六大将軍伝説

 

 

【297 第二次西部攻略戦(三十一) ~虎将(チグレ)射る~】

 

 

〔本編〕

 コレクアは個人的に、侵攻してきたクーロ将軍とその軍について、多少の情報は入手していた。

 弓に特化している軍で、味方の重装甲歩兵の後ろから、敵に矢を射かける戦法が主流の軍であると……。

 そしてそこから導き出される結論は、敵の攻めを重装甲歩兵などで食い止め、矢による間接攻撃を仕掛けるという、いわゆる敵の攻めを守って、そこから攻めに転じる性格を持つ軍であるということ。

 しかし、実際に戦ってみると大いに違った。敵を積極的に攻めながら、その上、矢による間接攻撃も同時に行っていく。

 それに弓兵を主体(メイン)と考えると、どうしても騎兵や剣兵(剣を主体とする歩兵)といった弓兵以外の兵は補助(サブ)という位置づけになる。

 しかし、補助(サブ)的役割の兵と思われていた騎兵や剣兵の実力が、一般的な軍と比べて遜色がないレベル。……否、むしろ一般の軍より強く、そして集団運用におけるレベルもかなり高い。非常に訓練の行き届いている兵の集まりなのであった。

 その上、今、こちら(チグレ軍)は陣形すらないなく、さらにここに到着している兵も強行移動しているさ中なので、皆一様に疲れている。兵数においても敵クーロ軍の方が多い。

 四千に及ぶ剣兵をコレクア防御陣の正面だけで全て受けるのは不可能であるため、まるで三方向から囲まれるような、いわゆる包囲されている状態になりつつある。

 敵の騎兵部隊千も一旦、この戦場からは離脱している。

 おそらくは数分後に、さらに後方のチグレ軍の脇腹に再度突撃するのであろう。それで一気に勝敗は決する。

 つまり後、数分しかコレクアの防御陣を含めチグレ軍歩兵部隊は、軍として維持することが出来ない。

 それでもコレクアは大声で指示を飛ばしながら、先行しているチグレ大将軍の騎兵部隊が敵の背後を突く千載一遇の逆転劇に一縷の望みを託し、粘り強く戦い続けていたのであった。

 

 さて、コレクアが一縷の望みを託しているチグレ大将軍が直接率いている騎兵部隊は、今どのような状況なのであろうか?

 クーロ軍騎兵部隊が、縦に伸び切ったチグレ軍の先頭から五百メートル後ろの箇所に右方から横撃を加え、チグレ軍を分断した後、そこから左に進路をとり、後方のチグレ軍歩兵部隊をターゲットとして攻撃を仕掛けたことは既に述べている。

 しかしこの時、この騎兵部隊と逆の動きをしたクーロ軍の部隊も実は存在した。

 その部隊は、騎兵部隊千がチグレ軍を二つに分断した、まさにそのタイミングで騎兵部隊とは逆に右方向に旋回し、そのまま進軍したのであった。

 つまり二つに分断されたチグレ軍のうちの先行している騎兵部隊の後ろを追いかける形となり、そのまま先行するチグレ軍の後を追うように同じ方向に進んだ。それは先行しているチグレ軍騎兵部隊を後ろから攻撃するためのクーロの部隊であった。

 その部隊の兵数はわずかに五百。チグレ軍を分断させた騎馬部隊千のおよそ半分、歩兵部隊四千と比べれば八分の一の兵数という少人数の部隊であった。

 しかしその部隊の戦闘力は、千の騎兵部隊あるいは四千の歩兵部隊と全く遜色がないくらいのレベルであった。

 先行しているチグレ軍騎兵部隊を後方から削っているこの五百の部隊とは、クーロ精鋭兵の集団、クーロ軍の本隊ともいえるクーロ親衛部隊であった。

 

「チグレ大将軍、我が軍を横撃した敵は少数の見張りの兵ではないようです! むしろ主力軍といって間違いないかと……! その敵により我が軍は分断され、我が騎兵部隊の背にもその敵の一部が貼りつき、今、後方から攻撃を受け続けております。急ぎ対処なさいませんと、我が騎兵部隊の被害も甚大なものとなります!」

 敵の少数の見張りの兵による襲撃とチグレ将軍が判断し、その対処として後方にチグレの指示を伝えに向かった兵が後方の軍と合流できず、大慌てでチグレのところまでホースで戻り、そう報告した。

 その兵の報告に後ろを振り返ったチグレに、味方の騎兵が次々に蹴散らされている姿が遠目ながら確認できた。

 チグレ軍の騎兵部隊は千人であるが、今その部隊は、五百メートルの距離に伸び切った形で前進している最中なので、五百のクーロ軍親衛部隊に、なすすべもなく後ろから削られている。

 このままでは、戦わずしてチグレ軍騎兵部隊は全滅してしまう。

「敵との距離は五百メートルか?!」

「はい! しかし我が騎兵部隊の馬脚が疲労によって徐々に遅れてきているようで、敵との距離が四百五十メートルにまで縮まってきております!」チグレの問いに、並走している部下の一人がそう答える。

「よし、右に旋回する! 百八十度旋回の後、背中を削っている卑怯な敵を一気に蹴散らすぞ! 全軍、右旋回は・・……」

 チグレが大声で“右旋回始め!!”と指示を飛ばそうとして、その言葉は途中で途切れる。さらに、自分の指示とほぼ同時に右旋回を始めたホースの上で、チグレの身体が大きく右に傾く。

 右旋回時の傾きに比べ、明らかに大きく傾いたチグレの大きな背中は、そのまま一瞬も戻りどころか、停止すらなく傾き続け、そのまま彼の身体はホースから投げ出された。

 落馬して地面に思いっきり身体を打ち付けたチグレ大将軍。しかし、チグレはその一連の動きになんら抵抗するような動きをとらない。

「チグレ大将軍! いかがなされましたか?!」チグレの部下は慌てて自分のホースから飛び降りる。

「あっ! 大将軍は亡くなられている!!」ホースから同じように飛び降りた何人かのチグレの部下のうちの一人がそう叫ぶ。

「チグレ大将軍が敵の攻撃を受け、亡くなられた!!」チグレのうつ伏せの姿を見た別の部下は、そう叫んだ。

 その言葉に下馬した者、そのまま騎乗している者、皆がチグレの周りに集まり、彼を見る。彼を見た者の中に、チグレの部下の言葉に疑いを持つ者は一人もいない。

 落馬しうつ伏せで地面に叩き付けられたチグレ大将軍の首筋に、一本の矢が突き刺さっていたからであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コレクア(チグレ将軍の副官)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【296 第二次西部攻略戦(三十) ~新生クーロ軍Ⅶ~】

 

 

〔本編〕

 コレクア副官による重装甲兵の二段構えの防御陣。巨大な槍を上下二段、敵に向けられているこの防御陣に対し、騎兵による特攻はまさに自殺行為そのものであった。

「止まれ!!」それを二百メートル先から視認した際のカニスの指示。

 ここまでチグレ軍歩兵部隊を蹂躙し続けてきたカニス率いるクーロ軍騎兵部隊は一斉に馬脚を止める。

 それを見た、最初こそ各々の方向へ逃げ惑っていたチグレ軍の歩兵たちも、コレクア防御陣のあるところに向けて集結し始めた。

 後退した歩兵たちは、そこでコレクア防御陣の脇を固め、いわゆる“コレクア防御陣”は急速に広がりと厚みを加えていく。それこそ、簡易的ではあるが人海戦術によって作られた一種の馬防柵。否、小規模な砦のようであった。

「よし、ここで敵を食い止める! ここで敵を食い止めてさえすれば、いずれチグレ大将軍が騎兵部隊を率いて、この敵を挟撃しよう。それまでここで時間を稼ぐ!」コレクアが大声で、周辺の兵たちにそう指示を飛ばした。

 

「成程! なかなか、一気にいかせてもらえないようだな」クーロ軍騎兵部隊の長カニスが、その言葉に後ろを振り向く。

カニスは、かつての上役でクーロ軍歩兵部隊の長ヤンムールが、すぐ後ろまで来ていることに気付く。

「はい、ヤンムール様。陣形が全く無かった敵の中に、あのように状況判断に優れている者もいるのですね。参りました」

「気にすることはない、カニス。ここからは我が歩兵部隊の出番だ。一見、砦のように頑丈に見える防御陣だが、あくまでも兵のみで形成されている代物。そこは、白兵戦のエキスパートである剣を扱う我ら歩兵部隊に任せろ! 重装甲兵の防御陣形を一枚一枚はぎ取っていく! いくぞ!!」

