六大将軍伝説
【293 第二次西部攻略戦(二十七) ~ビーアベイユとコキシネル~】
〔本編〕
「おお!」ビーアベイユは一緒に走りながら感嘆の声を上げる。
「コキシネル殿。貴方の考えをチグレ大将軍が最後まで聞いていれば、チグレ軍も北東に進軍するという選択はなされなかったでありましょう。ちなみにコキシネル殿の次善の策というものもご教授いただけますでしょうか?」
「それは構わないが、俺のことは呼び捨てで構わないのだぞ」
それに対し、ビーアベイユはニッコリと笑う。
「いえいえ、これほどの洞察力をお持ちのコキシネル殿を呼び捨てなど、申し訳ない。……それに不甲斐ないことではありますが、ここまでコキシネル殿の考察を拝聴させていただきながら、私にはコキシネル殿が次善の策とおっしゃられた策が全く見当もつきません。さらに言いますと、チグレ軍が敵軍を追って最短ルートの北東に進路を変更したことが、最悪手であることにも未だ考え至っておりません。今後のためご教授いただけますでしょうか?」
「むろんそれをお前(ビーアベイユ)に語ることはやぶさかではない。しかし、少し駆けながら話し続けることが負担になってきたようだ。許されよ」
「いえいえ、それは失礼いたしました。気付かずに申し訳ない。よろしければ私が常備している薬湯なぞ一服いかがでしょうか? 私が自ら薬草などを煎じて作った薬湯で、身体の疲れを軽減し、さらなる潜在能力を引き出すことが出来ます。実は私は少し前に飲みました」
そう言うと、ビーアベイユは懐から小さな小瓶を取り出した。その小瓶には青緑色の液体が三分の一程度入っていた。
「ほんの二、三滴程度で効果が現れますので……。私も少し口に含みましょう」そう言うと、ビーアベイユは小瓶から少しばかり青緑色の液体を口に含み、その後、小瓶をコキシネルに渡した。
コキシネルは渡された小瓶を眺め一瞬戸惑ったが、小瓶に液体が三分の一しか入っておらず既に飲みかけの状態や、自分の目の前でその小瓶を持っていたビーアベイユが口に含んだのを見て、彼も二、三滴その液体を口に含んだ。液体を口に含んだ瞬間、鼻孔をほのかな香りがくすぐったが、味は全くなかった。
コキシネルは小瓶の蓋を締め、ビーアベイユに返す。
「ほんの数分で効果が現れます。その後ご教授いただければと……。その間にこの不肖私(わたくし)ビーアベイユもたった今ですが、浅知恵が閃きましたので、その間に少しお聞きいただければ……。コキシネル殿から及第点を頂けるとは思っておりませんが、自分も少しは愚考を披露(ひろう)したほうがよろしいかと思いまして……」そう言いなが、ビーアベイユは話し始める。
「先ずコキシネル殿が、チグレ軍が敵軍を追って北東に進軍ルートを変えたことが、最も悪い手と言われたのは、既に罠などにかかってロボ軍が負けていた場合、チグレ軍が向かう先に既に敵軍がいないからだと気付きました。敵軍がいないだけであればただの空振りで済み、後手に回った悪手であるに違いはないのですが、それだけでは最悪手ではありません。しかし、敵軍はロボ軍を破った後、必ず移動し、今度はこのチグレ軍を焦点(ターゲット)にするのではないかと考えました。なぜなら、北方のレアオン軍より我がチグレ軍の方が千少ない七千であるため……。チグレ軍が、陣形が整っていない強行軍として進んでいる、その致命的な隙を突くことができるからであります。おそらくは強行しているチグレ軍の横っ腹を敵が狙って強襲するでありましょう。そしてその強襲する敵の方が、チグレ軍より人数が多い。これはコキシネル殿のおっしゃる通り、最悪手をチグレ大将軍は選択したということでありましょう」
「……」
「そして今となっては手遅れではありますが、コキシネル殿がおっしゃられた次善の策というのは、レアオン軍にすぐさま伝令を送り、レアオン軍にはそのまま南西のルートの進軍を維持させるよう要請する。そしてチグレ軍もそのまま北西のルートを進軍し続け、ツィカーデ城においてレアオン軍と合流します。これでツィカーデ城にチグレ、レアオン連合軍一万五千が集結し、敵の一万よりも多勢で敵と相対することが出来ます。これが次善の策ではないでしょうか? この策について及第点をいただけますでしょうか? コキシネル殿」
「……お前は誰だ!」コキシネルはその場で足を止め、腰に履いていた剣を抜く。
コキシネルは瞬時に、ビーアベイユを先ほどまで一緒に話しながら走っていた味方ではなく、敵として認識したのであった。
「お前は誰だ!」コキシネルは剣先をビーアベイユの方に向けながら、厳しい口調で再度そう問いかける。
「誰と申しましても……、先ほど名乗りました通り、ビーアベイユであります」コキシネルが足を止めたので、ビーアベイユも同じく足を止め、コキシネルに向かい合った。
二人の距離は一メートル程度。コキシネルが剣を抜いているのに対し、ビーアベイユは両手を広げ、別に戦う素振(そぶ)りはないといった表情で、首をすくめた。首をすくめたビーアベイユの表情は涼しげであり、全く慌てた様子はなかった。
「そうか。……ではビーアベイユは本名として、どこに所属している兵だ! 少なくともチグレ軍ではないな」
「はい。チグレ軍所属ではありません」ビーアベイユは、コキシネルの問いかけに、あっさりとチグレ軍でないことを認める。
「フルーメス王国所属の兵でもないな」
「はい」コキシネルのさらなる問いかけに、フルーメス王国の兵でもないことも、ビーアベイユはあっさりと白状する。
「……では、どこの者だ!」コキシネルは、油断なく剣先をビーアベイユに向けながら尋ねる。
「フルーメス王国でなければ、答えは一つと思われますが……」ビーアベイユは、やはり涼しげな表情で、若干の微笑を口元のたたえながら、そう答える。
「敵である聖王国の者か!」
「はい、改めて自己紹介させていただきます。ソルトルムンク聖王国最年少将軍クーロ様の麾下の一人で、ビーアベイユと申します。今、フォルミーカ地方に侵攻している敵方であるクーロ軍の諜報部門に所属する魔兵です。今回の任務は、フルーメス王国五獣将の一人チグレ大将軍の軍の中に潜み、その動きをクーロ様に伝えると同時に、チグレ軍の動きをある程度牽制、又はこちらの都合の良いように誘導するというものであります。チグレ大将軍の為人(ひととなり)はある程度把握しておりましたが、そのような軍にあっても、たまに我が軍(クーロ軍)の策を看過するような智者が混じっていないとも限りませんので、そのような方の意見に従わないよう見張り、牽制するなどの役割を担っております。……そうコキシネル殿、貴殿のような方の存在を牽制するためです」
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)
コキシネル(チグレ将軍の家臣)
チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)
ビーアベイユ(チグレ将軍の家臣)
レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)
ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)
(地名)
ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)
フォルミーカ地方(フルーメス王国領)
(その他)
五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)