六大将軍伝説

 

 

【302 第二次西部攻略戦(三十六) ~金騎兵~】

 

 

〔本編〕

「まあ、それを言ったら竜戦車の補給運搬部隊が存在しなければ、そもそもカナリーノは、ここルマーカ平原を決戦の場に定めてはいないと思うがな……」

「確かに、ソキウス様のおっしゃる通り……」

 ソキウスとスーシャがそのような会話を交わしている間に、続々とクーロ軍の各部隊が、このルマーカ平原に到着し始める。

「おお、騎兵部隊も歩兵部隊も到着したようだな」

 スーシャの重装甲槍兵部隊より遅れること三十分程で、カニスの騎兵部隊並びにヤンムールの剣兵が中心の歩兵部隊も、ルマーカ平原に到着した。

「あれ? ヤンムールの歩兵部隊は半数の二千しかいないのか?」

「ソキウス様、残りの二千はカナリーノの指示で、ツィカーデ城に向かいました。敵レアオン軍は確かにここルマーカ平原に向かっておりますが、突然ツィカーデ城奪取に戦略を変えないとも限らないとのことで……。二千の歩兵がツィカーデ城に入れば、攻められてもしばらくは持ち堪えることが出来ますし、その上敵も自分たちと同数の八千であれば、敵ロボ軍並びにチグレ軍との戦いで兵をそれだけ失ったと勝手に思い込み、さらに油断するとのこと……。一緒に二度の戦いで負傷した兵もツィカーデ城に向かわせました」

「さすがはカナリーノだ」ソキウスが満足気に頷く。

 その間にカナリーノも竜戦車で到着し、さらに三十分後、クーロの直属精鋭部隊五百もルマーカ平原に到着し、これでツィカーデ城に向かった二千の歩兵部隊を除き、おおよそ八千のクーロ軍がルマーカ平原に到着した。

 そのクーロ軍全軍が到着して二時間後、フルーメス王国五獣将の一人、レアオン大将軍率いる八千の軍がルマーカ平原に到着する。

 龍王暦二一二年五月三〇日、午後三時のことであった。

 

「レアオン大将軍! 敵クーロ軍が既に集結しております。見たところ我らと同数の八千。ここは明日の朝開戦し、夕方前には決着をつけれましょう」レアオンの副官が、そう大将軍に話しかける。

「敵も、明日にでも戦いが始まろうと思っているのであろうな……」レアオンはそう呟く。

「おそらくは……」副官がそう答えた。

「重装甲騎兵を中央に全て集結させろ! 集結させ次第、攻撃を仕掛ける!!」

「これから仕掛けるのですか!」驚いた副官がそう問い返す。

「敵は卑怯な戦法で、ロボ軍並びにチグレ軍を撃退した! しかしそれによって二千の兵を失い、残った兵も疲労困憊である。我らの動きを察して、このルマーカ平原には先に到着したようだが、それでも今日はもう戦える状態ではなく、当然今夜は休んで、明日以降の戦いに備えるつもりでいるはずだ。そのような敵の出鼻を挫く!」レアオン大将軍が自信満々でそう述べた。

「それに敵は重装甲兵を我らの前に並べ、それで安心しきっている。馬鹿な敵だ。俺の重装甲騎兵の突撃で、あのような守り一撃で吹き飛ぶ。重装甲兵の壁を打ち破れば、弓兵が中心の敵軍など一気に瓦解する。今夜はここで勝利の美酒に酔おう」

「成程、さすがはレアオン様。すぐに重装甲騎兵を集結させます」レアオンの副官そう言うと数名の部下を呼び、それぞれに指示を出した。

 

「レアオン大将軍は、今日にでも攻撃を仕掛けてくるようですね」カナリーノがクーロに話しかける。

「無理もない」クーロが呟く。

「敵は今日一日で我らに味方の二軍を壊滅させられ、國の重鎮である五獣将のうち二将を討ち取られている。今日中に我らを破り、その帳尻を合わせたいところであろう。それに敵には我らを打ち破る手段がある。五獣将の軍にあって、唯一筆頭のレアオン軍にだけ許された重装甲騎兵部隊という存在。いわゆる金騎兵(ゴールドナイト)が中心の精鋭の騎兵部隊が……」

 

 金騎兵――別名ゴールドナイトとも称される騎兵は、このヴェルト大陸にあって最強の騎兵である。

 槍兵の第一段階であるランスポーンが、ホース(馬)に騎乗することにより、第二段階への兵種変更(クラスチェンジ)を行いブロンズナイトとなる。

 ブロンズナイトから騎兵と称されるが、この騎兵はホースの機動力に加え、長槍(ちょうそう)を武器としているため中距離における攻撃に優れている。

 その上、ホースに騎乗しているので兵が、重量級の鎧を纏っても動きへの支障が歩兵に比べて少ないため、防御力も優れているといえる。

 つまり機動力があり、攻守に優れる騎兵は戦場における花形であり、騎兵の戦力は歩兵の数十倍で、その戦力は、しばしば戦場における勝敗を決する重要な鍵となる。

 ただ、第二段階のブロンズナイト程度では、それほど脅威ではない。騎兵は鎧を纏っているが、乗っているホースは馬体がむき出しのままなので、ホースを攻撃の対象に絞ることが出来るからである。

 しかし第三段階のシルバーナイトに兵種変更(クラスチェンジ)することにより、ホースも鎧を纏う。

 兵、ホース共に成長することにより力が増し、結果、兵の鎧もさらに重装備となり、機動力はそのままで攻守における戦闘力が上がる。

 さらにシルバーナイトが成長することにより、最終段階のゴールドナイトと称されるようになれば、その力は一騎で一つの戦局を左右するほどの力を有する。

 

 さて、第三段階のシルバーナイトから最終段階に兵種変更(クラスチェンジ)する際、ホースから小型竜(ドラゴネット)に乗り換え、竜騎兵(ドラゴンナイト)に成る騎兵もいるが、ここでしばしば論じられるのが金騎兵(ゴールドナイト)と竜騎兵(ドラゴンナイト)、どちらが強いかということである。

 確かにドラゴネットとホースを比べた場合、身体の頑丈さ、皮膚の固さ、また竜特有の鋭い牙や太い尾などからドラゴネットの方が戦闘力において優れているのは厳然とした事実であり、議論の余地はない。

 結論から先に言うと、多種多様な戦場においてドラゴンナイトの方が、汎用性が高く、特に山岳地帯や湿地などの悪路においては、ゴールドナイト以上の機動力を発揮することから、陸上における最強の兵であることについても誰も異論は差し挟めないであろう。

 しかし、広大な平野などでの戦いに限って言えば、ゴールドナイトの方に分がある。

 重装甲な上、巨大な槍で突進してくる金騎兵(ゴールドナイト)は、たとえ最強の称号を持つ竜騎兵(ドラゴンナイト)であっても、その一撃をまともに受ければ、ただでは済まないであろう。

 頑強な皮膚を持つドラゴンでも、ゴールドナイトの突進による槍の一撃には耐えられない。巨大な槍でドラゴンの固い皮膚を貫かれ、ゴールドホース(金馬)の馬蹄に踏み砕かれることであろう。

 その金騎兵(ゴールドナイト)の一撃は、騎兵にとって本来は鬼門といえる重装甲槍兵による槍衾(やりぶすま)の防御陣であっても例外ではない。

 平地において、金騎兵(ゴールドナイト)の本気の突進を真っ向から受ける手段は、ほとんど皆無なのである。

 

 

 

〔参考一 用語集〕

(人名)

 カナリーノ(ルーラの義妹。新生クーロ軍で軍運用の役割を担う)

 カニス(騎兵。新生クーロ軍騎兵部隊の長)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 スーシャ(重装備の槍兵。新生クーロ軍重装甲部隊の長)

 ソキウス(弓兵。新生クーロ軍弓兵部隊の長)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を首筋に受けて絶命)

 ヤンムール(剣兵。新生クーロ軍歩兵(剣兵)部隊の長)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 ルマーカ平原(フォルミーカ地方の平原)

 

(兵種名)

 第一段階、第二段階、第三段階、最終段階(兵の習熟度の称号。第一段階、第二段階、第三段階、最終段階の順に上がっていく)

 ランスポーン(第一段階の槍兵)

 ブロンズナイト(第二段階のブロンズホースに騎乗する騎兵。銅騎兵とも言う)

 シルバーナイト(第三段階のシルバーホースに騎乗する重装備の騎兵。銀騎兵とも言う)

 ゴールドナイト(最終段階のゴールドホースに騎乗する重装備の騎兵。金騎兵とも言う)

 ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)

 

(竜名)

 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 大将軍(将軍位の上位。國の象徴的存在)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 竜戦車(バハムートによってけん引される大型の戦車。『ドラゴンタンク』とも言う)

 

 

〔参考二 大陸全図〕

 

 六大将軍伝説

 

 

【301 第二次西部攻略戦(三十五) ~新生クーロ軍Ⅷ~】

 

 

〔本編〕

 さて、レアオン軍との決戦の地――ルマーカ平原。そこに一番早く到着したのは、クーロ軍弓兵の一部隊であった。

 それは、弓兵ソキウスが率いる三千の弓兵部隊で、カナリーノがクーロの前から辞して、わずか三十分後であった。つまりこの部隊は、カナリーノによる指示より前に動いていたわけである。

