<プチネタバレ>

 

 

「古本食堂」は、原田ひ香著の小説で、神保町で古書屋を営んでいた店主の急逝をきっかけに、店主の妹とその親戚の女子大学院生が周囲の暖かい人達に囲まれながら、古書と食の世界を通してそれぞれの夢をかなえていく。2020年の作品。

 

この本は、アメブロで小説を紹介されている方々のページを見て、非常に興味を持ち、手にとりました。
大変、感謝。

神田神保町の書店街は、高校生の頃によく通った。もう数十年前になるだろうか。
当時の私の目当ては、専門誌とマンガ。特に週刊誌・月刊誌が、通常の発売予定日の1,2日前に購入できたことは、大変優越感を味わせてもらった。
専門誌もマンガも新刊が主だったので、古書を扱っている店には、あまり入ったことはない。三省堂、書泉グランデ、書泉ブックマートがホームグラウンド、と言えば大体わかるだろうか。ただ、書泉ブックマートは今やなく、三省堂も建て替え中とのことで、明大通りと靖国通りの交差点から見えるあの景観も見れなくなっている模様。私の頃とは景観が大きく様変わりしているようだ。
結婚してから一度だけ、神保町に家族で行ったことがあるが、その時は三省堂はまだあったものの神保町奥の古書店や小さな出版社が集まっていた一区画がなくなっており、大きくおしゃれなビルが出来ていたのを見たときは、本当に驚いた。三省堂も建て替え予定で変わってしまうとのことで、神保町本屋街の大きな変化に寂しさを感じたものだった。

本書は、新型コロナの時代の神保町の話。最近、神保町ではカレー屋が乱立しているとのことで、食の街としてのステータスも高まっている故か、食の話は一服の清涼剤的な役割で話に登場してくる。
タイトルから、ビブリア古書堂の事件手帖に孤独のグルメやワカコ酒などのエッセンスを加えたような話をイメージしていたが、ちょっと違った。しかし、違っていてよかった。

登場人物は、二人の女性。亡くなった店主の妹で60後半から70歳ぐらいの女性と店主の親戚で大学院生の女性が、交互にそれぞれの視点を通して物語が進んでいく。
最初、どっちの立場の話なのかわかりづらかったが、主語が「私」と「あたし」で分かれているのに気付いてから、戸惑うことなく話に入り込むことができるようになった。

神保町界隈は、時間がゆったり流れているようであり、周囲の人らもマイペースで楽しく仕事をしているように描かれている。
みんなで助け合い、そこから人の輪が出来、それが大きくなっていき、そしていつの間にか笑顔の数が増えていく。
そんな世界を、過去に多くの人達に様々な知見や感動を与えてきたであろう古書たちが、ひっそりと、だが、しっかり存在感を出してサポートしている。
とても落ち着いた気持ちにさせてくれる小説だ。
本書に登場する古文書は正直苦手だが、本好きであれば、間違いなく面白いと感じる小説なのではないだろうか。

そして最後。登場人物を通して語られる、古書店に対する作者の思い。
私は今まで、古書店に対して、このような見方があると思ったことはなかった。

ここでの語りは、一読の価値あり。ある意味、ここでこの小説に対する印象が大きく変わった。
なんでもデジタル化に向かっている時代にあって、どうしてもなくしてはいけないものがある、ということを改めて強く認識した次第。

それぞれの夢をかなえようとしている「私」と「あたし」。その後日談が、続編の「新装開店」で読めるらしい。
早く続きを読んでみたいと思える、心温まる一冊である。


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