 ヤンムールのこの指令に、クーロ軍で最も割合の多い剣を扱う歩兵四千が、コレクアの防御陣に襲い掛かった。ここから地道な消耗戦が繰り広げられていく。

「オフク! いつものように援護頼む!」ヤンムールは歩兵たちと一緒に走りながら、後方にそう伝える。

「了解した!」歩兵部隊の中に混じっていた一人の弓兵が、そう答えた。

 弓の師パインロが、クーロの要請に従いクーロ軍に加わった時のパインロの直弟子で、一番若かったオフクである。

 クーロと同年齢のオフクは、当初はクーロに対し否定的な見方をしていたが、クーロの弓兵としての非凡さを知るにつけ、クーロの良き理解者となっていった。

 パインロの両腕と目されていた直弟子ズグラとヒルルが相次いで戦死した今、パインロの直弟子としてクーロ軍に欠かすことの出来ない存在の一人であった。

 オフクの率いる弓兵の数は、わずかに百。しかしその百人全員が弓兵の第三段階のスナイパーもしくは、最終段階のドラゴンスナイパーである。

 しかしオフクの部隊のドラゴンスナイパーは、竜弓兵でありながら小型竜(ドラゴネット)に騎乗していない歩兵の弓兵であった。

 つまり、弓兵の軍と謂われているクーロ軍において、クーロ親衛隊に当たる本隊に所属するドラゴンスナイパーに勝るとも劣らないレベルの弓兵で編成されている精鋭百人部隊であった。

 主な任務は狙撃。それも敵の指揮官クラスの者を一撃で屠るといういわゆる一撃必殺の役割を遂行する、敵からすれば危険極まりない部隊であった。

 敵の指揮官を狙撃する部隊であるため、幾重にも張り巡らされた敵本陣や敵兵といった障害物の隙間を狙い、それよりさらに奥にいる敵指揮官の鎧や兜の隙間を狙うことが出来る。

 そのような物騒極まりないオフク率いるスナイパー部隊が、敵コレクア防御陣に白兵戦を仕掛けた歩兵部隊の後ろから一撃必殺の矢を絶え間なく射る。

 本来、敵と白兵戦をしている味方の後方から――それも山なりの軌道の矢を、敵のただ中に射かけるのではなく、味方の歩兵の背中越しに、直線軌道の矢を射かけることは一般の戦法としてはあり得ない難易度の高い攻撃である。

 改めて言わずもがなことではあるが、白兵戦で動き回る味方の歩兵の背を誤って射てしまう可能性が大いにあるからである。

 しかし、オフクの率いるスナイパー兵の射かける矢は、味方の歩兵の隙間をかいくぐるように、敵兵のみを射抜いていく。それも重装甲兵の構えている大盾や重装甲の鎧の隙間すらかいくぐり、直接、敵兵の顔や首筋、または腕の付け根などを射抜くのであった。

 さらに、重装甲ではない防御陣の脇を固めている一般兵などは、その重装甲に比べ薄い兜や鎧ごと眉間や心臓を正確無比に射抜かれる有様であった。

 ヤンムールの剣を扱う歩兵部隊とオフクの狙撃部隊の連携により、コレクア防御陣は徐々に切り崩されていったのであった。

 

「怯むな!」チグレ軍副官コレクアが喉を嗄らしながら、必死に叫ぶ。

「ここを拠点として粘っていれば、チグレ大将軍が、もう間もなく敵の後背を突く! それまでの辛抱だ!!」コレクアはそう叫びながらも、自慢の防御陣が時間の経過と共に少しずつ切り崩されていくのを、苦虫を嚙み潰したような顔で凝視していた。

 敵軍の白兵戦を行っている歩兵のレベルが高い。個々のレベルもさることながら、集団として非常にまとまっている。

 騎兵の全力の突進を真っ向から撃破できるほどの重装甲兵の守りの固さと圧倒的な膂力(りりょく)が、歩兵の速さと技量の前に駆逐されていく。

 むろん敵の歩兵に対応するため、コレクアも重装甲兵の防御陣の裏から、剣を持った歩兵を数度繰り出してはいるが、その歩兵同士の白兵戦でも、敵の方が優れている。

 その上、一般戦法を無視する、――否、凌駕するように敵歩兵の後ろから、速く、一般の鎧すら貫くほど強い矢が、絶え間なく射かけられる。また、敵の歩兵は背後からの矢を全く気にせずに剣による白兵戦を続けている。

 それでいて、一本の矢すら敵兵の背中を間違って射抜かない。さらに言うとそういった矢が、絶妙なタイミングでこちらの兵だけを倒していく。

 歩兵同士の白兵戦で、敵方(聖王国兵)が負けそうになったタイミングでこちらの兵(フルーメス王国兵)の心臓が鎧ごと射抜かれる。歩兵を前面に送り出すため、重装甲兵が大楯をずらしたそのタイミングで、その隙間に矢が射られ、前面に送り出されるはずの歩兵の眉間が兜ごと射抜かれる。

 場合によっては、大楯の隙間をくぐった矢が、後方に配備されている重装甲兵の分厚い鎧の隙間もすり抜け、その重装甲兵の喉元に直接届き、射殺(いころ)されるなど……。

 一度や二度の現象であれば、敵が射た矢が不運にも味方の兵の急所を偶然射抜いたということになるが、そのような現象が当たり前のように続くとなると、それは敵(フルーメス王国兵)の後方に配備されている兵を、(聖王国の)狙撃部隊が狙って攻撃しているという結論で間違いない。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 オフク(弓兵。新生クーロ軍狙撃部隊の長)

 カニス(騎兵。新生クーロ軍騎兵部隊の長)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コレクア(チグレ将軍の副官)

 ズグラ、ヒルル(パインロの直弟子、故人)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 パインロ(クーロの弓の師。新生クーロ軍親衛部隊の長)

 ヤンムール(剣兵。新生クーロ軍歩兵(剣兵)部隊の長)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(兵種名)

 第三段階(兵の習熟度の称号の一つ。下から三番目のランク。この称号を与える権限は中央の将軍や大臣以上の者が持つ。サードランクとも言う)

 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。この称号を与える権限は國の王のみが持つ。トップランクとも言う)

 スナイパー(第三段階の重装備の弓兵。いわゆる『狙撃手』)

 ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵(りゅうきゅうへい)とも言う)

 

(竜名)

 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【295 第二次西部攻略戦(二十九) ~新生クーロ軍Ⅵ~】

 

 

〔本編〕

「チグレ大将軍! 敵です!!」先を進軍しているチグレに対し、後方からそのような声が届く。

「ど・どこだ!」チグレがホースの馬脚を緩め、前方を凝視する。しかし、敵の襲撃らしき喚声は聞こえるが、どこを探しても敵が見当たらない。

「敵などいないではないか!!」イライラしながらチグレが怒鳴る。

「大将軍! 前ではありません。後ろです! ここより五百メートル後方の右側面に敵の奇襲を受けました!」チグレは、味方のその言葉にホースを止めて振り向く。

見ると確かに少し後方から喚声が聞こえ、土埃(つちぼこり)が舞い上がっている様子が伺える。

「こんなところに敵だと! どこの敵だ!!」

「ソルトルムンク聖王国の軍であります。おそらくはクーロ軍ではないかと……」

 

「馬鹿なことを言うな! クーロ軍は我らの向かう先にいるはずだ!!」チグレが怒鳴る。

「そうかもしれませんが、実際に我が軍は右から敵の襲撃を受けております! いかがすれば……」報告した部下が、チグレから少し距離を取りながら、そう指示を仰ぐ。

 進路を変更する際に、反対意見を出した味方のコキシネルが殴られ、顎を砕かれたのを目の当たりにしているので、その部下はチグレの手の届かない距離から指示を仰いでいた。

「うむ、そうか!」チグレがあることに閃(ひらめ)く。

「分かったぞ! 我らが目標にしているクーロ軍は、各所に見張りの兵を分散させながら進軍していたのだ。その見張りの兵が我が軍の急行軍に危惧を抱き、少しでも足止めを図ろうと我が軍に挑みかかったに相違ない。襲撃してきた兵は、数十人にも満たない小勢であろう。そのような小勢、襲撃を受けた部隊のみで対処せよ。我らは先を急ぐぞ!」

 そう言うと、チグレは先を急ぐ。チグレと共に先行している騎兵たちもそれに倣う。チグレの頭には、既に交戦状態に入っているロボ軍に援軍として向かうというより、ロボに手柄を全て持っていかれることを非常に嫌った故の指示であった。

