六大将軍伝説
【297 第二次西部攻略戦(三十一) ~虎将(チグレ)射る~】
〔本編〕
コレクアは個人的に、侵攻してきたクーロ将軍とその軍について、多少の情報は入手していた。
弓に特化している軍で、味方の重装甲歩兵の後ろから、敵に矢を射かける戦法が主流の軍であると……。
そしてそこから導き出される結論は、敵の攻めを重装甲歩兵などで食い止め、矢による間接攻撃を仕掛けるという、いわゆる敵の攻めを守って、そこから攻めに転じる性格を持つ軍であるということ。
しかし、実際に戦ってみると大いに違った。敵を積極的に攻めながら、その上、矢による間接攻撃も同時に行っていく。
それに弓兵を主体(メイン)と考えると、どうしても騎兵や剣兵(剣を主体とする歩兵)といった弓兵以外の兵は補助(サブ)という位置づけになる。
しかし、補助(サブ)的役割の兵と思われていた騎兵や剣兵の実力が、一般的な軍と比べて遜色がないレベル。……否、むしろ一般の軍より強く、そして集団運用におけるレベルもかなり高い。非常に訓練の行き届いている兵の集まりなのであった。
その上、今、こちら(チグレ軍)は陣形すらないなく、さらにここに到着している兵も強行移動しているさ中なので、皆一様に疲れている。兵数においても敵クーロ軍の方が多い。
四千に及ぶ剣兵をコレクア防御陣の正面だけで全て受けるのは不可能であるため、まるで三方向から囲まれるような、いわゆる包囲されている状態になりつつある。
敵の騎兵部隊千も一旦、この戦場からは離脱している。
おそらくは数分後に、さらに後方のチグレ軍の脇腹に再度突撃するのであろう。それで一気に勝敗は決する。
つまり後、数分しかコレクアの防御陣を含めチグレ軍歩兵部隊は、軍として維持することが出来ない。
それでもコレクアは大声で指示を飛ばしながら、先行しているチグレ大将軍の騎兵部隊が敵の背後を突く千載一遇の逆転劇に一縷の望みを託し、粘り強く戦い続けていたのであった。
さて、コレクアが一縷の望みを託しているチグレ大将軍が直接率いている騎兵部隊は、今どのような状況なのであろうか?
クーロ軍騎兵部隊が、縦に伸び切ったチグレ軍の先頭から五百メートル後ろの箇所に右方から横撃を加え、チグレ軍を分断した後、そこから左に進路をとり、後方のチグレ軍歩兵部隊をターゲットとして攻撃を仕掛けたことは既に述べている。
しかしこの時、この騎兵部隊と逆の動きをしたクーロ軍の部隊も実は存在した。
その部隊は、騎兵部隊千がチグレ軍を二つに分断した、まさにそのタイミングで騎兵部隊とは逆に右方向に旋回し、そのまま進軍したのであった。
つまり二つに分断されたチグレ軍のうちの先行している騎兵部隊の後ろを追いかける形となり、そのまま先行するチグレ軍の後を追うように同じ方向に進んだ。それは先行しているチグレ軍騎兵部隊を後ろから攻撃するためのクーロの部隊であった。
その部隊の兵数はわずかに五百。チグレ軍を分断させた騎馬部隊千のおよそ半分、歩兵部隊四千と比べれば八分の一の兵数という少人数の部隊であった。
しかしその部隊の戦闘力は、千の騎兵部隊あるいは四千の歩兵部隊と全く遜色がないくらいのレベルであった。
先行しているチグレ軍騎兵部隊を後方から削っているこの五百の部隊とは、クーロ精鋭兵の集団、クーロ軍の本隊ともいえるクーロ親衛部隊であった。
「チグレ大将軍、我が軍を横撃した敵は少数の見張りの兵ではないようです! むしろ主力軍といって間違いないかと……! その敵により我が軍は分断され、我が騎兵部隊の背にもその敵の一部が貼りつき、今、後方から攻撃を受け続けております。急ぎ対処なさいませんと、我が騎兵部隊の被害も甚大なものとなります!」
敵の少数の見張りの兵による襲撃とチグレ将軍が判断し、その対処として後方にチグレの指示を伝えに向かった兵が後方の軍と合流できず、大慌てでチグレのところまでホースで戻り、そう報告した。
その兵の報告に後ろを振り返ったチグレに、味方の騎兵が次々に蹴散らされている姿が遠目ながら確認できた。
チグレ軍の騎兵部隊は千人であるが、今その部隊は、五百メートルの距離に伸び切った形で前進している最中なので、五百のクーロ軍親衛部隊に、なすすべもなく後ろから削られている。
このままでは、戦わずしてチグレ軍騎兵部隊は全滅してしまう。
「敵との距離は五百メートルか?!」
「はい! しかし我が騎兵部隊の馬脚が疲労によって徐々に遅れてきているようで、敵との距離が四百五十メートルにまで縮まってきております!」チグレの問いに、並走している部下の一人がそう答える。
「よし、右に旋回する! 百八十度旋回の後、背中を削っている卑怯な敵を一気に蹴散らすぞ! 全軍、右旋回は・・……」
チグレが大声で“右旋回始め!!”と指示を飛ばそうとして、その言葉は途中で途切れる。さらに、自分の指示とほぼ同時に右旋回を始めたホースの上で、チグレの身体が大きく右に傾く。
右旋回時の傾きに比べ、明らかに大きく傾いたチグレの大きな背中は、そのまま一瞬も戻りどころか、停止すらなく傾き続け、そのまま彼の身体はホースから投げ出された。
落馬して地面に思いっきり身体を打ち付けたチグレ大将軍。しかし、チグレはその一連の動きになんら抵抗するような動きをとらない。
「チグレ大将軍! いかがなされましたか?!」チグレの部下は慌てて自分のホースから飛び降りる。
「あっ! 大将軍は亡くなられている!!」ホースから同じように飛び降りた何人かのチグレの部下のうちの一人がそう叫ぶ。
「チグレ大将軍が敵の攻撃を受け、亡くなられた!!」チグレのうつ伏せの姿を見た別の部下は、そう叫んだ。
その言葉に下馬した者、そのまま騎乗している者、皆がチグレの周りに集まり、彼を見る。彼を見た者の中に、チグレの部下の言葉に疑いを持つ者は一人もいない。
落馬しうつ伏せで地面に叩き付けられたチグレ大将軍の首筋に、一本の矢が突き刺さっていたからであった。
〔参考 用語集〕
(人名)
クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)
コレクア(チグレ将軍の副官)
チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)
(その他)
五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)
副官(将軍位の次席)
ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)