✡5✡5秒間の魔法②
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「雨が降る前に帰って来て、良かったね」
「やっぱ、山の近くだから、
天気とか変わりやすいんだな……」
もう少し、帰るのが遅かったら、ずぶ濡れになってたぜ。俺様達。
買い物してた時はどんよりとした曇り空だったけど、
時間が経つにつれ、雲行きが怪しくなり、
家に着いた途端、ぽつぽつと小雨が降り始めて、
急いで家の中に入り、菫と手分けして片付けしてたら、
バラバラと凄え音が聞こえ、気になって、外の様子を見に行くと、
本降りな雨になってた。
『フリャ?』
「あ、悪い。フライゴンをこのまま出しても大丈夫か?」
「いいよ。お兄ちゃん達帰って来ないし。
フライゴン、今日は私と一緒に寝ようね!」
『フリャリャ〜!』
トレーナーである俺様以外の人間には
絶対に懐こうとしなかったあのフライゴンが
不思議なことに、この家族、特に菫に一番懐いてるもんな。
菫が仕事に行く時だって、名残惜しそうに見つめてるし……、
その眼差しに心を打たれた菫の足を何度止めたことか。
帰宅する時も、まだかな、とそわそわするし、
菫の声を聞けば、真っ先に向かい、構ってと甘えるもんな。
こんな相棒、俺様初めて見たぜ。
「そろそろ、夕食の支度しないと……
フライゴン、また後で構ってあげるね」
『フリャ!』
「もぅ〜っ、フライゴンってば、可愛い〜っ!」
離れたくないとべったりとフライゴンに抱き着く菫を引き剥がし、
ひょいと両手で持ち上げる。
「きゃあっ!?」
余りの軽さに驚いたけど、
よく、こんな細い身体で生きて来られたよな。
「ほら、飯作るんだろ? 俺様も手伝うからさ」
「ち、ちょっと……っ、その前に降ろしてっ!」
「菫ちゃんに拒否権はありませーん」
「ほえっ!? 何それっ!?」
何だかんだと言いつつも、
台所に立って、菫と一緒に作業することになったんだが……、
慣れた包丁さばきで野菜を切ったり、手際良くご飯を炒めたりと、
あんまりにも、テキパキとした動作だったので、
手伝うと言った俺様の出番はなし。
(へぇー……将来いい嫁さんになるな……)
横で見てた俺様は感心するように心の中で呟いてたけど、
その気持ちとは裏腹に口からこんな言葉が出てきた。
「……てっきり、料理作れねぇって思ってたぜ」
「むぅっ、失礼なっ!
こう見えて、10歳の時から
お母さんに料理習ってましたよーだっ!」
そこのお皿頂戴、と言われて、二枚の皿を渡すと、
均等になるようにフライパンで炒めた炒飯を皿に装う。
「うわぁ、めちゃ美味そう」
ロトムがいたら、写真に撮ってくれって頼んでたな。
絶対映えるだろ、これ。
「じゃじゃーん! コンビーフの炒飯完成っ!」
「つーか、コンビーフの炒飯とか聞いたことねーぞ」
「えっとね、お母さんと言うより、
私のおばあちゃんから教えて貰ったの」
「へぇー、そうなんだ……」
俺様も料理するけど、
菫が作ったコンビーフの炒飯なんて、初めて知ったぜ。
「フライゴン、もうちょっと待っててねっ!
ご飯出来るからーっ!」
居間の方で大人しくしてたフライゴンが
嬉しそうに鳴き声を上げるのが聞こえてきた。
「冷めないうちに持っていこうっと。
キバナ君、麦茶お願いねーっ!」
「ん、了解」
冷蔵庫から麦茶が入ったペットボトルを取り出すと、
急いで菫の後を追いかけていった。
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菫が作ってくれたコンビーフの炒飯を初めて食べた俺様は
余りの美味さであっという間に完食。
偶には自分が洗い物をすると言う菫の申し出を綺麗サッパリ断ると、
食べ終わった皿を重ねて、さっさと片付けに入った。
「いつも、洗って貰ってるのに……なんか、悪いよ」
「こっちの世界で俺様が出来る仕事って、
今の所、これぐらいだし」
「でも……」
「ダーメ。俺様の仕事取ったら」
そう言うと、不服そうに頬を膨らませやがった。
ホント、そういう所はお子様だよな?
