストに出ます。
出ません🤣
考えてみれば僕は昔から、
面白いと思ったものには、とことん入り込むタイプだった。
そして今も、その性格はあまり変わっていない。
練馬そろばん教室でも、
「どうしたら子どもがもっと面白がるか」
を考え始めると、どんどん細かいところまで考えてしまう。
良く言えば研究熱心。
悪く言えば、
放っておくと止まらない。
32歳の僕が深夜にプラレールを走らせていたことを考えると、たぶん後者もかなり入っている🤣
そんな人間が考えている教室です。
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そして、ついに次回。
「姪のため」という言い訳が完全崩壊する。
次回予告
まきちゃん不在。
それでもレールは敷かれた。
第三者委員会、ついに最終判断へ🤣