 しかし、チグレは全く気付いていない。敵であるクーロ軍は既にロボ軍を撃破し、そのまま東のシュメッター城に向かうとみせて、大きく南に旋回するように迂回し、北東方面に急行中のチグレ軍を南から襲撃出来る位置にまで移動していたという事実を……。

 チグレ軍に、瞬間移動の術を行使して並走しているクーロ軍諜報部門のビーアベイユから、チグレ軍の正確な位置を常に知らされているクーロ軍の先鋒は、寸分の狂いもなく、北東に急行しているチグレ軍のうち、先行している騎兵から五百メートル遅れて追いかけている後続軍の側面にまさに奇襲を仕掛けたところであった。

 

 クーロ軍騎兵部隊の奇襲攻撃を横っ腹に受けたチグレ軍は、ものの数秒で軍を二つに分断させられた。もともとロボ軍と交戦中と思われているクーロ軍を攻めようという強行軍であったため、軍は縦に細長くなっていた状態であった。

 その上、先行しているチグレから五百メートル遅れている後続部隊の辺りに既に騎兵は一騎もおらず、必死に騎兵に追いすがろうとしている歩兵の先頭部分の箇所であった。

 これではいくら精強なチグレ軍といえども、クーロ軍騎兵部隊の強襲に瞬く間に軍が分断されてしまうのも致し方ない。

 さらに強襲した騎兵部隊は、チグレが言っていたような小勢ではなく、クーロ軍の騎兵部隊の総数に当たる一千騎であった。

「よし! ここより一気に敵後続を蹂躙する!!」クーロ軍騎兵部隊の指揮官カニスがそう叫ぶ。

『おお~』カニスの言葉に騎兵が一斉に呼応するや、分断されたチグレ軍の後方を蹂躙するため、敵軍分断後、左に旋回しながら攻撃を仕掛ける。

 チグレ軍後続部隊はチグレの騎兵に追いつこうと必死に駆けていた歩兵たちである。突如現れた敵騎兵千騎に軍を分断されたと気付いた瞬間、その騎兵部隊は自分たち目がけて襲い掛かってきたのである。

 味方の騎兵を必死に追随し疲労困憊となっている上での、思いもよらないところでの敵の奇襲。それも千騎もの騎兵による強襲。陣形すら整っていない歩兵たちに、その攻撃を防ぐ余力は全くなかった。

 勇敢に戦いに身を投じる歩兵も幾人かはいたが、そういった兵は全員、一瞬にして騎兵群の波に飲み込まれ、それ以外の歩兵は算を乱して、後ろへ逃走し始めたのであった。

 

 算を乱して後退するチグレ軍。それでも全てのチグレ兵が、クーロ軍に蹂躙されるに任せる状態とまではいかなかった。

 クーロ軍騎兵部隊が強襲した箇所よりさらに後方一キロメートル付近。重装甲の歩兵ゆえ、先行している騎兵部隊より遅れること千五百メートル後方。敵クーロ軍の襲撃を受け、後退してくる味方の兵たちを目の当たりにして、一人の重装甲の歩兵が大声で仲間に指示を飛ばす。

「コレクアの重装甲兵! ここに防御陣を敷く! ここで敵の強襲を食い止めるぞ!!」

『おお!!』その歩兵の声に多くが呼応し、たちまちのうちに二段構えの重装甲兵による防御陣を形作った。

「おお、“守護神”コレクア様だ! コレクア様がここに拠点を作られたぞ!」前方より敵騎兵に攻められながら後退してきた歩兵の一人が、喜びのあまり、そう声を上げる。

 その声を上げた兵に、重装甲兵の指揮官コレクアが指示を飛ばす。

「ここに防御陣を作った! 後退してきた兵たちはすぐさま防御陣の脇を固めよ!」

 コレクアのこの言葉に、ここまで後退してきた歩兵たちが、ここで踵(きびす)を返し、数十人の重装甲兵によって作られた二段構えの防御陣の脇を固め始める。そのためこの場にみるみる本格的な防御陣が作り上げられる。

「ただ、まだ気持ちの整わない兵たちは、……構わぬ! 一旦、防御陣の後方に退き、そこで一旦息を整えろ! 落ち着いた兵から、防御陣の脇を固めよ!」

 コレクアのこの言葉に、後退してくる兵の半数は、二段構えの防御陣の後ろに逃げ込んだ。防御陣の後ろに逃げ込んだそれらの兵もそこで一旦足を止め、コレクアの言うよう息を整え始めた。

 チグレ軍の兵にとって、コレクア防御陣の内側に飛び込めば、敵の襲撃はそれ以上ないという、長年における絶対的な信頼感からであった。

 攻めに特化しているチグレ軍であるが、その中にあって、絶対的な守りの信頼感を全チグレ兵から得ている副官コレクア。

 敵からの奇襲に対し、絶対的な守りの信頼を得ているコレクアの存在こそ、チグレ軍が攻撃に専念できる所以(ゆえん)なのであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 カニス(騎兵。新生クーロ軍騎兵部隊の長)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 コレクア(チグレ大将軍の副官)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(ルーラ軍より移籍した魔兵。新生クーロ軍諜報部門に所属)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 シュメッター城(ミュッケ地方に建っている城。フルーメス王国西部地域における重要拠点)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 副官(将軍位の次席)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【294 第二次西部攻略戦(二十八) ~ビーアベイユの実力~】

 

 

〔本編〕

「よく分かった! これ以上話すことはない!」コキシネルはそう言うと剣を振りかぶって、ビーアベイユに飛び掛かった。

 ビーアベイユを、一刀の元に切り殺すつもりで飛び掛かったはずのコキシネルが足から崩れる。慌てて態勢を立て直そうとしたコキシネルであったが、足どころか身体全体が全く自分の思い通りに動かないことに気付き、その場に倒れ込んだ。

「五体満足のコキシネル殿を真正面にして、私がそんなに余裕をもって話し続けられると思っておられたのですか?」ビーアベイユは、倒れたコキシネルの状態を確認することなく、そう呟く。

「先ほどの小瓶の液体に、身体から自由を奪う毒が仕込まれていたのです。もう少し慎重に行動すべきでしたね。コキシネル殿」

「ば・馬鹿な! お・お前も、そ・それを飲んだでは、な・ないか……」コキシネルは痺れている舌を必死に動かし、呂律がよく回らない状態で呟く。

「はい。私も飲みました。しかしあの青緑色の液体そのものは、先ほど私が言ったとおり精力剤的な効用を持つものです。ただあの液体は、空気に触れた途端、気化する液体であり、その気化したモノが鼻腔の粘膜に触れると、触れたとたん脳に浸透し、瞬く間に脳から全身へ伝達する機能を停止させる毒へと変化します。つまりは今の貴方のような状態になるのです」

 コキシネルは薄れゆく意識の中で、先ほどの青緑色の液体が鼻孔をくすぐったように思えたほのかな香りを思い出していた。

“そうか。あの香りが毒であったか”コキシネルはそのまま言葉を発することも出来ず、意識が途絶えた。

「まあ、脳からの伝達機能を停止させると言っても一時的なものですし、あくまでも一部の運動能力に関する機能だけを停止させるよう調合しているので、呼吸が出来なくなったり、心臓が止まったりするようなことはないので、ご安心下さい。コキシネル殿」

 コキシネルが聞いているわけがない状態と分かっていながら、ビーアベイユは独白する。

「貴方の命まで奪うつもりはありません。貴方が正気を失っている間に、ことが全て済んでいればいいだけなので……。まる一日経てば、貴方は意識を取り戻し、普段通りの生活に戻れましょう。ただ、その間にヴォルフ(狼)などに襲われて命を落とすことになるやもしれませんが、そこまで私は面倒見切れません。そこは貴方の強運にお任せします」そこまで言うと、ビーアベイユは瞬間移動の術を使って、その場から消えていた。

 ビーアベイユは術を発動させながら、いろいろ思いを巡らす。

“しかし、コキシネル殿は智者とは言っても、我が軍に引き入れたりするほど優秀ではないし、この場で命を絶つほど危険なレベルのお方でもない。本当であれば、私がコキシネル殿の砕けた顎を元通りにした段階で、私が、非常にレベルが高い魔兵と気付くべきであろう。魔兵としての知識が無いにしても、そのようなレベルの魔兵が、チグレ軍の一兵であることに違和感を持つべきだった。結局は、チグレ将軍という肉体派の軍において、少々目端が利く程度の知恵を持っているだけの者といったところだな。また私が魔兵であると分かったなら、すぐに以心伝心の術や瞬間移動の術が使えるか、問いかけるべきであるものを、それにも気付かなかった。その程度の智者であれば、むしろ生きて敵にいていただけば、こちらの策にこれからも翻弄してもらえる。そういう意味でも生きて無事にフルーメス王国に戻ってほしいものだ。コキシネル殿には……”