 一万規模のクーロ軍において、ヤンムール率いる剣兵を中心とする歩兵部隊四千に次いで数が多い部隊がこれであり、その内訳はボウポーン、ハンター、アーチャーが各々千ずつの三千であった。

 弓兵としては第一段階と第二段階の兵種である彼らは決して精鋭とはいえず、また今回が初陣という兵も数多く見受けられる。

 この三千の弓兵部隊の主な役割は、開戦で先制攻撃を仕掛けることであり、野戦においては敵が攻め寄せ白兵戦に至るまでの間(かん)に、飛び道具の弓でいかに敵を減らすこと、そして籠城戦においては城壁を登って攻め寄せる敵を阻止するいった役割の部隊であった。

 これは一般的な軍による戦いでの役割とほぼ同じであり、先ずは敵が近づくまで矢を射かけ、その後、騎兵や歩兵が直接戦う。そのため、弓兵の役割は敵が接近するまでの補助的な役割であり、敵が近づいたら、後は騎兵や歩兵に戦いは任せて、後方に退くのが常であった。

 ただ、一般的な軍においては、一万の兵数に対し弓兵は五百、多くて千であるが、クーロ軍は三千以上いる。そこに弓兵に特化した軍という特色が色濃く表れている。

 今回、新生クーロ軍単独の本格的な戦いの初戦において――厳密に言えば、新生クーロ軍単独での戦いは、十日前の五月二〇日のツィカーデ城攻城戦であるが、それは小規模な戦いであるため初戦とカウントしない――、この三千の弓兵部隊は、まだ実際の戦いに加わっていない。

 なぜならロボ軍との戦いでも、チグレ軍との戦いでも、その戦場に到着していなかったからである。

 むろん、ロボ軍並びにチグレ軍との戦いにおいて、この三千の弓兵部隊は戦場に向かってはいた。しかし、弓兵部隊が到着する前にどちらの戦いも勝敗が決してしまい、結果、弓兵部隊はまだ戦いそのものに参加はしていないのであった。

 今回のチグレ軍との戦いにおいても、チグレ軍と遭遇するであろう指示された場所に向かっていたが、そこに着く前にこの戦いが終わったことにより、一旦は待機を命じられた後、カナリーノからの前もっての指示で、次の戦場であるルマーカ平原に移動したのであった。

 その結果、ルマーカ平原にこの三千の弓兵部隊は一番早く到着したというわけである。

 

「お前たちにとって、先のロボ軍並びにチグレ軍との戦いに直接参戦出来なかったのは、まことに残念であった」弓兵部隊の長、ソキウスが三千を前に言葉を紡ぐ。

「しかし、このルマーカ平原における敵レアオン軍との戦いで、そのもやもやした気持ちを全て吐き出せばいい! 諜報からの報告でレアオン軍がルマーカ平原に向かっているのは間違いのないことである。やっとお前たちの力を示せる時ぞ! 大いに励め!」

『おお!!』ソキウスの言葉に、三千の弓兵は一斉に叫ぶ。士気は最高潮に達していた。

 ここまで実戦に加われなかったその忸怩(じくじ)たる思いが、今回やっと戦いに参加することによって果たせるという事情も一つではあるが、もう一つ士気が高いのには理由があった。

 それは、ここにいる部隊の数名が諜報部門と一緒に偵察隊に加わっていたためであり、その数名は戦いには直接参加しないまでも、クーロ軍がロボ軍並びにチグレ軍と戦っている戦場の間近にいたことで、その戦場の空気を肌で感じ取ったからであった。

 さらに偵察隊には魔兵も数名含まれており、その魔兵が操る使い魔の鳥の目を通し、諜報へ加わっている弓兵が控えている近くの水たまりにそこでの実戦映像が映し出され、それを目の当たりにしたからである。

 その映像の中には、他の弓兵の活躍。

 一つはロボ軍の騎兵を翻弄したクーロ軍ホースハンター隊による一撃離脱の戦い。一つはチグレ軍との戦いで味方の後方から寸分狂うことなく敵を射抜くクーロ軍狙撃部隊の戦いなど。

 そして何と言っても弓兵たちを一番興奮させたのは、敵ロボ大将軍とチグレ大将軍を射止めた若きクーロ将軍の活躍映像であった。

 これらの映像をつぶさに見た弓兵たちが、三千の弓兵本隊と合流を果たし、自分たちが見たままのその興奮を皆に伝えた。

 第一段階並びに第二段階の弓兵部隊の兵たちにとって、それらの活躍は諸先輩の活躍であると同時に、将来の自分たちの姿でもあった。

 この戦いが初陣の弓兵を多く含んでいる弓兵部隊の兵たちであったが、その士気は非常に高く、部隊の長ソキウスも、それを手ごたえとして大いに感じとっていた。

 

「やはり、ソキウス様の部隊が先に到着されましたな」ソキウス率いる弓兵部隊三千から遅れること三十分程度。十台の竜戦車(ドラゴンタンク)が、ルマーカ平原に到着した。その十台の竜戦車からは続々と重装甲の槍兵が出てくる。その中の一人の重装甲兵がソキウスに、そう話しかけた。

「おお、スーシャ殿の重装甲兵が到着したか。待っていたぞ」ソキウスが振り返る。

 声をかけた主は重装甲の槍兵部隊の長スーシャであった。

 どちらもそれぞれの部隊の部隊長であるため、地位的には同等であったが、重装甲の槍兵であるスーシャより、弓兵のソキウスの方が年長であるが故に、スーシャの方がソキウスにへりくだった話し方をする。

「ソキウス様、良きポジション取りであります。それでは敵は北方に配置し、南方へ攻めるしか手がありません。ルマーカ平原において、これ以上のポジション取りはありません」

「いやいや、これはカナリーノからの指示に従って配置したに過ぎぬ。いくら良いポジションであっても、スーシャ殿の部隊より先に敵軍がここに着いては、何の意味も成さぬ。助かった」ソキウスがスーシャの幅広い肩を叩きながら、そう軽口を叩いた。

 二人がこのような会話を交わしている間に、ここに到着した五百の重装甲の槍兵たちは、弓兵部隊より北側に配置する。

このスーシャ率いる重装甲の槍兵が敵に対する壁となり、後方の弓兵が敵に肉薄されるのを防ぐ役割を担うのであった。ソキウスの“助かった”という言葉にはその意味が含まれていた。

「それでありましたら、ソキウス様。お礼の言葉は補給運搬部隊のヨグル様に仰って下さい。まあ、今ここには同行されてはいらっしゃいませんので、後ほどにでも……」

「……確かに竜戦車の運用により、我が軍は飛躍的に運搬能力が上がったな。一台のドラゴンタンクで一般の兵であれば百人を余裕で運搬できるのであるから……」

「その通りです。私の重装甲兵であっても、装備をつけたまま、一台で五十人を運べるのですから……。竜戦車が無ければ、到底、私の部隊はこの平原に今日中には辿り着けず、ここでの戦いには間に合わなかったことでありましょう」

 

 

 

〔参考一 用語集〕

(人名)

 カナリーノ(ルーラの義妹。新生クーロ軍で軍運用の役割を担う)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 スーシャ(重装備の槍兵。新生クーロ軍重装甲部隊の長)

 ソキウス(弓兵。新生クーロ軍弓兵部隊の長)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を首筋に受けて絶命)

 ヤンムール(剣兵。新生クーロ軍歩兵(剣兵)部隊の長)

 ヨグル(クーロの付き人。新生クーロ軍運搬補給部門の長)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 ルマーカ平原(フォルミーカ地方の平原)

 

(兵種名)

 第一段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番下のランク。ファーストランクとも言う)

 第二段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から二番目のランク。この称号を与える権限は町や村の長或いは地方領主以上の者が持つ。セカンドランクとも言う)

 ボウポーン(第一段階の弓兵)

 アーチャー(第二段階の重装備の弓兵)

 ハンター(第二段階の軽装備の弓兵)

 

(竜名)

 バハムート(十六竜の一種。陸上で最も大きい竜。『巨竜』とも言う。また、単純に竜(ドラゴン)と言った場合、バハムートをさす場合もある)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 大将軍(将軍位の上位。國の象徴的存在)

 竜戦車(バハムートによってけん引される大型の戦車。『ドラゴンタンク』とも言う)

 

 

〔参考二 大陸全図〕

 

 

 六大将軍伝説

 

 

【300 第二次西部攻略戦(三十四) ~参謀カナリーノ~】

 

 

〔本編〕

「クーロ様、敵の中核と思われる重装甲兵らの防御陣も潰しました。趨勢は決しましたぞ」クーロ軍親衛隊の一人がクーロにそう報告する。

「良し。これ以上の敵への攻撃は無用だ。直ちにそれぞれ部隊をまとめ、最後の敵と相対するぞ」クーロのこの指示に、クーロ軍の各部隊は敵への攻撃を中止し、部隊をまとめ始めた。

「カナリーノ」クーロが参謀の一人、カナリーノに声をかける。

「はい。クーロ様」

「カナリーノ。今回の軍運用、実に見事であった。カナリーノの運用指示をこの耳で聞き、実際の動きをこの目で見たことにより、ルーラの言っていた軍運用の重要性が本当の意味で理解できた」

