2001年東北の旅9 千沼ヶ原 | 楢丁(YOUTEI) 旅の話

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趣味で書きためた旅日記が、膨大な量になりました。2020秋に脳出血、2023には食道癌を発症と、様々なことが起こりますが、克服してまた旅に出たいという気持ちは変わりません。
お付き合い頂けたらありがたいです。どうぞよろしく。

2001年東北の旅 その9

 

 ホテルのチェックアウトを早めにすませ、出発。今日は県境を越え、秋田県側からトレッキングの予定。


 盛岡で北上川に注ぐ雫石川の支流安栖沢(あずまいさわ)の源流部に千沼ヶ原という高層湿原がある。かれこれ十年ほども前になるが、僕は一度ここへ行ったことがある。そのときのことを章子に話したら、今度の旅では是非行ってみたいという。その話とはおよそこんなものだ。


 いつも一緒に出かける釣友二人と一緒に安栖沢へ行ったときのことだ。このときは、川をつまみ食いするんじゃなくてキャンプ装備で入川し、源流まで詰めて、源頭の千沼ヶ原に立ち、そこから乳頭山を登って秋田県側に降り、乳頭温泉郷最奥の秘湯、黒湯につかってうまいビールを飲もうぜ、というぜいたく?な計画を立てたのだった。


 安栖沢は支流といっても水量が豊富で、深い渓谷を形成している。林道の終点までは車で入り、そこからけもの道程度の踏み跡をたどってはるか下を流れる安栖沢に降り立つ。ここから竿を出しながらゆっくり遡行を開始して、川床でイワナや山菜を肴に宴を張り、とまあその手の雑誌にあるごとく、絵に描いたようなイワナ釣りの川旅だ。ビールを大量に背負ったせいでザックは重かったが、安栖沢は特に険悪な表情を見せることもなく、源頭まで我々を導いてくれた。


 家一軒ほどもありそうな大岩が積み重なる巨岩帯、岩をかむ激流、エメラルド色の水をたたえる深い淵、流れを割って出る宝石のようなイワナ・・・・。ああ、今思い返しても胸が躍る。しだいに沢の流れも細くなり、人影に逃げまどうイワナを眺めながら更に詰めていけば、お花畑のような草原に出る。すでに森林限界を超えているのだ。重いザックを背にあえぎながらゆくといつしか瀬音は山肌に吸い込まれ、突然あたりは静寂に包まれる。遠くさえずる鳥の声を聞きながら腰ぐらいの背丈の笹やぶを行くと、霧の晴れ間からかなたに続く木道が確認できる。その先をたどってゆくと池塘のある湿原が広がっている。千沼ヶ原だ。良かったなあ、あの時は・・・。


 とまあ、こんな物語を何度も聞かされれば行ってみたくもなるでしょう。ただ、この通りのルートで行くとなると岩手県に車を置いて秋田県側に降りるわけなので、タクシーでもチャーターして再び岩手側に戻らなければならない。そこで今回は秋田の黒湯から歩き始め、乳頭山の山頂に立ってから千沼ヶ原に降り、帰りは同じルートを登り返して戻ってくることにした。

 

登山道の途中に湧き出す温泉


 乳頭山へは途中まで沢づたいの登山道で、道の脇に所々白濁した温泉が沸き出していたりしておもしろい。かなり軽装の人たちにも出会ったが、あまり甘く考えない方がいいですよ、とはいえず、こんにちわぁ、お先に、と挨拶だけして先へ行く。天気がいいので景色がきれいだ。

 

乳頭山山頂にて

 

 乳頭山はたかだか1500メートルちょっとの山だが、それでも結構登りでがある。夏だというのに山頂で風に吹かれていると、身体が冷えてしまった。一息入れたところで、いよいよ千沼ヶ原へ。ハイマツや笹の茂る小径を行くと、所々にニッコウキスゲの黄色い花が咲き乱れ、30分ほどで湿原へといたる木道に出会う。

 

ニッコウキスゲが咲き乱れる

 

 まばらに生える松の林を抜けると千沼ヶ原が広がっていた。池塘が点在する湿原だ。木道は歩いても歩いても先へと続く。思っていたよりも、ずっと規模の大きな湿原だ。出発が遅かったので奥までは行けず、途中で引き返すことにした。帰路の木道で会ったおじさんとしばし立ち話。「いやー、尾瀬よりいいね、ここは」というこの人、今度30人ほどのガイドをするので、茨城から下見に来たのだという。尾瀬には一度も行ったことのない僕らだが、尾瀬より良いというこのおじさんの言葉は素直に信じることにしよう。 

 

池塘の多い千沼ヶ原


 黒湯に戻ったときには、すでに5時近かった。登山道は良く整備されていたが、アップダウンは結構きつく、なんだか膝が笑っている。こういうときはやっぱり温泉。カンペキな計画である。黒湯はすでに秘湯でも何でもなく、人出は相当のもの。宿泊の予約など、かなり早いうちからでないと難しいのではなかろうか。それでも黒湯そのものは、自炊の設備もあり、構えも湯治場の雰囲気を色濃く残しているのはさすが、というべきか。

 

湯治場の雰囲気を色濃く残す黒湯


 この近くにテン場を、というのも不可能ではなさそうだったが、明日のことを考えて、田沢湖の近くまで降りることにした。


 夜はそれこそ降るような満天の星空。やっぱりキャンプはかくあるべし。

 

 

2001年東北の旅 その10につづく