 

「クーロ様。今ジャオチュウからチグレ大将軍の動きについて報告が入りました」クーロは進軍しながら、フォルからの報告を聞く。

「チグレ軍の中に潜ませていたビーアベイユ殿からの報告によれば、チグレ軍はこちらの予想通りのルートで進軍しているとのことです。ビーアベイユ殿曰く、チグレ軍に一人だけ、こちらの手の内を看過しそうな者がいたそうですが、その者はうまく封じたようであります。おそらくはビーアベイユ殿お得意の調合した毒によるものと思われます。その後、ビーアベイユ殿は瞬間移動の術で、チグレ軍の動きに合わせて動いているとのこと。また敵軍が思わぬ動きをする際には、ジャオチュウを通じて私に知らせるとのことであります」

「ビーアベイユ殿といえば、ルーラの紹介で何人か我が軍に移籍された魔兵のお一人だな。確か兵種は?」

「ウィザードです。黒魔法における最終段階(トップランク)の魔兵、いわゆる“魔法使い”であります」フォルの答えにクーロは感心したように頷く。

「ルーラは自らと共に修行した優秀な魔兵を、惜しげもなく僕の軍に移籍させたが、ルーラの考えで驚くのは、それらの魔兵を魔兵部隊として編制するのではなく、色々な部隊に振り分けることを提案したことだ。一般の軍において、魔兵部隊の指揮官クラスになり得る魔兵を、例えば諜報部隊の一員として組み込むとか、とても僕にはない柔軟な発想をルーラは持っている」

「それは私も思いました」フォルもクーロの驚きに同意するように語る。

「実際にビーアベイユ殿などウィザードとしても、かなりのレベルに到達されている魔兵でありながら、諜報部門の一兵に甘んじるなど、とても私には考えられないことであります」

「そうだな。……しかし案外、その道(魔道)を究めているようなお方こそ、そのような兵種や地位などへの拘(こだわ)りがむしろ無いのかもしれないな。今回のような任務についても嬉々として行われていらっしゃっているようであるし……」

「本当にそう思います」フォルが笑いながら続ける。

「今回の任務に当たっても、新たな毒の調合を出来たので、それも一緒に試してみたいとのことから。何でも、飲むだけであれば身体能力を高める精力剤でありながら、その毒は気化しやすく、その気化した毒が鼻から入れば、鼻の粘膜から脳に回り、脳に回った途端、脳から体に伝達する神経を麻痺させてしまう猛毒に変化するというもの。これであれば、敵に疑われることなく敵の脳に毒が回る。なぜならその同じ液体を目の前でビーアベイユ殿も飲むので、相手もそれで安心してしまう」

「しかし、ビーアベイユ殿には何故、毒が効かないのであろうか?」

「私も解毒でもしているのかと思いきや、それ(毒)を飲む瞬間だけ、鼻の穴に透明の膜を作る魔術を行使しているとかで……。そのような魔術を容易く行使出来るということにも驚かされるばかりです」

 クーロもそれには思わず苦笑いをしてしまった。

「それは、ビーアベイユ殿自身が本当に任務を楽しまれているようだな」

「そのようです。それにビーアベイユ殿ぐらいの高位な魔法使いになれば、以心伝心の術や瞬間移動の術も、敵が敷いているであろう魔術干渉の結界内ですら、易々とくぐり抜けてしまうほど強力なようであります。そこは魔兵同士でないと分からないレベル格差の話のようでありますが……。しかしどうやらチグレ軍内には、そのような低レベルの魔術干渉の結界すら敷いていないらしいです。ビーアベイユ殿が笑いながら、少々物足りない敵であったと、ジャオチュウに以心伝心の術で報告してきたらしいです」

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 ジャオチュウ(パインロの友人。新生クーロ軍諜報部門の長)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(ルーラ軍より移籍した魔兵。新生クーロ軍諜報部門に所属)

 フォル(新生クーロ軍諜報部隊の伝令役。ジャオチュウと天耳・天声スキルが出来る間柄)

 ルーラ(クーロの妻。将軍)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(兵種名)

 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)

 ウィザード(最終段階の魔兵。黒魔法に精通している兵。いわゆる『魔法使い』)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 

 六大将軍伝説

 

 

【293 第二次西部攻略戦(二十七) ~ビーアベイユとコキシネル~】

 

 

〔本編〕

「おお!」ビーアベイユは一緒に走りながら感嘆の声を上げる。

「コキシネル殿。貴方の考えをチグレ大将軍が最後まで聞いていれば、チグレ軍も北東に進軍するという選択はなされなかったでありましょう。ちなみにコキシネル殿の次善の策というものもご教授いただけますでしょうか?」

「それは構わないが、俺のことは呼び捨てで構わないのだぞ」

 それに対し、ビーアベイユはニッコリと笑う。

「いえいえ、これほどの洞察力をお持ちのコキシネル殿を呼び捨てなど、申し訳ない。……それに不甲斐ないことではありますが、ここまでコキシネル殿の考察を拝聴させていただきながら、私にはコキシネル殿が次善の策とおっしゃられた策が全く見当もつきません。さらに言いますと、チグレ軍が敵軍を追って最短ルートの北東に進路を変更したことが、最悪手であることにも未だ考え至っておりません。今後のためご教授いただけますでしょうか?」

 

「むろんそれをお前(ビーアベイユ)に語ることはやぶさかではない。しかし、少し駆けながら話し続けることが負担になってきたようだ。許されよ」

「いえいえ、それは失礼いたしました。気付かずに申し訳ない。よろしければ私が常備している薬湯なぞ一服いかがでしょうか? 私が自ら薬草などを煎じて作った薬湯で、身体の疲れを軽減し、さらなる潜在能力を引き出すことが出来ます。実は私は少し前に飲みました」

 そう言うと、ビーアベイユは懐から小さな小瓶を取り出した。その小瓶には青緑色の液体が三分の一程度入っていた。

「ほんの二、三滴程度で効果が現れますので……。私も少し口に含みましょう」そう言うと、ビーアベイユは小瓶から少しばかり青緑色の液体を口に含み、その後、小瓶をコキシネルに渡した。

 コキシネルは渡された小瓶を眺め一瞬戸惑ったが、小瓶に液体が三分の一しか入っておらず既に飲みかけの状態や、自分の目の前でその小瓶を持っていたビーアベイユが口に含んだのを見て、彼も二、三滴その液体を口に含んだ。液体を口に含んだ瞬間、鼻孔をほのかな香りがくすぐったが、味は全くなかった。

 コキシネルは小瓶の蓋を締め、ビーアベイユに返す。

「ほんの数分で効果が現れます。その後ご教授いただければと……。その間にこの不肖私(わたくし)ビーアベイユもたった今ですが、浅知恵が閃きましたので、その間に少しお聞きいただければ……。コキシネル殿から及第点を頂けるとは思っておりませんが、自分も少しは愚考を披露(ひろう)したほうがよろしいかと思いまして……」そう言いなが、ビーアベイユは話し始める。

「先ずコキシネル殿が、チグレ軍が敵軍を追って北東に進軍ルートを変えたことが、最も悪い手と言われたのは、既に罠などにかかってロボ軍が負けていた場合、チグレ軍が向かう先に既に敵軍がいないからだと気付きました。敵軍がいないだけであればただの空振りで済み、後手に回った悪手であるに違いはないのですが、それだけでは最悪手ではありません。しかし、敵軍はロボ軍を破った後、必ず移動し、今度はこのチグレ軍を焦点(ターゲット)にするのではないかと考えました。なぜなら、北方のレアオン軍より我がチグレ軍の方が千少ない七千であるため……。チグレ軍が、陣形が整っていない強行軍として進んでいる、その致命的な隙を突くことができるからであります。おそらくは強行しているチグレ軍の横っ腹を敵が狙って強襲するでありましょう。そしてその強襲する敵の方が、チグレ軍より人数が多い。これはコキシネル殿のおっしゃる通り、最悪手をチグレ大将軍は選択したということでありましょう」

「……」

「そして今となっては手遅れではありますが、コキシネル殿がおっしゃられた次善の策というのは、レアオン軍にすぐさま伝令を送り、レアオン軍にはそのまま南西のルートの進軍を維持させるよう要請する。そしてチグレ軍もそのまま北西のルートを進軍し続け、ツィカーデ城においてレアオン軍と合流します。これでツィカーデ城にチグレ、レアオン連合軍一万五千が集結し、敵の一万よりも多勢で敵と相対することが出来ます。これが次善の策ではないでしょうか? この策について及第点をいただけますでしょうか? コキシネル殿」