ま、そこがまた可愛いけど。
「なぁ、この際だから言うけどさ……」
「ほえ?」
「そろそろ、眼鏡からコンタクトにすれば?」
洗い物しながら、ずっと思ってたんだが、
菫って、眼鏡外した方が絶対に可愛いよな?
俺様がそれに気づいたのって、
羽柴家に居候することになったその日の夜に
ちょっとしたハプニングが起きた。
葵さんの好意に甘えて、風呂場に行こうとしたら、
先に入ってたのか、風呂から上がった菫と
ばったりと脱衣所で出会して。
最初、お子様みたいな感じしてたのに、
風呂に浸かったせいか、全然雰囲気違うし。
それにバスタオルで裸体を隠してるとは言え、
身体のラインがめちゃ綺麗だよな?
胸はかなりデカいし、腰の括れだって……
遊びで付き合った女より、菫が一番スタイルがいいと思う。
思わず、ガン見してたことに気づいた俺様は慌てて謝って、
逃げるようにその場から立ち去ったんだけど……、
改めて思い返せば、女の裸体とか見慣れてる筈なのに、
なんで、俺様の方が慌てるんだ? 童貞じゃあるまいし。
後から、同じ屋根の下で暮らす以上、
そういうハプニングがあるから、覚悟しとけ、と
藤哉から慰められるように肩を叩かれたけどさ。
「……どうして?」
「んー……そっちの方がいいなって思ったから」
レンズに埃が付いたとか、暖房のせいで曇った、とか喚いて、
毎回拭いてる菫を見てて、
コンタクトに変えれば、その作業をせずに済むんじゃねぇ?
そう思って言ってみたら、
「やだ」
まさかの否定。それも、即答された。
「は? なんで? 眼鏡外した方が絶対に可愛いって」
「何言ってるの? 私、そんなに可愛くないよ。視力大丈夫?
何なら、明日予定変更して眼科に行く?」
「あのな……。これでも、俺様視力いい方だぜ。
それに、こっちで使う保険証……だっけ?
第一、そんなもん持っていねぇし」
持ってると言っても、俺様の所持品は財布とスマホだけ。
身元不明な人間がそう簡単に病院とか行ける訳ねぇじゃん。
逆に怪しまれるぜ。
「大丈夫だよ。保険証なくても、病院は診てくれるから。
あ、少しでも体調悪いと思ったら、
遠慮なんかしないで、ちゃんと言ってね?」
「うん、分かった」
そういう気遣いをしてくれるのは、凄え嬉しい。
──もし、あの時、菫と出逢ってなかったら、
俺様とフライゴンは、と考えただけでも、ぞっとする。
「眼鏡外したら、全然視えないし……
キバナ君なんて、ただのおっきい塊しか見えないもん」
「塊って……失礼だな」
だから、脱衣所でばったりと出会しても、
見られたって悲鳴上げなかったんだ、と妙に納得した。
ビンタされるか、物を投げつけられる覚悟してたけど……
つーか、菫自身全く気づいてねぇじゃん。
今は原石だけど、磨けば光り輝く宝石になるってことに。
「その様子だと、好きな男とかいなかったんじゃねーの?」
「いる訳ないでしょ?