「いえ、私はクーロ様の戦術理論を具体的に実行に移したに過ぎません。明確な戦術理論が無ければ、何も生み出さない能力です」カナリーノは少し照れたように、そう応えた。

「いや、僕は戦術理論として敵への対処は考え出せたかもしれないが、軍運用を始めとした具体的なことについては何も分かっていなかった。カナリーノの指示を聞き、その通りに部隊が動いて、初めて僕の戦術理論通りにことが実行に移されているのを知って、本当に純粋に驚いている」これはクーロの偽らざる感想であった。

「クーロ様、“具体的なことについては何も分かっていなかった” というお言葉は少々言い過ぎと思われます。全体像が見えていないと、そもそも戦術理論自体が構築できないのですから……。しかし、クーロ様が細々(こまごま)した箇所までは把握されていなかったのは事実だとは思います。しかし、そのようなところまでクーロ様が全て行うのは物理的に不可能です。そのための私ですし、ルーラ様が私をクーロ軍に派遣した意味がそこにあったということになります。さて仕上げの戦いに移行しましょう」カナリーノのこの言葉に、クーロが大きく頷いた。

「クーロ軍がロボ軍に向けて東進したというこちらからの情報に対し、北方の五獣将レアオン大将軍は、こちらの思惑通り南東方向へ軍の動きを変えました。この動きはチグレ軍の北東への動きと同様のものでありますが、我が軍がチグレ軍を襲撃するために南に軍を動かしたため、チグレ軍と同じように敵軍の横腹をつくとという手はもう使えません。こちらがレアオン軍と接触する前に、我が軍とロボ軍が交戦していると向こうが考える地点にまでレアオン軍が到着してしまったはずですから……」

「……」

「……なので、我がクーロ軍はここから北西一キロメートルの地、ルマーカ平原に全軍を展開させます。こちらがルマーカ平原に軍を展開しているということがレアオン大将軍の耳に入れば、必ず我が軍と勝敗を決すべく、のこのことやってまいりましょう。五獣将としての面子から、我らとの戦いは避けては通れませんので……」

「新生クーロ軍としては、初めての本格的な野戦を行うというわけか。我らの方が数は多いが、それでも決戦にやってくるかな?」

「先ほども言いましたが、五獣将としての面子から戦いを避けることはないでしょう。こちらの兵数はたかだか二千多い一万。それもロボ軍並びにチグレ軍との交戦の後なので、当然、兵は一万を割っているはず、それに連戦で疲労著しいと、彼(レアオン)なら楽観的に捉えるでしょう。それに仲が悪いとはいえロボ大将軍並びにチグレ大将軍が共に敗れているため、ここで決戦を避ければ、五獣将のブランドは地に堕ちてしまうのは間違いのないこと。レアオン大将軍が決戦に赴いてくるに間違いはないでしょう……」

 

「確かに五獣将のうち二将が討たれているので、同じ五獣将の一人として、我らとの決戦を避けるという選択肢はないわけか」

「はい」

「……ではカナリーノが、レアオン大将軍の立場であればどうする?」クーロがカナリーノにそう尋ねる。

「はい、私がレアオン大将軍の立場であれば、クーロ軍との決戦を避けるわけにはいきませんが、何もわざわざ敵軍が先着しているルマーカ平原には赴きません。軍勢としてもレアオン軍八千より二千多い一万の軍の上、敵が戦場を選択し、そこに先着している。当然、その戦場地を全て把握し、さらに優位な拠点を全て抑えているであろう状況に、わざわざ後から赴き、敵の野戦に付き合うなど愚の骨頂であります。私であれば、クーロ軍が移動したことにより手薄になったツィカーデ城を先ず取り返し、そこを拠点といたします。その状況で、本国のフルーメス王国か、或いは友軍に援軍を要請し、少なくともクーロ軍と同数になるまで、本格的な戦端は開かないでしょう」

「確かに、敵がその手を用いれば、我らもルマーカ平原に軍を展開させたこと自体が無駄足になってしまうな。敵のレアオン大将軍は、カナリーノのその手は用いないのかな?」

 カナリーノはそこでニッコリと笑い、首を横に振って答える。

「その心配は無用でしょう。先ずレアオンは自分が大将軍という自負。新任将軍如きの軍より二千少ないなどハンディを与えたぐらいにしか思わないでしょう。その上、一般的に聖王国の兵はヴェルト一の弱兵で、フルーメス王国の兵より弱いと捉えておりますので……。また、レアオン大将軍の性格から分析するに、安直に楽観的な考えに流れる傾向にあるらしいので、恐らくはロボ軍もチグレ軍も油断した結果、敵の姑息な奇襲に嵌り、その上運悪く両大将軍とも命を落としたと考えるでしょう。その上、ロボ大将軍とチグレ大将軍が討ち取れなかったクーロ将軍を倒せれば、自分が今回の戦いにおける勲功第一等という名誉も得られるという欲望に支配されているはずです。なので、本国や他の五獣将への援軍要請などは絶対にしないかと……。いずれにせよ、レアオン軍がルマーカ平原に真っすぐ向かって来るようであれば、こちらの勝ちは揺るがないものでありましょう。私としては、その勝利の被害を最小限に抑えるべく、細かな指示を各部隊に伝えます。それではこれで失礼いたします」

 そう言うと、カナリーノは頭を下げ、クーロの前から辞した。

 クーロにはその去っていくカナリーノの華奢(きゃしゃ)な後ろ姿が、非常に頼もしく感じられ、そのギャップに、カナリーノには気付かれないようクスリと笑った。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 カナリーノ(ルーラの義妹。新生クーロ軍で軍運用の役割を担う)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を首筋に受けて絶命)

 ルーラ(クーロの妻。将軍)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 ルマーカ平原(フォルミーカ地方の平原)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 大将軍(将軍位の上位。國の象徴的存在)

 

 六大将軍伝説

 

 

【299 第二次西部攻略戦(三十三) ~副官コレクア~】

 

 

〔本編〕

「聖王国のクーロ将軍が、敵将チグレを見事に射止めたぞ!」奮戦しているチグレ軍副官コレクアに、その衝撃的な事実を告げる喚声が届く。

 チグレ大将軍による挟撃が、起死回生への一縷の望みとして託していたコレクアにとって、その敵による勝利の喚声は、全てを失わせるものであった。

「否!」それでもコレクアは、さらに声を振り絞って叫ぶ。

「その喚声こそが、敵による偽りだ! 我らを瓦解させようという、敵の姑息な姦計だ!!」

「コレクア様! 無念ではありますが、敵の喚声は事実であります!」防御陣を敷き、踏ん張っているコレクアに元に、一人の騎兵がそう叫びながら駆けてくる。

「敵の喚声だけではありません! チグレ大将軍の首を槍の先に晒しながら、敵の精鋭がこちらに向かっております。私は、チグレ大将軍の御首(みしるし)を直接拝しました!」

 コレクアは叫びながら自分に近づいてくる、その兵を見、愕然(がくぜん)とする。その兵こそ、コレクアが直接鍛え上げた教え子といえる兵の一人であったからである。

 さらにその騎兵は、コレクアまでの距離が後数メートルと近づいたところで、敵の狙撃部隊の矢を背に受け、そのまま落馬し息絶える。

 このことから、この見知った兵士が敵に寝返った可能性が一切ないことも、コレクアは理解できた。

「コレクア様、ここはお引き下さい!」後ろからの部下のこのような言葉に、コレクアは怒りで怒鳴り返す。

「馬鹿か! ここで俺が引いたら、終わりだ!」

 しかし、そう怒鳴り返したコレクアを、後ろから強引に首筋を掴み、引き倒した者がいた。コレクアの部下の一人で、コレクアより巨漢の兵士であった。

 その巨漢の兵は、コレクアを引きずったまま、数十メートル後ろに下がる。コレクアのいた位置には、それに申し合わせたように別の部下が何人か、その場を埋めた。

「何をするか! スヴェト! お前、この期に及び裏切ったか!!」

「落ち着きなされませ! そのようなこともお判りにならないほど、今のコレクア様は、地に足が着いておられません!」

 “スヴェト”とコレクアから呼ばれたその巨漢の部下は、何人かの兵の手を借り、そのままさらにコレクアを後方に運んだ。

 

 スヴェトによって、まだ敵の攻勢を受けていない後方に運ばれたコレクアは、少しは落ち着きを取り戻していた。

「コレクア様、既に指揮官であられるチグレ大将軍がいない今、我が軍の崩壊を留める術はもうございません。このままでは、コレクア様は取るに足らない雑兵たちの手にかかり、コレクア様のご遺体は散々恥ずかしめられましょう。私が一時ここで奮戦いたします。その間に名誉あるご最期を……」

「……」コレクアはスヴェトの申し入れに深く頷き、その場に坐した。

「しかし、返す返すも残念であるのは……」コレクアが素直に自死を決意したのを認めたスヴェトは、少しホッとし思わず呟いていた。

「もし、コレクア様が主将であったなら、敵のこのような陥穽には陥らなかったはず。コレクア様は敵がロボ軍に向けて軍を動かしたという報告を知った段階で、敵の罠に気付かれておりました。しかしチグレ大将軍が進路を強引に変更したことによって、鈍重な我ら重装甲兵は、チグレ大将軍を追いかけるしか手が無くなっていました。罠と分かりながら、そこに向かうしか手がないという最悪の形に……」スヴェトの愚痴はさらに続く。

