六大将軍伝説

 

 

【242 第一次西部攻略戦(三十八) ~約束~】

 

 

〔本編〕

「いずれにせよ……」クーロがルーラからの一連の説明を受けた後、ボソッと呟く。

「僕には、ルーラに一生かかっても返しきれない貸しが出来てしまったというわけだ。これは今後二人が一緒になった場合、一生頭が上がらないことになってしまったというわけか」

「心の声が全部外に漏れているぞ、クーロ」ルーラが笑いながら、クーロの迂闊な呟きを聞きとがめた。

 ルーラの口元は笑ってはいたが、目は笑っておらず、むしろ冷たく鋭い視線でクーロを射ていた。

「……」クーロの背中に冷や汗が走る。いつもは冷静過ぎるほど冷静なクーロが、何故かルーラの前ではこのような失言を犯してしまうのであった。

「クーロ。お前のその発言は、今回の件で一生私の尻に敷かれることになったことに絶望しているのか? それとも一生かかって返せない借りが出来た以上、私と終生一緒にいなきゃいけなくなったことに絶望しているのか? どっちなのだ?! 心して答えなさい」

「そ・それは……」クーロがルーラの問いに慌てて回答しようとして、その罠に寸前のところで気付く。

 このルーラの究極の二択は、どちらを選択したとしても、その後に待っているものがクーロの破滅以外の何物でもないことに……。

「……本当にルーラはやばい! ルーラが敵でなくて本当に良かった」クーロは心の底からそう思い、それを素直に口にする。

 しばらくルーラはクーロを睨みつけたまま黙っていたが、ついに大声で笑い出した。

「さすがはクーロ。罠にかからなかったか……。どちらを選択しても、それをネタにお前を一生縛り付けてやろうと思っていたのに……」ルーラのこの言葉にクーロも返す。

「ルーラの嘘つき。今回のことが無くても、既にルーラは僕を縛り付けているではないか。僕に何らかの選択の余地はもうない」

「なんだ、クーロはそれが嫌なのか?」

「嫌なわけないだろ!」クーロの心の中で、ツヴァンソが完全に消えた瞬間がこの時だったかもしれない。

「……でも、クーロ、お前は約束を守ったのだぞ!」ルーラが唐突に別の話題を振る。

 これはクーロにとって、全く予期していなかった言葉であり、「僕が約束を守った? 何の約束?」クーロ言ったこの言葉は素のまんまであった。

「五年前の二〇五年に貴方(クーロ)がバクラの地を離れ、バラグリンドルに向かう前、私に告白したのは覚えている?」

「もちろんだよ」

「私も、その時の言葉を一字一句忘れていない。その時クーロ、貴方はこう言った。『僕は、後五年で必ず将軍になる! そうしたら、ルーラ! 必ず貴女(あなた)を迎えに行く!!』と……。そしてその五年後が二一〇年。つまり今年だ」

 クーロはその言葉をはっきりと思い出し、少し目線が下がる。

「確かにそう言った。でも、ごめん! 五年後の今年、確かにルーラと婚約は出来たから、今年中に結婚することが可能で、貴女(ルーラ)を迎えに行くと言ったその言葉は実現出来たことになる。でも、将軍になることは出来なかった。今の僕は五千人将、将軍位の一つ下の位だ。つまり、将軍になってルーラを迎えに行くという約束は果たすことが出来なくなった!」

 クーロのこの言葉に、ルーラが笑いながら否定する。

「何を言っているの、クーロ! 貴方は私を迎えに来るという約束と同時に、将軍になるという約束までしっかり果たしたのよ。クーロは生き返ったばかりだから頭がまだ回っていないようだから教えてあげるけど、今回の戦いでクーロ、貴方はミケルクスド國最高峰の大将軍の一人モスタクバルを倒したのよ! こんな大戦果で将軍に昇格しないはずがないじゃない。少し戦後処理の関係で時間はかかると思うけど、絶対に年内には将軍になっているわ。間違いなく」クーロはルーラにそう言われて、初めてモスタクバルを倒したという事実に気付いたのであった。

 

 