「……お前は誰だ!」コキシネルはその場で足を止め、腰に履いていた剣を抜く。

 コキシネルは瞬時に、ビーアベイユを先ほどまで一緒に話しながら走っていた味方ではなく、敵として認識したのであった。

 

「お前は誰だ!」コキシネルは剣先をビーアベイユの方に向けながら、厳しい口調で再度そう問いかける。

「誰と申しましても……、先ほど名乗りました通り、ビーアベイユであります」コキシネルが足を止めたので、ビーアベイユも同じく足を止め、コキシネルに向かい合った。

 二人の距離は一メートル程度。コキシネルが剣を抜いているのに対し、ビーアベイユは両手を広げ、別に戦う素振(そぶ)りはないといった表情で、首をすくめた。首をすくめたビーアベイユの表情は涼しげであり、全く慌てた様子はなかった。

「そうか。……ではビーアベイユは本名として、どこに所属している兵だ! 少なくともチグレ軍ではないな」

「はい。チグレ軍所属ではありません」ビーアベイユは、コキシネルの問いかけに、あっさりとチグレ軍でないことを認める。

「フルーメス王国所属の兵でもないな」

「はい」コキシネルのさらなる問いかけに、フルーメス王国の兵でもないことも、ビーアベイユはあっさりと白状する。

「……では、どこの者だ!」コキシネルは、油断なく剣先をビーアベイユに向けながら尋ねる。

「フルーメス王国でなければ、答えは一つと思われますが……」ビーアベイユは、やはり涼しげな表情で、若干の微笑を口元のたたえながら、そう答える。

「敵である聖王国の者か!」

「はい、改めて自己紹介させていただきます。ソルトルムンク聖王国最年少将軍クーロ様の麾下の一人で、ビーアベイユと申します。今、フォルミーカ地方に侵攻している敵方であるクーロ軍の諜報部門に所属する魔兵です。今回の任務は、フルーメス王国五獣将の一人チグレ大将軍の軍の中に潜み、その動きをクーロ様に伝えると同時に、チグレ軍の動きをある程度牽制、又はこちらの都合の良いように誘導するというものであります。チグレ大将軍の為人(ひととなり)はある程度把握しておりましたが、そのような軍にあっても、たまに我が軍(クーロ軍)の策を看過するような智者が混じっていないとも限りませんので、そのような方の意見に従わないよう見張り、牽制するなどの役割を担っております。……そうコキシネル殿、貴殿のような方の存在を牽制するためです」

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(チグレ将軍の家臣)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 

 六大将軍伝説

 

 

【292 第二次西部攻略戦(二十六) ~コキシネルとビーアベイユ~】

 

 

〔本編〕

 顎を砕かれ、口中が血まみれとなった部下はそのままそこに置き去りにされる。

 ただ一人だけ、血まみれの彼を心配して残った兵がいた。その兵は砕かれた顎に治癒の呪文をかけ、彼を介抱する。

「おお、顎が元通りだ。助かった、礼をいう」残った兵の呪文により、チグレの部下の砕かれた顎は完全に元に戻った。

「いえいえ、貴方の勇気ある進言に心を動かされただけであります」介抱した兵が静かにそう呟く。

「いいや、君こそ。ここに残っては後でチグレ将軍から叱責を蒙(こうむ)るのではないかな。将軍の意に沿わない部下を介抱して、ここに残ったのであるから……」その言葉に対し、介抱した兵はニコニコと笑い、あまりそのことについて気にしている様子はなかった。

 

「俺はコキシネルという。君の名前は……」

「私はビーアベイユと申します」

「ビーアベイユ殿、助けてくれてありがとう」

「いえいえ、礼には及びません。それにビーアベイユと呼び捨てで構いません」

「そうか、ならば俺のこともコキシネルと呼び捨てでよいぞ」二人はそれぞれ名乗りあった。

「それでコキシネルは、何故チグレ大将軍の行動が最悪だと言われたのですか? それが気になって、私はここに残ってしまいました」

「そうだったのか」コキシネルはそう言うと立ち上がる。既に彼の乗っていたホースは、誰か他が乗っていってしまったようで、そこにはいなかった。

「……とりあえず、チグレ大将軍の後を追いながら話そう。途中でホースが調達出来るやも知れない。とにかく手遅れにならないうちに……」

「分かりました。共に向かいましょう」

そう言うと、コキシネルとビーアベイユの二人は、チグレが向かった北東に向けて走り出した。

「チグレ大将軍の選択された行動が最悪ということを知りたいということだな」走りながらコキシネルが、ビーアベイユに話しかける。

「はい。私はロボ大将軍の軍が戦っている敵軍の背後からチグレ大将軍の軍が攻めるのは、挟撃になるので、手としては次善の手段と思っておりますので……」

「ビーアベイユと同じことを考えているからチグレ大将軍は、北東に進路をとったのであろうが、俺は既に敵はロボ大将軍の軍との交戦を終わらせていると考えている」

「そうお考えなのですね。交戦が終わっているということは、その勝敗も決しているということですか?」

「ああ、残念ながらロボ大将軍の負けだ。おそらくは大敗しているであろう」

「そんなまさか。五獣将のお一人であられるロボ大将軍が、短時間のうちに大敗しているとは考えにくいのですが……」ビーアベイユが首をかしげながら、コキシネルにそう尋ねた。

「通常の戦いであれば、ロボ大将軍とその軍勢は精強なので、そんな簡単には負けないであろう。しかし今回はこちらが三軍で包囲しようとした敵が、あろうことか我らが包囲を完成する前に動き出し、ロボ大将軍が向かってくる東に軍を動かしたのだ。先にこの地に到着していた敵軍だ。既にこの辺りの地理は調べつくしているはずであろうし、ロボ大将軍の入城したシュメッター城から敵の駐屯していたツィカーデ城に至る最短のルートには、いくつか狭路や森などの敵が前もって抑えておけば優位な地がいくつもある。それらに伏兵を潜ませるなどの準備をしていたとすればと俺は考えたのだ。シュメッター城に入ったロボ大将軍の軍がツィカーデ城に向かうとなると、自ずと進軍ルートは一つに絞られるからな」

「成程、それにしてもコキシネルはこの辺りの土地については随分とお詳しいようですね」

「ああ、元々はフォルミーカ地方出身者だからな」

「成程」ビーアベイユは納得したように深く頷く。

「さらにそのような状況下で、ロボ大将軍の軍は総勢八千。それに対して聖王国の軍は一万。兵数として二千も多い。三方向からの包囲戦であれば、我らは八千、八千、七千の計二万三千の軍勢で一万の敵を包囲することになるが、各個撃破となれば敵の方が準備出来ている状態で、さらに少数の敵を討つことになる。これではロボ大将軍の軍がどれほど精強であっても、短時間での大敗は火を見るよりも明らかであろう」

 

「しかしコキシネル。それは貴方の推測でありますよね。敵がこの地方を調査して、我らを迎え撃つ準備が出来ていると信じて疑わないのは、何故なのですか?」

「敵軍がツィカーデ城に入ったのが十日前の五月二〇日。それから十日間、全く軍としての大きな動きが無かったのが一点。そしてもう一点は、今回の三方向からの包囲戦が始まるやすぐに軍を動かし、その軍をロボ大将軍の軍に向けたということからだ」

「しかし、敵軍はツィカーデ城に入城後、ロボ大将軍を始めとする我らの動きを知り、そこから全く動けなくなっただけなのではありませんか?」

「むろん俺もその可能性はあると考えた。しかしもう一点の、我らの三方向からの包囲戦に対し、ロボ大将軍の軍に向けて進軍をしたことで、敵軍にロボ軍撃破の準備が出来ていると勘づいたのだ」

「どういうことですか? ロボ大将軍の軍に向けて進軍したのは、ただの偶然なだけではないのですか?」

「いや、もし敵軍が本当にツィカーデ城に入城した後、進軍出来なくなっていたのであれば、今回の我らの包囲戦に対してツィカーデ城で籠城するか、それとも撤退するかの二手。まあ仮に、この状況について各個撃破のチャンスとその場で思いつき、進軍を始めたと仮定するなら三つの軍のうち、狙うのは我らチグレ大将軍の軍であるはず。なぜなら、ロボ軍と北方のレアオン軍は共に八千の軍。それに対し、我がチグレ軍はその二軍より千少ない七千。この戦況において各個撃破に気付いた軍であれば、三軍のうち最も兵が少ないところから狙うのが常道。それなのに、我らより千多いロボ軍に先ず狙いをつけた、何故か。南方の我らチグレ軍や北方のレアオン軍は、どこの地点からツィカーデ城に向けて進軍するか、そのルートがギリギリまで確定できない。それに対し、シュメッター城という明確な拠点である城に入城したロボ軍がツィカーデ城に向けて進軍するルートは簡単に予測できる。つまりは、前もって調査した地に罠を仕掛ける準備が事前に出来るということだ!」