「そもそもチグレ様に大将軍などの器はない! 猪突猛進なチグレ様が、幾度判断ミスで危機に陥り、不利な戦いにしたのを、いつも打開され勝利に導いていたのは、他でもない“守護神”の異名を持つコレクア様であったのに……。チグレ軍の華々しい戦績は、コレクア様という盤石な土台があってこそ、積み重ねられたもの。それを我がフルーメス王国は、上は國王から下は同じチグレ軍の馬鹿騎兵たちまで誰も気付いていない。大将軍の称号はコレクア様にこそ相応しい」

「スヴェト、敗者の弁ほど虚しいものはない。そのぐらいにしておけ」コレクアが自らの兜を外しながら、そう呟く。少し自嘲気味の笑いを口元に浮かべて……。

「確かにチグレ様が大将軍の器でないのは事実ではあるが、そもそも國の大将軍という位置づけに、我がフルーメス王国の五獣将そのものがそぐわない。我が國のアナトラ王は、戦が好きで景気のいいことを非常に好むが、それに実態が伴っていないのが事実。フルーメス王国のような小國に大将軍を位置付けるとして、せいぜい一人該当する者がいるかいないかというのが普通だ。実際の大将軍とは、強国バルナート帝國の四神兵団の四将か、中堅国家として成長著しい時期のミケルクスド國の三将軍ぐらいだ。つまりフルーメス王国のような小國で五将の大将軍ということ自体が、既に実態なき象徴だけのものとして他国には映っていたはず。今回はそれが実戦によって、そのメッキが見事に剝がれたということだけである」

「しかし、私の目にはコレクア様こそ、どの國においても大将軍の地位に上られるお方と思っております」

「ハハッ、スヴェト。それは身内びいきというものだ。俺はせいぜい副官あたりがちょうど自分の器に合っている。それでもチグレ様よりは上という自負ぐらいは持っているぞ。チグレ様は、他国であればせいぜい大隊長クラスのお方だ。……少し喋り過ぎたようだ。そろそろ自害しよう」

 そう言うとコレクアは、自身の得物である巨大な槍の穂先を、胸元に引き寄せた。

「そうだ! この戦いにおいて一人大将軍になるであろう器の人物を見つけた。味方ではないが……。……敵の若き将軍クーロ。彼は将来、大将軍になる予感がする。残念ながら今から死ぬ俺には、それを見届けることは叶わないが……」

 これがコレクアの最後の言葉となった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 アナトラ王(フルーメス王国現王)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コレクア(チグレ大将軍の副官)

 スヴェト(コレクアの部下)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を首筋に受けて絶命)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 四神兵団(バルナート帝國の最強四軍団)

 大将軍(将軍位の上位。國の象徴的存在)

 大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)

 副官(将軍位の次席)

 

 六大将軍伝説

 

 

【298 第二次西部攻略戦(三十二) ~師、驚く~】

 

 

〔本編〕

 チグレの首筋に矢が刺さっており、それが原因で大将軍が命を落としたのは、紛れもない事実ではあるが、チグレと一緒にいた部下は誰一人として、その矢が刺さった瞬間を見ていない。

 チグレの指示で急激に右旋回を始めようとする刹那であり、誰もが騎乗しているホースの扱いに集中していたとはいえ、自分たちのすぐ近くを駆けている指揮官のその変事に誰も気付かない、というようなことが実際に起こるのであろうか?

 射られた矢の速度が目にも止まらない速さであったことは事実ではあり、自分たちの死角である後背からの攻撃ということも気付きにくいであろう要因ではあるが、それよりも敵からの矢による攻撃が、ここにいた誰にも想像できない埒外の出来事だったからである。

 チグレを射抜いた矢は、彼の背中側の首筋に刺さっていることから、背後から射られたのは間違いないし、それを射た者は、チグレ軍騎兵部隊の後ろから迫ってきている敵の一人であるのは疑いようのないことである。……いや、だからこそチグレが矢に射られたことが、チグレの部下たちには信じられないのであった。

 なぜなら、一番先頭を駆けているチグレの位置から、その矢を射たであろう敵は、距離にして少なくとも四百五十メートルは離れているからであった。

 

「クーロ様、お見事!」クーロの師パインロが、そう叫ぶ。

「クーロ将軍が、敵チグレ大将軍を一撃で仕留めた! ドラゴンナイト部隊は、敵将の首級を敵より先に手に入れろ! それを敵味方に晒すことにより、ここでの戦いは終結する。他の者はクーロ様が、敵将を討ち取ったことを大声でふれ回れ!」パインロが間髪入れず、皆にそう指示を飛ばした。

 このパインロの言葉通り、チグレ大将軍の首筋に矢を命中させ、彼を死に至らしめたのはクーロであった。

 

 さて、敵であるチグレ軍の兵たちには信じ難い現象ではあったが、クーロ軍は、矢のお尻に当たる矢筈(やはず)に火薬を仕込み、それを爆発させることで矢を通常の二倍の飛距離を出す戦法を、既に普遍化させていた。

 この仕掛けは普通に矢を射るより、威力も三倍になることから、チグレと共に駆けていた彼の部下たちが、チグレが仕留められた瞬間、矢の速度が速すぎて、気付かなかったことも致し方のないことだったのかもしれない。

 それでも、そういう事情の知らないチグレ軍の兵たちならいざ知らず、クーロ軍にあってクーロに弓術を教えた師パインロからしても、クーロのチグレを射抜いた弓の腕には、純粋に驚いたのであった。

 

 チグレとクーロの距離は四百五十メートル超。火薬を仕込んだ矢を用いたとはいえ、四百五十メートルもの距離を射るには、通常で二百二十五メートル以上の距離の矢を射る力がなければ成し得ないことである。

 パインロの矢の最大飛距離は三百メートル。そして今は亡きパインロの直弟子であったズグラの最大飛距離は二百五十メートル。この二人のみに可能な距離を、クーロが射たことになる。

 確かに理屈の上からいけば、この二人より短い最大飛距離二百二十五メートルを射ることが出来れば、四百五十メートルの距離を射ることは出来るが、それはあくまでも理屈の上の話なので、実際には二百二十五メートルの距離を、余裕を持って射るぐらいの実力がなければ、四百五十メートル先の目標物を射抜くことは不可能であろう。

 パインロの見立てでは、最低でもクーロの矢の最大飛距離は二百六十メートル。亡きズグラより長い飛距離といえる。しかしそれは最低の飛距離ことなので、あるいはクーロの矢の最大飛距離は既にパインロと同等の三百メートルに達しているのかもしれない。

 パインロにとってそれは弟子の成長ということから、純粋に喜ばしいことであり、彼は戦いの後、クーロの矢の飛距離を実際に確認したいと思ったぐらいであった。

 しかしパインロが本当の意味でクーロの技量で驚いたのは、四百五十メートルという距離を射たという事実より、その距離の先にある目標物を正確に射抜いたという事実の方であった。

 

 一つは、その距離の間にいくつもの障害物があるにも関わらず、それらの隙間を縫うようにチグレまでの間に障害物が全くないという状態、――その一瞬を見逃さず射たということ。

 チグレ大将軍の後方には多くのチグレの部下がホースで駆けている。そのため四百五十メートルという長距離の中でチグレの首筋まで一切障害物がないという状態は、本当に一回か二回、それもその一回が一秒単位の一瞬間しかないという状況、その一瞬間をクーロが躊躇なく射たということである。

 それはその距離間の障害となるものの動きを全て把握した把握力と、一瞬の機会に躊躇しないという判断力、それは天才の域のそれであった。

 おそらくはクーロがチグレの首筋を射た瞬間、全く障害物が無かったわけではないと思われる。一つか二つの障害物がチグレの首筋に至るまでの軌跡を遮っていたはずである。

 しかしそこはクーロの判断で、矢を射た後、その軌道を塞いでいた障害物はその動きから、矢が通過する刹那には、その軌跡上からは外れていると読んだわけであった。

 逆の言い方になるが、クーロが射た際に仮に全く障害物が目標までの軌道上無かったとしても、矢が通過する刹那には、逆にある障害物はその動きから、矢の軌道を遮っている可能性が全くないとはいえないはずである。

 それら諸々のこと予見し、それをクーロが見定めて矢を射たという事実に、パインロは純粋に驚いたのであった。

 

 さらにもう一つが、火薬を仕込んだ矢を射た際、射手の手や矢そのものに、爆発の衝撃による振動が、必ず発生するということであり、クーロはそれを見越して、矢を射る際に修正をしているということであった。

 矢を射る際に、いくつかの要因でブレが生じる。普通に自身の足で地面に立って矢を射る時と違い、例えばホースに騎乗している際には、当然、ホースが駆けることによる揺れの振動がある。

 それを腕の固定することや、逆に揺れを考慮したブレの誤差を考えながら、目標物に向かって正確に矢を射る、いわゆる修正する能力である。

 特に火薬を仕込んだ矢は、その爆発力で飛距離が二倍になるなどのメリットがある反面、その爆発が弓や矢、それに射る指先にそれ相応の衝撃をもたらす。その衝撃は当然ながら、ブレという形で、正確に目標物を射ることに対しズレを生じさせ、目標物を外してしまう原因にもなりかねない。