だって、現実の男の人に興味ないし……
私には推しポケのルカリオさえいれば、それだけで充分だもんっ!」
「あー……そうですか……」
藤哉から話聞いてたけど、
どれだけ、凄いんだよ? ルカリオを推すその気持ち。
一応、俺様の友人に王龍飛と言う
波導の勇者の生まれ変わりがいるんだけど……
そいつも勇者と同じようにルカリオを従者みたいに侍らせてるし。
それを菫に教えたら、きっと、目の色を変えてくるだろうな。
だけど、そんな菫を見たくなくて、言うのやめた。
ずきりっと胸の奥が痛み出したから。
「でもね、他にもいるよ。好きなポケモン」
「例えば?」
「えっとね……まず、リオル。ヌメラ。フライゴンにヨーギラス。
イーブイ、シャワーズ、エーフィにブラッキー。
サーナイトにエルレイドでしょ。
後ね、赤と白のロコンも可愛くて好き」
と言うことは、菫は可愛い系を好むみたいだな。
「オンバット、オンバーンにヌメイル、ヌメルゴン。
タツベイにコモルー、ボーマンダ」
お、意外にドラゴンタイプのポケモンが出てきたかと思ったら、
「ラティアス、ラティオス。ディアルガにレックウザ。
あ、フーパも可愛いし、外せないな……
それから…………」
「おいこら、ちょっと待て」
益々ヒートアップする菫にストップをかける。
今、菫の口から然りげ無く、伝ポケ。
それも時間を司る神と呼ばれてるディアルガに
人前には滅多に姿を見せねぇと言われてる
天空ポケモンのレックウザまで出てきた。
流石にドラゴンタイプのポケモンを扱う俺様でも、
その名前を聞いたことあるし、
この前アニポケ映画でディアルガやレックウザを
初めて見た時はめちゃ感動したって言えば、あれだけどさ。
「つーか、呪文みてぇに唱えるなっ!」
「ほえ?」
前々から思ってたけど、菫って絶対天然だよな?
「これでも、絞り出した方だよ?」
「絞り出したって言う割には、メチャクチャ、多すぎだろっ!」
思わず、突っ込みを入れてしまったけど、
ポケモンを大切に想う気持ちは嘘じゃねぇみたいだ。
そうじゃなかったら、フライゴンがあんなに懐かねぇもんな。
「ねぇ、キバナ君はフライゴン以外のポケモン、
何持ってるの?」
「ヌメルゴン、バクガメス。サダイジャ。
コータス、ギガイアスで……
一番の切り札が巨大マックス出来るジュラルドンだ」
「ほえ? キバナ君ってドラゴン使いだよね?
なんで、違うタイプがいるの?」
「あのダンデを倒す為に、俺様も色んな戦法を試したんだけどさ……、
天候を変える戦法が一番合ってたんだ。
コータスとギガイアスがその特性持ってるし、
ヌメルゴンには雨乞いを覚えさせてるぜ」
「成程……。あ、私もゲームだけど、天候を変えたりするかな。
ヨーギラスとフライゴンに砂嵐で、
シャワーズとサーナイトに雨乞い……と言う感じで」
「お、マジか」
「日照りと雪降らしが使えるポケモンがいないけどね」
まさか、俺様と同じ戦法を使うトレーナーが
此処にも存在してたなんてな。
それが切っ掛けで、ポケモンの話題で花を咲かせ、
俺様も珍しく会話が弾んだ。
「キバナ君がいた世界のダンデさんって強い?」
「伊達に10年間、王座を守り抜いてるからな……
彼奴は強いぜ」
「ほえー、凄いね、ダンデさん」
「ジムチャレの開会式にあったダンデとのエキシビション、
ジュラルドンでバトルしたんだけどさ……、
後少しで勝てると言う所で毎回負けるんだよな」
「ジュラルドンって……、確か、ドラゴンと鋼タイプだよね?」
「そうだぜ」
「初めて、剣盾をプレイした時、凄くカッコ良かったし……
いつか、手持ちに入れたいって思ったんだ!」
こんな時に限って、ふと思う。
──もし、此処がポケモンがいる世界だったら、
俺様の自慢のポケモン達を見せてやれたのにな。
菫のことだから、飛び上がる程大喜びして、
揉みくちゃになるまでジュラルドン達と
ポケじゃらしやボールで遊んだり、
一緒にカレーを作ったりして楽しそうにするんだろうな。
そんな光景が、俺様の頭の中に浮かんできた。
「ホント、好きだよな? ポケモン」
「うん、大好きっ!」
花が咲くような可愛らしい笑顔を浮かべて、俺様に笑いかけてきた。
余りの眩しい笑みに目を逸らそうとしたら、
──本気で、人を好きになれない?
俺様とジムチャレの同期で、現在でも、友人として交流を続けてる
フェアリー使いのアルフレッドが言ってた言葉が脳内に過ぎった。
──だったら、そんな君に
とっておきの魔法でも、教えてあげようか?
