第2話 「子どものため」には、どう見ても量が多すぎた

 

 

プラレールを大量に買った僕には、大義名分があった。

「姪っ子のため」

これである。

非常に便利な言葉だった🤣

 

 

32歳の大人が、

「自分が遊びたいのでプラレールを2万円分買いました」

と言うと、ちょっと恥ずかしい。

 

 

でも、

「姪っ子と遊ぶためです」

と言えば、急に立派な叔父さんっぽくなる。

だから当初の僕は、本気でそう思っていた。

 

 

姪っ子も喜ぶだろう。

一緒に遊べるだろう。

子どものためだ。

ところが家に帰って並べてみる。

 

 

レール。

車両。

橋脚。

分岐。

その他いろいろ。

……

どう考えても多い🤣

 

 

姪っ子と少し遊ぶだけなら、こんなにいらない。

普通のセット一つで十分である。

それなのに僕は、

「このレールもあった方が面白い」

「こっちも必要だ」

と追加していった。

 

 

この辺から、大義名分が怪しくなってくる。

本当は、

自分が面白いものを作りたくなっていた。

僕はこの話を今思い出すと、ちょっと面白い。

 

 

人は最初から自分の本当の動機を分かっているとは限らない。

「子どものため」

と言いながら、

大人の方が夢中になっていることもある。

でも、僕はそれでいいと思っている。

むしろ大人が本気で楽しんでいる姿って、子どもにも伝わる。

 

 

今、練馬そろばん教室でも、

先生が無表情で、

「はい、勉強しましょう」

と言う教室にはしたくない。

 

 

先生自身が、

「これ面白いよ」

と思っている。

新しい教材を試したくなる。

子どもの記録が伸びたら一緒に喜ぶ。

ちょっとしたイベントを本気で考える。

そんな空気を作りたい。

 

 

先生が楽しそうな教室は、子どもにも楽しさが伝染する。

ただし僕の場合は、少々楽しみすぎた。

この後、

ネットでプラレールのレイアウトを調べ始める。

そして30枚以上プリントする。

もはや、

「姪っ子のため」

で説明するのはかなり苦しくなっていく🤣

 

――――――――――

練馬そろばん教室では、

「勉強って、意外と楽しい!」

子どもがそう思えるような、楽しく学べる教室づくりを目指しています😊

 

▶ 練馬そろばん教室 公式ホームページ
https://nerima-soroban.com/