 それを力で抑えつけるか、技量で微修正させるかで、目標物を外すことを防ぐ。それが弓術による修正能力であり、それが高い者ほど優秀な射手と言える。

 クーロが四百五十メートルという長距離から、それらの難度を全て克服し、チグレ大将軍の首筋に、狙いを外すことなく矢を射た。

 パインロは、これらのクーロの底知れぬ天性の能力に驚嘆し、彼はそれを弟子の成長として素直に喜んだのであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員、故人)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を首筋に受けて絶命)

 パインロ(クーロの弓の師。新生クーロ軍親衛部隊の長)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(兵種名)

 ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)

 

(その他)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【297 第二次西部攻略戦(三十一) ~虎将(チグレ)射る~】

 

 

〔本編〕

 コレクアは個人的に、侵攻してきたクーロ将軍とその軍について、多少の情報は入手していた。

 弓に特化している軍で、味方の重装甲歩兵の後ろから、敵に矢を射かける戦法が主流の軍であると……。

 そしてそこから導き出される結論は、敵の攻めを重装甲歩兵などで食い止め、矢による間接攻撃を仕掛けるという、いわゆる敵の攻めを守って、そこから攻めに転じる性格を持つ軍であるということ。

 しかし、実際に戦ってみると大いに違った。敵を積極的に攻めながら、その上、矢による間接攻撃も同時に行っていく。

 それに弓兵を主体(メイン)と考えると、どうしても騎兵や剣兵(剣を主体とする歩兵)といった弓兵以外の兵は補助(サブ)という位置づけになる。

 しかし、補助(サブ)的役割の兵と思われていた騎兵や剣兵の実力が、一般的な軍と比べて遜色がないレベル。……否、むしろ一般の軍より強く、そして集団運用におけるレベルもかなり高い。非常に訓練の行き届いている兵の集まりなのであった。

 その上、今、こちら(チグレ軍)は陣形すらないなく、さらにここに到着している兵も強行移動しているさ中なので、皆一様に疲れている。兵数においても敵クーロ軍の方が多い。

 四千に及ぶ剣兵をコレクア防御陣の正面だけで全て受けるのは不可能であるため、まるで三方向から囲まれるような、いわゆる包囲されている状態になりつつある。

 敵の騎兵部隊千も一旦、この戦場からは離脱している。

 おそらくは数分後に、さらに後方のチグレ軍の脇腹に再度突撃するのであろう。それで一気に勝敗は決する。

 つまり後、数分しかコレクアの防御陣を含めチグレ軍歩兵部隊は、軍として維持することが出来ない。

 それでもコレクアは大声で指示を飛ばしながら、先行しているチグレ大将軍の騎兵部隊が敵の背後を突く千載一遇の逆転劇に一縷の望みを託し、粘り強く戦い続けていたのであった。

 

 さて、コレクアが一縷の望みを託しているチグレ大将軍が直接率いている騎兵部隊は、今どのような状況なのであろうか?

 クーロ軍騎兵部隊が、縦に伸び切ったチグレ軍の先頭から五百メートル後ろの箇所に右方から横撃を加え、チグレ軍を分断した後、そこから左に進路をとり、後方のチグレ軍歩兵部隊をターゲットとして攻撃を仕掛けたことは既に述べている。

 しかしこの時、この騎兵部隊と逆の動きをしたクーロ軍の部隊も実は存在した。

 その部隊は、騎兵部隊千がチグレ軍を二つに分断した、まさにそのタイミングで騎兵部隊とは逆に右方向に旋回し、そのまま進軍したのであった。

 つまり二つに分断されたチグレ軍のうちの先行している騎兵部隊の後ろを追いかける形となり、そのまま先行するチグレ軍の後を追うように同じ方向に進んだ。それは先行しているチグレ軍騎兵部隊を後ろから攻撃するためのクーロの部隊であった。

 その部隊の兵数はわずかに五百。チグレ軍を分断させた騎馬部隊千のおよそ半分、歩兵部隊四千と比べれば八分の一の兵数という少人数の部隊であった。

 しかしその部隊の戦闘力は、千の騎兵部隊あるいは四千の歩兵部隊と全く遜色がないくらいのレベルであった。

 先行しているチグレ軍騎兵部隊を後方から削っているこの五百の部隊とは、クーロ精鋭兵の集団、クーロ軍の本隊ともいえるクーロ親衛部隊であった。

 

「チグレ大将軍、我が軍を横撃した敵は少数の見張りの兵ではないようです! むしろ主力軍といって間違いないかと……! その敵により我が軍は分断され、我が騎兵部隊の背にもその敵の一部が貼りつき、今、後方から攻撃を受け続けております。急ぎ対処なさいませんと、我が騎兵部隊の被害も甚大なものとなります!」

 敵の少数の見張りの兵による襲撃とチグレ将軍が判断し、その対処として後方にチグレの指示を伝えに向かった兵が後方の軍と合流できず、大慌てでチグレのところまでホースで戻り、そう報告した。

 その兵の報告に後ろを振り返ったチグレに、味方の騎兵が次々に蹴散らされている姿が遠目ながら確認できた。

 チグレ軍の騎兵部隊は千人であるが、今その部隊は、五百メートルの距離に伸び切った形で前進している最中なので、五百のクーロ軍親衛部隊に、なすすべもなく後ろから削られている。

 このままでは、戦わずしてチグレ軍騎兵部隊は全滅してしまう。

「敵との距離は五百メートルか?!」

「はい! しかし我が騎兵部隊の馬脚が疲労によって徐々に遅れてきているようで、敵との距離が四百五十メートルにまで縮まってきております!」チグレの問いに、並走している部下の一人がそう答える。

「よし、右に旋回する! 百八十度旋回の後、背中を削っている卑怯な敵を一気に蹴散らすぞ! 全軍、右旋回は・・……」

 チグレが大声で“右旋回始め!!”と指示を飛ばそうとして、その言葉は途中で途切れる。さらに、自分の指示とほぼ同時に右旋回を始めたホースの上で、チグレの身体が大きく右に傾く。

 右旋回時の傾きに比べ、明らかに大きく傾いたチグレの大きな背中は、そのまま一瞬も戻りどころか、停止すらなく傾き続け、そのまま彼の身体はホースから投げ出された。

 落馬して地面に思いっきり身体を打ち付けたチグレ大将軍。しかし、チグレはその一連の動きになんら抵抗するような動きをとらない。

「チグレ大将軍! いかがなされましたか?!」チグレの部下は慌てて自分のホースから飛び降りる。

「あっ! 大将軍は亡くなられている!!」ホースから同じように飛び降りた何人かのチグレの部下のうちの一人がそう叫ぶ。

「チグレ大将軍が敵の攻撃を受け、亡くなられた!!」チグレのうつ伏せの姿を見た別の部下は、そう叫んだ。

 その言葉に下馬した者、そのまま騎乗している者、皆がチグレの周りに集まり、彼を見る。彼を見た者の中に、チグレの部下の言葉に疑いを持つ者は一人もいない。

 落馬しうつ伏せで地面に叩き付けられたチグレ大将軍の首筋に、一本の矢が突き刺さっていたからであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コレクア(チグレ将軍の副官)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【296 第二次西部攻略戦(三十) ~新生クーロ軍Ⅶ~】

 

 

〔本編〕

 コレクア副官による重装甲兵の二段構えの防御陣。巨大な槍を上下二段、敵に向けられているこの防御陣に対し、騎兵による特攻はまさに自殺行為そのものであった。

「止まれ!!」それを二百メートル先から視認した際のカニスの指示。

 ここまでチグレ軍歩兵部隊を蹂躙し続けてきたカニス率いるクーロ軍騎兵部隊は一斉に馬脚を止める。

 それを見た、最初こそ各々の方向へ逃げ惑っていたチグレ軍の歩兵たちも、コレクア防御陣のあるところに向けて集結し始めた。

 後退した歩兵たちは、そこでコレクア防御陣の脇を固め、いわゆる“コレクア防御陣”は急速に広がりと厚みを加えていく。それこそ、簡易的ではあるが人海戦術によって作られた一種の馬防柵。否、小規模な砦のようであった。

「よし、ここで敵を食い止める! ここで敵を食い止めてさえすれば、いずれチグレ大将軍が騎兵部隊を率いて、この敵を挟撃しよう。それまでここで時間を稼ぐ!」コレクアが大声で、周辺の兵たちにそう指示を飛ばした。

 

「成程! なかなか、一気にいかせてもらえないようだな」クーロ軍騎兵部隊の長カニスが、その言葉に後ろを振り向く。

カニスは、かつての上役でクーロ軍歩兵部隊の長ヤンムールが、すぐ後ろまで来ていることに気付く。

「はい、ヤンムール様。陣形が全く無かった敵の中に、あのように状況判断に優れている者もいるのですね。参りました」

「気にすることはない、カニス。ここからは我が歩兵部隊の出番だ。一見、砦のように頑丈に見える防御陣だが、あくまでも兵のみで形成されている代物。そこは、白兵戦のエキスパートである剣を扱う我ら歩兵部隊に任せろ! 重装甲兵の防御陣形を一枚一枚はぎ取っていく! いくぞ!!」