「何?! モスタクバルの起死回生の強襲が失敗したと!!」

「バッサート将軍! 強襲失敗以上の事態となりました! その強襲の最中、モスタクバル将軍が討ち取られました!! 最悪の事態であります!」

 ミケルクスド國北部ホウニィアオ地方において、ソルトルムンク聖王国ジュリス王国連合と対峙していたバッサート将軍は、その報を受け、目の前が真っ暗になった。

「モスタクバルを討ち取ったのは、誰だ!」バッサートが大声で伝令兵に詰め寄る。

「私もよくは分かりませんが、なんでもクーロとかいう指揮官とその軍だそうです。……しかし私は、聖王国のクーロなる将軍の名の記憶がございません」

「馬鹿者! クーロという小僧は将軍ではない! くそっ! 敵の“双頭の蛇の陣形”の胴の部分を奴が受け持っていたとは……。くそっ! 不覚だ」

「将軍、双頭の蛇? 胴の部分? 何のことでありますか……」

「うるさい!」バッサートは、伝令兵を一喝する。

「それより王都は今どのような状態だ! この状況にどう対処している?!」

「そ・それが、宰相のマルダーが王の怒りに恐れおののき、今回のモスタクバル起死回生の一手については、幽閉中のセミケルン元宰相の入れ知恵をそのまま王に伝えただけと暴露したため、ツァイトオラクル王は怒りに任せ、セミケルン元宰相を獄中から引きずり出し、そのまま首を切ったとのことです! 王都がしたことはそれだけでございます」

「馬鹿野郎!!」バッサートは剣を抜き放ち、その伝令兵に振り下ろす。

 さすがに伝令兵の目の前数十センチ手前の床に剣は突き刺さったが、伝令兵はその場で腰が抜け、這いつくばりながら、その場から逃げ去った。

「ケルウス! ここはお前が引き継げ!」バッサートは剣を収めると、副官のケルウスにそう告げる。

「この戦場をでありますか? 私には荷が重過ぎますが……」

「そんなことは百も承知だ! それでもお前なら、聖王国のマデギリーク将軍とジュリス王国のフセグダー将軍を相手に、しばらくは耐えることが出来るはずだ」

「無理です! ホウニィアオ地方を始め、いくつかは敵の手に渡ってしまうのでありましょう」

「それでもお前ならここの軍は総崩れしない。徐々に領土を侵食されるのはやむを得ない。とにかくしばらくは、ここで時間を稼げ!」

 バッサートのこの言葉に、副官のケルウスは苦笑いで頷きながら、逆に問い返した。

「それで、バッサート将軍は王都イーゲル・ファンタムに急行されると思いますが、王都でいかがなされますのですか?」

「王都イーゲル・ファンタムを急襲し、ツァイトオラクル王とマルダーの首を上げてくる!」

「本気ですか?」

「冗談だ。俺が王都で聖王国から来ているであろう曲者外交官たちと折衝し、事をまとめてくる! 最も、王と宰相の二人の顔を見た瞬間、衝動的に二人の首を飛ばしているかもしれないがな」

 そう答えるとミケルクスド國最高峰の三将軍の一人バッサートは、一時(いっとき)も時間を無駄に出来ないので、最低限の準備だけを整え、王都イーゲル・ファンタムに向かったのであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 ケリウス(バッサート将軍の副官)

 セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)

 ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹)

 バッサート(ミケルクスド國三将軍の一人)

 フセグダー(ジュリス王国の将軍。『生ける武神』の異名を持つ)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)

 マルダー(ミケルクスド國の宰相。ツァイトオラクル王のお気に入りの家臣)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)

 

(地名)

 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)

 バクラ地方(ソルトルムンク聖王国とバルナート帝國の国境にある地方。北側がバルナート帝國領、南側がソルトルムンク聖王国領であったが、両國による不可侵条約により全てが帝國領となる)

 バラグリンドル地方(ソルトルムンク聖王国の一地方。元ミケルクスド國領)

 ホウニィアオ地方(ミケルクスド國領)

 

(その他)

 五千人将(大官の別称)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席。率いる軍組織は特に決まっていない)

 

(顛末)

 クーロの告白(クーロがバクラからバラグリンドルに転戦する一日前に、ルーラに告白したこと。【129】を参照)