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 コキシネル(チグレ将軍の家臣)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 ビーアベイユ(チグレ将軍の家臣)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 シュメッター城(ミュッケ地方に建っている城。フルーメス王国西部地域における重要拠点)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【291 第二次西部攻略戦(二十五) ~吠える虎将(チグレ)~】

 

 

〔本編〕

 さて、クーロの射た矢は、ロボを即死に至らしめた眉間(みけん)への一射のみでなかった。

 ロボの死体には、喉元にも矢が突き刺さっていた。この矢は彼の喉を刺し貫くように刺さっていた。

 おそらくはクーロによるロボの眉間への矢に続く二射目の矢であろうと思われるが、こちらは眉間とは違い、ロボの喉元に矢が残っている。

 しかし、これは二射目の矢が一射目より威力が落ちているわけではなく、……これは後に分かったことではあるが、ロボが騎乗しているホースの頭が射抜かれ、かつロボが左手で握っていた剣の先が欠けていることから察するに、この二射目の矢は、ロボの騎乗しているホースの頭部を貫き、さらに身体の中心部を守っていた彼の左手が握っていた剣の先っぽを欠けさせた後、ロボの喉元を貫いたのであろう。

 クーロの、一射目に勝るとも劣らない二射目の矢の威力であった。

 ロボが落馬の際に手を差し伸べ、最初にロボの死に気付いたロボの部下は、あまりにロボの眉間から噴き出る血に目と心を奪われ、彼の喉元に突き刺さっていた矢は映像としては視覚で捉えていたとしても、脳がその二射目の矢の存在を処理するゆとりがなかったのであろう。

 さらに言うと、クーロがこの一瞬で射た矢の合計は四本。三射目と四射目の矢は、ロボの両隣を駆けていた騎兵の眉間をそれぞれ正確に射抜いていた。

 クーロ以外の敵兵による、ロボに対する矢のけん制に目を光らせていたはずのロボの両隣を駆ける騎兵までも、クーロはこの一瞬で仕留めていた。

 

 クーロとロボによる奇妙な一騎打ちは、一瞬にして終わった。

 クーロがロボと両隣の二騎兵を四射の連射技術によって仕留めた次の瞬間、小型竜(ドラゴネット)に騎乗した二体の竜騎兵(ドラゴンナイト)が、クーロより前に出る。

 これはロボを仕留めた後の一連の約束された行動であり、これによって他のロボ軍騎兵がクーロを仕留めるという機会が全く無くなってしまったのである。

 クーロはというと、そのまま得物の弓を持ったまま二体の竜騎兵に前を守られながら前進を続ける。クーロの両隣にも竜騎兵が一体ずつ付き、ロボの仇を取るべく攻め寄せてくるであろう敵騎兵からクーロの脇を守る形を整えた。

 しかしそれは全くの杞憂であった。ロボが落馬し、彼の死が誰の目にも明らかになった瞬間、それまで将軍と共に駆けていたロボ軍の騎兵たちは、自分たちに向かってくるクーロ主力軍の行く方向から逃れ、そのまま四散したのであった。

 元々、兵数と兵種の差からロボが一騎打ちによってクーロを仕留めない限り、彼らに勝つ見込みが全くなかった。そういった事情であったロボの二百の騎兵たちにとって、クーロによって一瞬でロボが倒された今、彼らが将軍の仇としてクーロを討ち取るという選択肢は全く無く、この場から自分たちがいかに生き延びるかが最大の目的となっていたのであった。

 結果として、クーロ主力軍の行く手に立ちふさがるどころか、自分だけはその場から逃げ出そうという気持ちに支配されたが故の敵前での四散逃亡となった。

 クーロとしてもロボ大将軍を彼自身の手で直接倒したことで、ここでの目的の全てを達したわけで、これ以上逃げるロボ軍残党を追撃する意味は全くない。

 そのため、先行しているクーロ軍本隊を追うように、この戦場から離脱する。

 さて、クーロ軍に攻め寄せる三つのフルーメス王国五獣将の軍の一つ――ロボ軍はここに文字通り消滅した。ロボ軍を消滅させたクーロ軍は、そのままシュメッター城のある東方向に移動し、その結果、フルーメス王国側はクーロ軍の行方を完全に見失った。

 

 

「報告いたします!」一人の伝令兵が、フルーメス王国五獣将の一人、虎将(こしょう)こと、チグレ大将軍の前にひれ伏す。

「フォルミーカ地方ツィカーデ城に駐屯しておりました敵軍が、東に向かって進軍いたしました。今頃は、ミュッケ地方シュメッター城から西進されたロボ将軍の軍と交戦中と思われます!」

「何だと!!」大柄なチグレが唸る。

 自分たちの軍が進む先に敵クーロ軍が既に居ないということは、この五獣将の一人、チグレ大将軍にとっては想定外の出来事であった。

 彼の軍は総勢七千。ツィカーデ城を三方向から包囲すべく軍の一つで、目標のツィカーデ城の南方に位置している軍であった。

 

「まさか、敵が動いているとは……」チグレは低くグルルと唸る。

「このまま、ツィカーデ城に向かっても意味がない! すぐさま、敵が向かった北東方面に進路を変更する!」

「お待ちください! チグレ大将軍」チグレの進路変更の命に、一人の部下が待ったをかける。

「何だ!」その部下の言葉に、チグレは不快そうに吠えた。

「我がチグレ軍は、ツィカーデ城に籠っている敵軍に対し、南方に位置し、現在北上中であります。これは、我が軍とは別に北方にレアオン大将軍の軍、そして東方にロボ大将軍の軍があり、それぞれがツィカーデ城に向かうことにより、三方向からの敵軍を包囲しようとしているところであります」

「そうだ! そんなこと分かりきっている!」部下の説明に、イライラが募ったチグレが再び吠える。

「……しかしです。こちらの思惑に反し、敵はツィカーデ城に籠ることなく、東進いたしました。こちらの三方向包囲が未だ整わないうちにであります。これでこちらの三方向からの包囲策は不首尾に終わり、敵軍はこちらを各個撃破が出来る絶好の形となってしまいました。それに対し、すぐに次善の策が必要な時であります」

「だから俺は、すぐに進軍の方向を変更し、東へ向かった敵軍の背後をつこうとしているのではないか!」

「チグレ大将軍! それは次善の策ではございません。恐れながら申し上げれば、それは最悪の一手であります!」

「貴様! 俺を愚弄するか!!」チグレは顔を真っ赤にし、そう進言した部下を拳で殴りつける。

 その部下は顎を砕かれ、口の辺りを血まみれにして落馬する。

「ここで俺の意思に逆らい、貴重な時間を潰すような発言をする者は、誰であろうと叩きのめす。今、敵はロボと交戦中だ! 一刻も早く、その戦場にたどり着かなければ、ロボの奴に全ての手柄を持っていかれてしまう。全軍、北東へ急行だ! 足の速い兵からとにかく戦場へ急げ。足の遅い兵も最大限早く戦場に到着するよう、各々努力せよ!!」こう叫ぶと、チグレは自身の騎馬(ホース)に鞭を入れる。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 チグレ(フルーメス王国五獣将の一人。虎将(こしょう)の別称をもつ)

 レアオン(フルーメス王国五獣将の一人。獅子将(しししょう)の別称をもつ)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。クーロの矢を眉間に受けて絶命)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 シュメッター城(ミュッケ地方に建っている城。フルーメス王国西部地域における重要拠点)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 フォルミーカ地方(フルーメス王国領)

 ミュッケ地方(フルーメス王国領)

 

(兵種名)

 ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)

 

(竜名)

 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【290 第二次西部攻略戦(二十四) ~狼将(ロボ)射抜く~】

 

 