 ヤンムールのこの指令に、クーロ軍で最も割合の多い剣を扱う歩兵四千が、コレクアの防御陣に襲い掛かった。ここから地道な消耗戦が繰り広げられていく。

「オフク! いつものように援護頼む!」ヤンムールは歩兵たちと一緒に走りながら、後方にそう伝える。

「了解した!」歩兵部隊の中に混じっていた一人の弓兵が、そう答えた。

 弓の師パインロが、クーロの要請に従いクーロ軍に加わった時のパインロの直弟子で、一番若かったオフクである。

 クーロと同年齢のオフクは、当初はクーロに対し否定的な見方をしていたが、クーロの弓兵としての非凡さを知るにつけ、クーロの良き理解者となっていった。

 パインロの両腕と目されていた直弟子ズグラとヒルルが相次いで戦死した今、パインロの直弟子としてクーロ軍に欠かすことの出来ない存在の一人であった。

 オフクの率いる弓兵の数は、わずかに百。しかしその百人全員が弓兵の第三段階のスナイパーもしくは、最終段階のドラゴンスナイパーである。

 しかしオフクの部隊のドラゴンスナイパーは、竜弓兵でありながら小型竜(ドラゴネット)に騎乗していない歩兵の弓兵であった。

 つまり、弓兵の軍と謂われているクーロ軍において、クーロ親衛隊に当たる本隊に所属するドラゴンスナイパーに勝るとも劣らないレベルの弓兵で編成されている精鋭百人部隊であった。

 主な任務は狙撃。それも敵の指揮官クラスの者を一撃で屠るといういわゆる一撃必殺の役割を遂行する、敵からすれば危険極まりない部隊であった。

 敵の指揮官を狙撃する部隊であるため、幾重にも張り巡らされた敵本陣や敵兵といった障害物の隙間を狙い、それよりさらに奥にいる敵指揮官の鎧や兜の隙間を狙うことが出来る。

 そのような物騒極まりないオフク率いるスナイパー部隊が、敵コレクア防御陣に白兵戦を仕掛けた歩兵部隊の後ろから一撃必殺の矢を絶え間なく射る。

 本来、敵と白兵戦をしている味方の後方から――それも山なりの軌道の矢を、敵のただ中に射かけるのではなく、味方の歩兵の背中越しに、直線軌道の矢を射かけることは一般の戦法としてはあり得ない難易度の高い攻撃である。

 改めて言わずもがなことではあるが、白兵戦で動き回る味方の歩兵の背を誤って射てしまう可能性が大いにあるからである。

 しかし、オフクの率いるスナイパー兵の射かける矢は、味方の歩兵の隙間をかいくぐるように、敵兵のみを射抜いていく。それも重装甲兵の構えている大盾や重装甲の鎧の隙間すらかいくぐり、直接、敵兵の顔や首筋、または腕の付け根などを射抜くのであった。

 さらに、重装甲ではない防御陣の脇を固めている一般兵などは、その重装甲に比べ薄い兜や鎧ごと眉間や心臓を正確無比に射抜かれる有様であった。

 ヤンムールの剣を扱う歩兵部隊とオフクの狙撃部隊の連携により、コレクア防御陣は徐々に切り崩されていったのであった。

 

「怯むな!」チグレ軍副官コレクアが喉を嗄らしながら、必死に叫ぶ。

「ここを拠点として粘っていれば、チグレ大将軍が、もう間もなく敵の後背を突く! それまでの辛抱だ!!」コレクアはそう叫びながらも、自慢の防御陣が時間の経過と共に少しずつ切り崩されていくのを、苦虫を嚙み潰したような顔で凝視していた。

 敵軍の白兵戦を行っている歩兵のレベルが高い。個々のレベルもさることながら、集団として非常にまとまっている。

 騎兵の全力の突進を真っ向から撃破できるほどの重装甲兵の守りの固さと圧倒的な膂力(りりょく)が、歩兵の速さと技量の前に駆逐されていく。

 むろん敵の歩兵に対応するため、コレクアも重装甲兵の防御陣の裏から、剣を持った歩兵を数度繰り出してはいるが、その歩兵同士の白兵戦でも、敵の方が優れている。

 その上、一般戦法を無視する、――否、凌駕するように敵歩兵の後ろから、速く、一般の鎧すら貫くほど強い矢が、絶え間なく射かけられる。また、敵の歩兵は背後からの矢を全く気にせずに剣による白兵戦を続けている。

 それでいて、一本の矢すら敵兵の背中を間違って射抜かない。さらに言うとそういった矢が、絶妙なタイミングでこちらの兵だけを倒していく。

 歩兵同士の白兵戦で、敵方(聖王国兵)が負けそうになったタイミングでこちらの兵(フルーメス王国兵)の心臓が鎧ごと射抜かれる。歩兵を前面に送り出すため、重装甲兵が大楯をずらしたそのタイミングで、その隙間に矢が射られ、前面に送り出されるはずの歩兵の眉間が兜ごと射抜かれる。

 場合によっては、大楯の隙間をくぐった矢が、後方に配備されている重装甲兵の分厚い鎧の隙間もすり抜け、その重装甲兵の喉元に直接届き、射殺(いころ)されるなど……。

 一度や二度の現象であれば、敵が射た矢が不運にも味方の兵の急所を偶然射抜いたということになるが、そのような現象が当たり前のように続くとなると、それは敵(フルーメス王国兵)の後方に配備されている兵を、(聖王国の)狙撃部隊が狙って攻撃しているという結論で間違いない。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 オフク(弓兵。新生クーロ軍狙撃部隊の長)

 カニス(騎兵。新生クーロ軍騎兵部隊の長)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コレクア(チグレ将軍の副官)

 ズグラ、ヒルル(パインロの直弟子、故人)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 パインロ(クーロの弓の師。新生クーロ軍親衛部隊の長)

 ヤンムール(剣兵。新生クーロ軍歩兵(剣兵)部隊の長)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(兵種名)

 第三段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から三番目のランク。この称号を与える権限は中央の将軍や大臣以上の者が持つ。サードランクとも言う)

 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。この称号を与える権限は國の王のみが持つ。トップランクとも言う)

 スナイパー(第三段階の重装備の弓兵。いわゆる『狙撃手』)

 ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵(りゅうきゅうへい)とも言う)

 

(竜名)

 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【295 第二次西部攻略戦(二十九) ~新生クーロ軍Ⅵ~】

 

 

〔本編〕

「チグレ大将軍! 敵です!!」先を進軍しているチグレに対し、後方からそのような声が届く。

「ど・どこだ!」チグレがホースの馬脚を緩め、前方を凝視する。しかし、敵の襲撃らしき喚声は聞こえるが、どこを探しても敵が見当たらない。

「敵などいないではないか!!」イライラしながらチグレが怒鳴る。

「大将軍! 前ではありません。後ろです! ここより五百メートル後方の右側面に敵の奇襲を受けました!」チグレは、味方のその言葉にホースを止めて振り向く。

見ると確かに少し後方から喚声が聞こえ、土埃(つちぼこり)が舞い上がっている様子が伺える。

「こんなところに敵だと! どこの敵だ!!」

「ソルトルムンク聖王国の軍であります。おそらくはクーロ軍ではないかと……」

 

「馬鹿なことを言うな! クーロ軍は我らの向かう先にいるはずだ!!」チグレが怒鳴る。

「そうかもしれませんが、実際に我が軍は右から敵の襲撃を受けております! いかがすれば……」報告した部下が、チグレから少し距離を取りながら、そう指示を仰ぐ。

 進路を変更する際に、反対意見を出した味方のコキシネルが殴られ、顎を砕かれたのを目の当たりにしているので、その部下はチグレの手の届かない距離から指示を仰いでいた。

「うむ、そうか!」チグレがあることに閃(ひらめ)く。

「分かったぞ! 我らが目標にしているクーロ軍は、各所に見張りの兵を分散させながら進軍していたのだ。その見張りの兵が我が軍の急行軍に危惧を抱き、少しでも足止めを図ろうと我が軍に挑みかかったに相違ない。襲撃してきた兵は、数十人にも満たない小勢であろう。そのような小勢、襲撃を受けた部隊のみで対処せよ。我らは先を急ぐぞ!」

 そう言うと、チグレは先を急ぐ。チグレと共に先行している騎兵たちもそれに倣う。チグレの頭には、既に交戦状態に入っているロボ軍に援軍として向かうというより、ロボに手柄を全て持っていかれることを非常に嫌った故の指示であった。

 しかし、チグレは全く気付いていない。敵であるクーロ軍は既にロボ軍を撃破し、そのまま東のシュメッター城に向かうとみせて、大きく南に旋回するように迂回し、北東方面に急行中のチグレ軍を南から襲撃出来る位置にまで移動していたという事実を……。

 チグレ軍に、瞬間移動の術を行使して並走しているクーロ軍諜報部門のビーアベイユから、チグレ軍の正確な位置を常に知らされているクーロ軍の先鋒は、寸分の狂いもなく、北東に急行しているチグレ軍のうち、先行している騎兵から五百メートル遅れて追いかけている後続軍の側面にまさに奇襲を仕掛けたところであった。

 

 クーロ軍騎兵部隊の奇襲攻撃を横っ腹に受けたチグレ軍は、ものの数秒で軍を二つに分断させられた。もともとロボ軍と交戦中と思われているクーロ軍を攻めようという強行軍であったため、軍は縦に細長くなっていた状態であった。