──は? そんな魔法……ある訳ねーだろ。
ピンクばっかり言うあの婆さんじゃあるまいし。
──僕も実際に試してみたよ。
丁度、向こうから電話がかかってきた時にね。
そのお陰で自分の気持ちに気づくことが出来たから。
そう言えば、気になる女がいるって言ってたな?
とっておきの魔法が気になった俺様は
どんな方法なんだよ、とアルに訊ねる。
──それはね……、たったの5秒。
──5秒?
──うん。気になる女の子から目を逸らさず、
ちゃんと向き合って、自分の中で5秒間数えて。
そしたら、今まで自分が見ていた世界が、一気に変わるよ。
その魔法がホントなのかどうか知らねぇけどさ、
それで簡単に気づくのかよ?
取り合えず、教えて貰った魔法を実践してみようと思い、
気になってる菫から目を逸らさず、
ちゃんと向き合って、5秒間俺様の中で数えてみることに。
家の外は雨の音がするけど、
不思議なことに周りが静かに聞こえるし、
5秒ってこんなに長かったか?
(それにしても……、やっぱ、可愛いよな…………)
そう思った次の瞬間、俺様と目が合った菫が更に笑みを零して──、
ドキッと心臓が高鳴った。
「っ!?」
菫の笑顔が瞳の奥に焼き付いたせいで、
ドキドキって言うより、バクバクと。
今にも爆発しそうな勢いで煩く鳴り響いてるし。
それに、この距離だから、
いつ、菫に聴かれてもおかしくねぇじゃん!
身体がやけに熱く感じた。
「ほえ? どうしたの? 顔赤いけど、熱でも……?」
「っ、な、な、何でもねーよっ!」
「変なキバナ君……。あ、フライゴンーっ!」
ぱっと顔を逸らした拍子に、
菫はフライゴンがいる居間の方へと向かって行きやがった。
その隙に洗い物を済ませようとしたんだけど、
菫に対する気持ちが今更実感して、それ所じゃねぇ。
鏡見なくても、顔が赤くなってることぐらい、分かる。
マジで熱い。
「嘘だろ……俺様と言う者が…………」
だけど、これまでのモヤモヤ感、
隣にいるだけで、凄え安心出来る居心地良さの正体が、
今になって、やっと分かった。
──菫を一人の女として、意識してたんだ。俺様。
「はああぁ……マジでどうすっか…………」
仮に好きだと伝えたとしても、素直に受け取ってくれねぇよな。
だって、この世界の住人じゃない俺様は
何れ、向こうに帰らなきゃならねぇし、菫の前からいなくなる。
菫もそれが分かってるから、
仲良くなった今でも、微妙に一定の距離を置いてるんだ。
(生まれて初めて好きになった女が、異世界に住む……か)
どうせ、叶わねぇし、いっそのこと、諦めるか?
一瞬、その考えが頭の中に過ぎったけど、
俺様の中で“菫”の存在がデカくなり過ぎて、
一度認めてしまったこの想いを捨てるなんて出来ねぇよ。
それに、俺様は欲しいと思ったものは絶対に手に入れる主義。
好きって自覚したこの瞬間から、
積極的にアピールして、振り向かせていくつもりだ。
(菫は俺様のものだ……、誰にも渡さねぇよ)
──もし、菫が俺様の気持ちを受け取り、
共に居たいって言ってくれるのであれば、
向こうの世界に一緒に連れて行き、
俺様の自慢のジュラルドン達を紹介したいし、
バトルする所だって、見せてやりたい。
それから、ダンデ達にも……と、いや、待てよ?
ダンデ達に会わせたら、菫の魅力に気づいて、
好意でも持たれたら、絶対にダンデに敵う筈が……、
それだと、俺様が困る。
「キバナ君ーっ!
洗い物終わったら、一緒にゲームしよーっ!」
何がともあれ、手始めに外堀から攻め落とすしかねぇな。
葵さんや藤哉を俺様の方に引き入れて。
──全ては、『菫』と言う宝を手に入れる為だ。
「ああ、今行く」
さっさと洗い物を終わらせると、
今後どうやって、菫を口説き落として行こうか、と考えながら、
俺様は居間へと足を運んでいった。