〔本編〕

「よしお前の申し出、受けよう」ロボはそう言うと、自身の得物の長槍を放り捨て、腰に差している二本の剣を抜き放った。二刀流の構えである。

 そしてロボは左右の家臣に目配せをし、クーロ目がけて一気にホースを駆る。そのロボと共に二百のロボ軍騎馬部隊も、ロボに遅れじと一気に駆けた。

“成程! ロボ大将軍は、國の大将軍としては些(いささ)か以上に器量不足ではあろうが、一武将としての器量は、数多(あまた)の戦場を経験しているだけあって、十分な能力である。僕がクーロであることの確証も、僕の一騎打ちへの承諾からの、間髪入れずの行動。そして得物である長物(長槍)を捨てての二刀流への変化。あれで僕の射かける矢への対策としては、武器が短くなった分、優位となった。その上、一騎打ちと言いながらも、こちらがロボ大将軍へ一斉に矢を射かけることも想定し、それを極力防ぐため、部下にその矢の対処を委ねると同時に、一気に全軍でホースを駆ったところは実に見事だ! しかし……”

 クーロは落ち着きを払い、そこまで分析をしながら、さらに弓を深く引き絞る。

 ロボは右手の剣を大きく上段に振り上げ、左手は剣と一緒にホースの手綱を掴み、左手の剣は自身の胸辺りに真っすぐ添えた。

 これによって左手の剣は、ロボの鳩尾(みぞおち)から喉元までのラインを塞ぐ。この左手を動かさない限り、ロボの鳩尾から喉元は自然と剣が邪魔して直接狙えない。

 むろん、喉元より上の頭部についてはむき出しのままではあるが、それは大きく上段に振り上げた右手の剣で、射抜かれる矢を打ち払うつもりでいる。それにロボはクーロと違い兜を被っているので眉間(みけん)の部分などは最初の一射を兜で守ることが出来る。

 もちろん射られた矢の強度にもよるが、一射目の矢で兜は衝撃で打ち割られるかもしれない。それでも一射目は剣による防御が間に合わなかったにしても、ロボの眉間は兜によって守られる。

 クーロとロボの距離は約八十メートル。数秒でクーロにロボの剣が届く距離だ。

 場合によっては、クーロの矢がロボの身体の中心を外れ、ロボのわき腹などに刺さる可能性もある。それでもその傷ではロボを即死させることは不可能なので、ロボがクーロに近づく行動を止めることは出来ない。

 むろんロボは、クーロの射る矢を二本の剣で全て打ち払うつもりでいる。実際にロボはそれだけの力量、技量を備えている。

 さらに動体視力も運動神経も敵の矢を打ち払う、あるいは躱せるぐらいの実力をロボは持っている。

 その上での一つの懸念は、クーロの弓兵としての実力、その中でも速射の能力であるが、それも自国の上位弓兵の実力から推し量るに、八十メートルの距離であれば、ホースが駆け抜ける間に二回が限界であろう。

 つまり既にホースで駆けているロボにクーロの矢が届くのは、最初の一射を入れて計三射。そのうち三射目をクーロが射る時には、ロボの剣がクーロの首を飛ばす時であり、それに併せて弓の弦(つる)も切ることが可能なので、実質三射目の矢は数に入れなくていい。

 つまりは二射分の矢だけ警戒する必要があるが、一射目の矢だけでは、この形の今のロボを完全に止めるような即死に至る傷を与えることは出来ない。

 距離が狭まる分、本当の意味で脅威なのは二射目の矢ではあるが、これさえ完全とはいえないまでも即死に至る致命傷にまでならないよう、ロボが対処すれば、その瞬間、ロボの勝ちが確定する。

 

 瞬時にそこまで答えを導き出したロボはニヤリと笑う。ギリギリのところの命の駆け引きに、戦人(いくさびと)としての血が沸き立ったせいでもあるが、このようなギリギリの状況下で、将軍になったばかりの若いクーロが、冷静さを保っていられるであろうか。

 クーロの一射目の矢で、ロボの馬脚が止められなかった場合、目前に迫ってくるロボに対し、クーロが冷静さを保ちながら正確に二射目の矢を射れるとは、到底思えなかった。経験の差がここで出るはず。

 クーロは余裕で勝つつもりで一騎打ちを挑んだのかもしれないが、それが非常に甘かったことに、この若輩の将は死ぬ間際に気付くであろう。

 ロボは、勝利への高揚感から思わず不敵な笑いがククッと漏れたが、それが彼の最後の記憶となった。

 

 ロボの兜をつけた頭がグッと後ろに大きく動き、彼の上体もそれに合わせて、思いっきり仰(の)け反(ぞ)る。

 周りにいる味方の騎兵たちには、まるで後ろから見えない糸か何かでロボの兜が引っ張られたように見えたが、奇妙なことに、その現象に対し、当のロボが手綱を引っ張って上体を戻そうとすることなどせず、そのまま後方へ落馬したのであった。

 ロボ軍の騎兵たちには何が起こったか――それはロボが見えない糸に後ろから引っ張られるように上体をのけぞったことも含めて理解が及ばなかったが、落馬したロボに一人の部下が手を差し伸べようとしたその時、その部下は全てを察する。

 ロボが死んだ。

 ロボの眉間に穴が穿たれ、そこから一筋の血が噴き出ていた。眉間を守っていた兜は、そのまま彼の頭に被されたままであったが、その兜にも眉間の部分に一つの穴が開いていた。

 この状況から分析するに、おそらくはロボの眉間にクーロの射た矢が命中したのであろう。

 そのクーロの一射目の矢は、ロボの想定を遥かに超えた速度と強度で、ロボが上段に振り上げた剣を振り下ろす間を一切与えず、彼の眉間を兜ごと貫いたのであった。

 貫いたと表現した通り、ロボの頭部にクーロの矢は突き刺さっていない。クーロの射た矢は、兜を被ったロボの眉間に突き刺さり、そのまま彼の頭部を貫通させた。

 一射目の矢を兜で防げると考えたロボの思惑を遥かに超越する強度。そしてロボが自身の眉間に向かって射られた矢に何の対応も出来なかったという、ロボの思惑を遥かに凌駕する速度。

 既に亡くなったロボに確認する術は何もないが、ロボは自らの眉間に射られたクーロの矢への対処が間に合わなかったどころか、おそらくはクーロの射た矢が、眉間に突き刺さり、頭部を貫通したことに全く気付かずに亡くなったのであろう。

 ロボの頭部がまるで見えない糸で後ろに引っ張られたように周りの味方から見えたのも、そのクーロが射た矢が、ロボの頭部を貫通する際の威力によるものであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。狼将(ろうしょう)の別称をもつ)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【289 第二次西部攻略戦(二十三) ~新生クーロ軍Ⅴ~】

 

 

〔本編〕

 クーロ軍における精鋭部隊。それはクーロ将軍を中心とする、文字通り精鋭兵のみで編成されている親衛隊のことをいう。

 五百の兵のうち、半数近くの二百が騎乗しているのが、一般的なホース(馬)ではなく、小型の竜種である小型竜(ドラゴネット)。ホースの機動力には及ばないが、攻撃力や防御力はホースの比ではない。

 それに機動力でホースに劣るとは言っても、それは平原などの整った平地などにおいてであって、山岳地や沼地といった悪路においてはむしろドラゴネットの方が機動力は高い。

 ドラゴネットに騎乗する兵種として、竜騎兵(ドラゴンナイト)や竜弓兵(ドラゴンスナイパー)があるが、いずれも攻守共に陸上兵士としては最強である。

 小型竜(ドラゴネット)は、ホースに比べて非常に希少価値が高く、それに騎乗が許されるドラゴンナイト並びにドラゴンスナイパーは、いずれも兵種としては最高ランクである最終段階(トップランク)に位置する兵種である。

 陸上兵士として最強のこの二兵種は、いずれの軍においても主力として用いられ、基本敵を撃滅する部隊として編成されている場合が多い。

 しかしクーロ軍においては、これらの兵種をあえて指揮官を守る親衛部隊として編制したのであった。

 クーロ自身が弓兵であり、正面切って敵陣に攻め入る猛将タイプでないためではあるが、それでも最強の陸上兵で本陣を編成するというのは、あまり一般的な軍編成とはいえない。

 これは新生クーロ軍の性質が、指揮官のクーロとその本陣を敵の格好の目標物と思わせることを強く意識させるといった特殊な軍であるということに起因する。

 むろん敵からすれば、相手の将を倒すということは、最優先すべき重大な目標である。この時代、敵将を倒すことが、その軍を破ることと同義と捉えられていた。

 しかし……いやだからこそ、そのような目標(ターゲット)を討ち取るということは非常に困難である。敵から最も離れた場所に将がいる本陣は配置されるものであるし、逆に猛将が指揮官の場合は、指揮官が真っ先に攻め寄せてはくるが、そのような猛将と精鋭部隊を討ち取るのは、後方に配備される本陣を攻めるのと同等以上に非常に困難であるのが常である。