 その上、先行しているチグレから五百メートル遅れている後続部隊の辺りに既に騎兵は一騎もおらず、必死に騎兵に追いすがろうとしている歩兵の先頭部分の箇所であった。

 これではいくら精強なチグレ軍といえども、クーロ軍騎兵部隊の強襲に瞬く間に軍が分断されてしまうのも致し方ない。

 さらに強襲した騎兵部隊は、チグレが言っていたような小勢ではなく、クーロ軍の騎兵部隊の総数に当たる一千騎であった。

「よし! ここより一気に敵後続を蹂躙する!!」クーロ軍騎兵部隊の指揮官カニスがそう叫ぶ。

『おお~』カニスの言葉に騎兵が一斉に呼応するや、分断されたチグレ軍の後方を蹂躙するため、敵軍分断後、左に旋回しながら攻撃を仕掛ける。

 チグレ軍後続部隊はチグレの騎兵に追いつこうと必死に駆けていた歩兵たちである。突如現れた敵騎兵千騎に軍を分断されたと気付いた瞬間、その騎兵部隊は自分たち目がけて襲い掛かってきたのである。

 味方の騎兵を必死に追随し疲労困憊となっている上での、思いもよらないところでの敵の奇襲。それも千騎もの騎兵による強襲。陣形すら整っていない歩兵たちに、その攻撃を防ぐ余力は全くなかった。

 勇敢に戦いに身を投じる歩兵も幾人かはいたが、そういった兵は全員、一瞬にして騎兵群の波に飲み込まれ、それ以外の歩兵は算を乱して、後ろへ逃走し始めたのであった。

 

 算を乱して後退するチグレ軍。それでも全てのチグレ兵が、クーロ軍に蹂躙されるに任せる状態とまではいかなかった。

 クーロ軍騎兵部隊が強襲した箇所よりさらに後方一キロメートル付近。重装甲の歩兵ゆえ、先行している騎兵部隊より遅れること千五百メートル後方。敵クーロ軍の襲撃を受け、後退してくる味方の兵たちを目の当たりにして、一人の重装甲の歩兵が大声で仲間に指示を飛ばす。

「コレクアの重装甲兵! ここに防御陣を敷く! ここで敵の強襲を食い止めるぞ!!」

『おお!!』その歩兵の声に多くが呼応し、たちまちのうちに二段構えの重装甲兵による防御陣を形作った。

「おお、“守護神”コレクア様だ! コレクア様がここに拠点を作られたぞ!」前方より敵騎兵に攻められながら後退してきた歩兵の一人が、喜びのあまり、そう声を上げる。

 その声を上げた兵に、重装甲兵の指揮官コレクアが指示を飛ばす。

「ここに防御陣を作った! 後退してきた兵たちはすぐさま防御陣の脇を固めよ!」

 コレクアのこの言葉に、ここまで後退してきた歩兵たちが、ここで踵(きびす)を返し、数十人の重装甲兵によって作られた二段構えの防御陣の脇を固め始める。そのためこの場にみるみる本格的な防御陣が作り上げられる。

「ただ、まだ気持ちの整わない兵たちは、……構わぬ! 一旦、防御陣の後方に退き、そこで一旦息を整えろ! 落ち着いた兵から、防御陣の脇を固めよ!」

 コレクアのこの言葉に、後退してくる兵の半数は、二段構えの防御陣の後ろに逃げ込んだ。防御陣の後ろに逃げ込んだそれらの兵もそこで一旦足を止め、コレクアの言うよう息を整え始めた。

 チグレ軍の兵にとって、コレクア防御陣の内側に飛び込めば、敵の襲撃はそれ以上ないという、長年における絶対的な信頼感からであった。

 攻めに特化しているチグレ軍であるが、その中にあって、絶対的な守りの信頼感を全チグレ兵から得ている副官コレクア。

 敵からの奇襲に対し、絶対的な守りの信頼を得ているコレクアの存在こそ、チグレ軍が攻撃に専念できる所以(ゆえん)なのであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 カニス(騎兵。新生クーロ軍騎兵部隊の長)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 コレクア(チグレ大将軍の副官)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(ルーラ軍より移籍した魔兵。新生クーロ軍諜報部門に所属)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 シュメッター城(ミュッケ地方に建っている城。フルーメス王国西部地域における重要拠点)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【294 第二次西部攻略戦(二十八) ~ビーアベイユの実力~】

 

 

〔本編〕

「よく分かった! これ以上話すことはない!」コキシネルはそう言うと剣を振りかぶって、ビーアベイユに飛び掛かった。

 ビーアベイユを、一刀の元に切り殺すつもりで飛び掛かったはずのコキシネルが足から崩れる。慌てて態勢を立て直そうとしたコキシネルであったが、足どころか身体全体が全く自分の思い通りに動かないことに気付き、その場に倒れ込んだ。

「五体満足のコキシネル殿を真正面にして、私がそんなに余裕をもって話し続けられると思っておられたのですか?」ビーアベイユは、倒れたコキシネルの状態を確認することなく、そう呟く。

「先ほどの小瓶の液体に、身体から自由を奪う毒が仕込まれていたのです。もう少し慎重に行動すべきでしたね。コキシネル殿」

「ば・馬鹿な! お・お前も、そ・それを飲んだでは、な・ないか……」コキシネルは痺れている舌を必死に動かし、呂律がよく回らない状態で呟く。

「はい。私も飲みました。しかしあの青緑色の液体そのものは、先ほど私が言ったとおり精力剤的な効用を持つものです。ただあの液体は、空気に触れた途端、気化する液体であり、その気化したモノが鼻腔の粘膜に触れると、触れたとたん脳に浸透し、瞬く間に脳から全身へ伝達する機能を停止させる毒へと変化します。つまりは今の貴方のような状態になるのです」

 コキシネルは薄れゆく意識の中で、先ほどの青緑色の液体が鼻孔をくすぐったように思えたほのかな香りを思い出していた。

“そうか。あの香りが毒であったか”コキシネルはそのまま言葉を発することも出来ず、意識が途絶えた。

「まあ、脳からの伝達機能を停止させると言っても一時的なものですし、あくまでも一部の運動能力に関する機能だけを停止させるよう調合しているので、呼吸が出来なくなったり、心臓が止まったりするようなことはないので、ご安心下さい。コキシネル殿」

 コキシネルが聞いているわけがない状態と分かっていながら、ビーアベイユは独白する。

「貴方の命まで奪うつもりはありません。貴方が正気を失っている間に、ことが全て済んでいればいいだけなので……。まる一日経てば、貴方は意識を取り戻し、普段通りの生活に戻れましょう。ただ、その間にヴォルフ(狼)などに襲われて命を落とすことになるやもしれませんが、そこまで私は面倒見切れません。そこは貴方の強運にお任せします」そこまで言うと、ビーアベイユは瞬間移動の術を使って、その場から消えていた。

 ビーアベイユは術を発動させながら、いろいろ思いを巡らす。

“しかし、コキシネル殿は智者とは言っても、我が軍に引き入れたりするほど優秀ではないし、この場で命を絶つほど危険なレベルのお方でもない。本当であれば、私がコキシネル殿の砕けた顎を元通りにした段階で、私が、非常にレベルが高い魔兵と気付くべきであろう。魔兵としての知識が無いにしても、そのようなレベルの魔兵が、チグレ軍の一兵であることに違和感を持つべきだった。結局は、チグレ将軍という肉体派の軍において、少々目端が利く程度の知恵を持っているだけの者といったところだな。また私が魔兵であると分かったなら、すぐに以心伝心の術や瞬間移動の術が使えるか、問いかけるべきであるものを、それにも気付かなかった。その程度の智者であれば、むしろ生きて敵にいていただけば、こちらの策にこれからも翻弄してもらえる。そういう意味でも生きて無事にフルーメス王国に戻ってほしいものだ。コキシネル殿には……”

 

「クーロ様。今ジャオチュウからチグレ大将軍の動きについて報告が入りました」クーロは進軍しながら、フォルからの報告を聞く。

「チグレ軍の中に潜ませていたビーアベイユ殿からの報告によれば、チグレ軍はこちらの予想通りのルートで進軍しているとのことです。ビーアベイユ殿曰く、チグレ軍に一人だけ、こちらの手の内を看過しそうな者がいたそうですが、その者はうまく封じたようであります。おそらくはビーアベイユ殿お得意の調合した毒によるものと思われます。その後、ビーアベイユ殿は瞬間移動の術で、チグレ軍の動きに合わせて動いているとのこと。また敵軍が思わぬ動きをする際には、ジャオチュウを通じて私に知らせるとのことであります」

「ビーアベイユ殿といえば、ルーラの紹介で何人か我が軍に移籍された魔兵のお一人だな。確か兵種は?」

「ウィザードです。黒魔法における最終段階(トップランク)の魔兵、いわゆる“魔法使い”であります」フォルの答えにクーロは感心したように頷く。

「ルーラは自らと共に修行した優秀な魔兵を、惜しげもなく僕の軍に移籍させたが、ルーラの考えで驚くのは、それらの魔兵を魔兵部隊として編制するのではなく、色々な部隊に振り分けることを提案したことだ。一般の軍において、魔兵部隊の指揮官クラスになり得る魔兵を、例えば諜報部隊の一員として組み込むとか、とても僕にはない柔軟な発想をルーラは持っている」

「それは私も思いました」フォルもクーロの驚きに同意するように語る。

「実際にビーアベイユ殿などウィザードとしても、かなりのレベルに到達されている魔兵でありながら、諜報部門の一兵に甘んじるなど、とても私には考えられないことであります」

「そうだな。……しかし案外、その道(魔道)を究めているようなお方こそ、そのような兵種や地位などへの拘(こだわ)りがむしろ無いのかもしれないな。今回のような任務についても嬉々として行われていらっしゃっているようであるし……」

「本当にそう思います」フォルが笑いながら続ける。

「今回の任務に当たっても、新たな毒の調合を出来たので、それも一緒に試してみたいとのことから。何でも、飲むだけであれば身体能力を高める精力剤でありながら、その毒は気化しやすく、その気化した毒が鼻から入れば、鼻の粘膜から脳に回り、脳に回った途端、脳から体に伝達する神経を麻痺させてしまう猛毒に変化するというもの。これであれば、敵に疑われることなく敵の脳に毒が回る。なぜならその同じ液体を目の前でビーアベイユ殿も飲むので、相手もそれで安心してしまう」

「しかし、ビーアベイユ殿には何故、毒が効かないのであろうか?」

「私も解毒でもしているのかと思いきや、それ(毒)を飲む瞬間だけ、鼻の穴に透明の膜を作る魔術を行使しているとかで……。そのような魔術を容易く行使出来るということにも驚かされるばかりです」

 クーロもそれには思わず苦笑いをしてしまった。

「それは、ビーアベイユ殿自身が本当に任務を楽しまれているようだな」

「そのようです。それにビーアベイユ殿ぐらいの高位な魔法使いになれば、以心伝心の術や瞬間移動の術も、敵が敷いているであろう魔術干渉の結界内ですら、易々とくぐり抜けてしまうほど強力なようであります。そこは魔兵同士でないと分からないレベル格差の話のようでありますが……。しかしどうやらチグレ軍内には、そのような低レベルの魔術干渉の結界すら敷いていないらしいです。ビーアベイユ殿が笑いながら、少々物足りない敵であったと、ジャオチュウに以心伝心の術で報告してきたらしいです」

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 ジャオチュウ(パインロの友人。新生クーロ軍諜報部門の長)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(ルーラ軍より移籍した魔兵。新生クーロ軍諜報部門に所属)

 フォル(新生クーロ軍諜報部隊の伝令役。ジャオチュウと天耳・天声スキルが出来る間柄)

 ルーラ(クーロの妻。将軍)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(兵種名)

 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)

 ウィザード(最終段階の魔兵。黒魔法に精通している兵。いわゆる『魔法使い』)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 

 六大将軍伝説

 

 

【293 第二次西部攻略戦(二十七) ~ビーアベイユとコキシネル~】

 

 

〔本編〕

「おお!」ビーアベイユは一緒に走りながら感嘆の声を上げる。

「コキシネル殿。貴方の考えをチグレ大将軍が最後まで聞いていれば、チグレ軍も北東に進軍するという選択はなされなかったでありましょう。ちなみにコキシネル殿の次善の策というものもご教授いただけますでしょうか?」

「それは構わないが、俺のことは呼び捨てで構わないのだぞ」

 それに対し、ビーアベイユはニッコリと笑う。

「いえいえ、これほどの洞察力をお持ちのコキシネル殿を呼び捨てなど、申し訳ない。……それに不甲斐ないことではありますが、ここまでコキシネル殿の考察を拝聴させていただきながら、私にはコキシネル殿が次善の策とおっしゃられた策が全く見当もつきません。さらに言いますと、チグレ軍が敵軍を追って最短ルートの北東に進路を変更したことが、最悪手であることにも未だ考え至っておりません。今後のためご教授いただけますでしょうか?」

 

「むろんそれをお前(ビーアベイユ)に語ることはやぶさかではない。しかし、少し駆けながら話し続けることが負担になってきたようだ。許されよ」

「いえいえ、それは失礼いたしました。気付かずに申し訳ない。よろしければ私が常備している薬湯なぞ一服いかがでしょうか? 私が自ら薬草などを煎じて作った薬湯で、身体の疲れを軽減し、さらなる潜在能力を引き出すことが出来ます。実は私は少し前に飲みました」

 そう言うと、ビーアベイユは懐から小さな小瓶を取り出した。その小瓶には青緑色の液体が三分の一程度入っていた。

「ほんの二、三滴程度で効果が現れますので……。私も少し口に含みましょう」そう言うと、ビーアベイユは小瓶から少しばかり青緑色の液体を口に含み、その後、小瓶をコキシネルに渡した。

 コキシネルは渡された小瓶を眺め一瞬戸惑ったが、小瓶に液体が三分の一しか入っておらず既に飲みかけの状態や、自分の目の前でその小瓶を持っていたビーアベイユが口に含んだのを見て、彼も二、三滴その液体を口に含んだ。液体を口に含んだ瞬間、鼻孔をほのかな香りがくすぐったが、味は全くなかった。

 コキシネルは小瓶の蓋を締め、ビーアベイユに返す。

「ほんの数分で効果が現れます。その後ご教授いただければと……。その間にこの不肖私(わたくし)ビーアベイユもたった今ですが、浅知恵が閃きましたので、その間に少しお聞きいただければ……。コキシネル殿から及第点を頂けるとは思っておりませんが、自分も少しは愚考を披露(ひろう)したほうがよろしいかと思いまして……」そう言いなが、ビーアベイユは話し始める。

「先ずコキシネル殿が、チグレ軍が敵軍を追って北東に進軍ルートを変えたことが、最も悪い手と言われたのは、既に罠などにかかってロボ軍が負けていた場合、チグレ軍が向かう先に既に敵軍がいないからだと気付きました。敵軍がいないだけであればただの空振りで済み、後手に回った悪手であるに違いはないのですが、それだけでは最悪手ではありません。しかし、敵軍はロボ軍を破った後、必ず移動し、今度はこのチグレ軍を焦点(ターゲット)にするのではないかと考えました。なぜなら、北方のレアオン軍より我がチグレ軍の方が千少ない七千であるため……。チグレ軍が、陣形が整っていない強行軍として進んでいる、その致命的な隙を突くことができるからであります。おそらくは強行しているチグレ軍の横っ腹を敵が狙って強襲するでありましょう。そしてその強襲する敵の方が、チグレ軍より人数が多い。これはコキシネル殿のおっしゃる通り、最悪手をチグレ大将軍は選択したということでありましょう」

「……」

「そして今となっては手遅れではありますが、コキシネル殿がおっしゃられた次善の策というのは、レアオン軍にすぐさま伝令を送り、レアオン軍にはそのまま南西のルートの進軍を維持させるよう要請する。そしてチグレ軍もそのまま北西のルートを進軍し続け、ツィカーデ城においてレアオン軍と合流します。これでツィカーデ城にチグレ、レアオン連合軍一万五千が集結し、敵の一万よりも多勢で敵と相対することが出来ます。これが次善の策ではないでしょうか? この策について及第点をいただけますでしょうか? コキシネル殿」

「……お前は誰だ!」コキシネルはその場で足を止め、腰に履いていた剣を抜く。

 コキシネルは瞬時に、ビーアベイユを先ほどまで一緒に話しながら走っていた味方ではなく、敵として認識したのであった。

 

「お前は誰だ!」コキシネルは剣先をビーアベイユの方に向けながら、厳しい口調で再度そう問いかける。

「誰と申しましても……、先ほど名乗りました通り、ビーアベイユであります」コキシネルが足を止めたので、ビーアベイユも同じく足を止め、コキシネルに向かい合った。

 二人の距離は一メートル程度。コキシネルが剣を抜いているのに対し、ビーアベイユは両手を広げ、別に戦う素振(そぶ)りはないといった表情で、首をすくめた。首をすくめたビーアベイユの表情は涼しげであり、全く慌てた様子はなかった。

「そうか。……ではビーアベイユは本名として、どこに所属している兵だ! 少なくともチグレ軍ではないな」

「はい。チグレ軍所属ではありません」ビーアベイユは、コキシネルの問いかけに、あっさりとチグレ軍でないことを認める。

「フルーメス王国所属の兵でもないな」

「はい」コキシネルのさらなる問いかけに、フルーメス王国の兵でもないことも、ビーアベイユはあっさりと白状する。

「……では、どこの者だ!」コキシネルは、油断なく剣先をビーアベイユに向けながら尋ねる。

「フルーメス王国でなければ、答えは一つと思われますが……」ビーアベイユは、やはり涼しげな表情で、若干の微笑を口元のたたえながら、そう答える。

「敵である聖王国の者か!」

「はい、改めて自己紹介させていただきます。ソルトルムンク聖王国最年少将軍クーロ様の麾下の一人で、ビーアベイユと申します。今、フォルミーカ地方に侵攻している敵方であるクーロ軍の諜報部門に所属する魔兵です。今回の任務は、フルーメス王国五獣将の一人チグレ大将軍の軍の中に潜み、その動きをクーロ様に伝えると同時に、チグレ軍の動きをある程度牽制、又はこちらの都合の良いように誘導するというものであります。チグレ大将軍の為人(ひととなり)はある程度把握しておりましたが、そのような軍にあっても、たまに我が軍(クーロ軍)の策を看過するような智者が混じっていないとも限りませんので、そのような方の意見に従わないよう見張り、牽制するなどの役割を担っております。……そうコキシネル殿、貴殿のような方の存在を牽制するためです」

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(チグレ将軍の家臣)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)