 そのため戦いとは、最初は先鋒同士がぶつかり合い、そのような中で策を巡らし、場合によっては強行突破などの力業も用いながら、敵将と敵本陣に近づいたり、或いは敵陣を削ったりしながら徐々に敵兵を減らしていくというのが常道である。

 しかしクーロ軍はそれらの一般的な軍とは一線を画している。

 弓兵を中心としている軍という間接攻撃、或いは奇襲などを得意としている軍の性格として、敵が食いつきそうな囮(おとり)があることが必須である。

 囮が魅力的であればあるほど、間接攻撃や奇襲攻撃などにおける効果が大きくなる。そして軍隊における最も魅力的な囮(おとり)は何か。

 その軍隊の指揮官以上に魅力的な囮はない。それをとことん突き詰めたのが、新生クーロ軍の特徴といえた。

 今、まさに平原のロボ軍騎兵部隊の前に現れたクーロ軍主力部隊がそれであった。

 五百を数えるクーロ主力部隊。しかしその一番先頭に今いるのが、小型竜(ドラゴネット)に跨ったクーロ将軍本人その人であった。クーロは兜もつけず、堂々とロボ軍騎兵たちの前に現れた。

 

「おい、真正面にいる兜をつけていない指揮官風の貴殿は、クーロ将軍で間違いないか!」

「いかにも……、指揮官風という言いぶりはいささかユニークに聞こえたが、私がこの軍の将、クーロで間違いない!」ロボの問いかけに、クーロは大きく頷き、そう叫ぶ。

「ちなみに、そう問いかけられた貴殿は、ロボ大将軍で相違ありませんか?」

「ああ!」続いてクーロが問いかけ、それにロボも即座に答える。敬語でさらに、“大将軍”という呼びかけに、ロボもまんざらではなかった。

 しかし、クーロは問いかけることをしなくても、諜報などによりロボの顔は既に認識している。それに対し、ロボはクーロの面貌を一切知らなかったが、さすがに敵に対し真っ正直に尋ねたわけではなく、クーロに問うているように思わせながら、実は味方の中にクーロの面貌を見知っている者がいないかを確認していたのであった。

 結果、ロボの家臣のうち二名ほどがロボのクーロへの問いかけに頷いていた。おそらくは、クーロがツィカーデ城に入城した際にクーロを実際に隠れ見て、その後、ツィカーデ城を脱し、ロボにクーロ軍の情報を報告した伝達兵なのであろう。しかしこれでロボもクーロ本人が目の前にいることに確信が持てたようであった。

「既に勝敗はついております!」クーロが直接ロボにこう申し渡す。

「ここはロボ大将軍の御首級(おんみしるし)のみが所望であります。それさえ、こちらにお渡しいただければ、これ以上の無用な殺生はいたしません!」

「何だと!!」このクーロの言いぶりに、ロボは顔を真っ赤にする。

「戦わずして、敵に己の首を渡せるか!」

「そう言うとは思っておりました」クーロはロボの怒りを流すかのように涼し気に言葉を続ける。

「……なので、ロボ大将軍のその意気に少しでも添えるよう、私が前面に立ちました。これは一種の一騎打ちと考えて下さい。私自身は弓兵であり、敵に真っ向から白兵戦を挑むようなタイプの将ではありません。……なので、私はここで弓に矢をつがえます。ロボ大将軍におかれましては、そのような私に相対していただければ、変わり種ではありますが一種の一騎打ちという体(てい)は保たれましょう」

 そう言うと、クーロは弓に矢をつがえた。

 二百のロボ軍に、五百のクーロ軍。数の差は歴然で、勝敗も既に決していた。

 しかしそれでもロボ軍二百の騎兵たちが、最終的にどのように動くかは不確定要素ではあった。下手に乱戦となり、敵味方に必要以上の損害を強いるのは、ここまで追い詰めたクーロ軍からすれば避けたいところであった。

 そのためクーロは将でありながら、わざわざ敵将の前に姿を晒(さら)し、あろうことか兜もつけずに一騎打ちの形での決着を提案したのであった。

 劣勢であるロボがこれを拒むということは、兵の士気を大いに落とすだけで、何らメリットはない。

 それにこれは、ロボがクーロを討ち取ることが出来るという、千載一遇の逆転のチャンス以外のなにものでもなかった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。狼将(ろうしょう)の別称をもつ)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 ツィカーデ城(フォルミーカ地方最東端の城)

 

(兵種名)

 最終段階(兵の習熟度の称号の一つ。一番上のランク。トップランクとも言う)

 ドラゴンナイト(最終段階の小型竜に騎乗する騎兵。竜騎兵とも言う)

 ドラゴンスナイパー(最終段階の小型竜に騎乗する重装備の弓兵。竜弓兵(りゅうきゅうへい)とも言う)

 

(竜名)

 ドラゴネット(十六竜の一種。人が神から乗用を許された竜。『小型竜』とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

 六大将軍伝説

 

 

【288 第二次西部攻略戦(二十二) ~甘い認識~】

 

 

〔本編〕

 ロボからすれば、どのような形であれ、ここで味方の歩兵大部隊と合流する心づもりでいたため、その部隊が全くいない今、彼の思案は混乱をきたし、それでもとりあえず撤退し続けている騎兵部隊に馬脚を止めるよう命を下した。

 兎にも角にも、撤退するにしても進軍するにしても、追撃する十五騎の敵ホースハンターの遠隔攻撃を受け続けることとなり、どちらにしても全滅は免れ得ない。

 しかしここにとどまっていても打開策は全く浮かんではこない。それでもここは広い平原であるため、ロボ軍の騎兵の動きも隘路の時のように制限されないので、クーロ軍のホースハンターたちも今は迂闊に近づくことが出来ず、指揮官リアンファはロボ軍から一定以上の距離をとって止まるよう命を下した。

 広い平原で対峙すれば、ロボ軍は二百弱ではあるが、ホースハンターたちはわずかに十五騎なので、その数字の差がそのまま戦力の差となる。そのためホースハンターたちは、敵から包囲されない距離を保って待機した。

 

 さて、ロボの思案はいつまでもまとまらず、とりあえず二百弱の騎兵をこの平原の真ん中付近で足を止めさせたわけであるが、少なくともそれで撤退中続いていたホースハンターの執拗な追撃からは一旦免れた形となった。

 しかし当然のことながら、いつまでもこの平原の真ん中で足を止めているわけにはいかない。

 味方の歩兵部隊が敵クーロ軍の襲撃により、この場から散り散りになって撤退したであろうと、さすがのロボも考え至っているわけであり、ここでいつまで待っても味方の歩兵部隊が戻ってくることはない。

 それどころか、いつまでもここにとどまれば、そのうちロボ軍歩兵部隊を破ったクーロ軍の別動隊がここに舞い戻り、ロボ率いる騎兵部隊は圧倒的な兵力差によって全滅させられてしまう。

“ここは二百に満たない兵力ではあるが二手に分け、一手をホースハンターへの牽制としてここに残し、俺は残りの兵を率いてこの平原から脱し、シュメッター城まで戻るべきではないか”ロボはそう思案する。

“考えてみれば、狭路から撤退する際にも、五十程度の殿(しんがり)部隊を作り、その殿部隊にホースハンターの牽制をさせるべきではなかったのかと……”

 しかしあの時は、少し撤退すればすぐにでも歩兵の大軍と合流できるつもりでいたので、そこは致し方のないことなのかもしれない。

 ロボの立場に立てば、そういった発想に至らなかったということも少しは理解できるが、それでも全体的な現状分析の甘さと、それに伴う都度の判断の遅さが今の不利な状況に陥らせているのは間違いのないことではあった。

 今も、一旦は足を止めた騎兵二百弱をすぐさま二手に分け、ロボ自身はすぐにでも撤退を始め、少なくともこの平原からどこかへ移動し、クーロ軍から大将軍である自分の位置を常に変え続けることが、ことここにおいての最善の手段であったにも関わらず、ロボはここで五分程度、二手にする際の人選や兵の配分など些末なことで悩み、貴重な時を無為に過ごしてしまったのであった。

 ロボからすれば、自分の歩兵部隊を襲撃し、かつ追撃しているクーロ軍別働部隊は自分を倒すために、すぐに戻ってこないであろうという甘い認識からであったと思われる。

 ロボ軍の歩兵部隊の数がシュメッター城の守城兵を含めた八千五百という大部隊であるということ。

 それを追い散らし、まとまった数がここに戻るのを防ぐにはある程度、クーロ軍の別働部隊もその撤退する兵たちの追撃を続けなければいけないこと。

 ロボがこの平原から狭路に進み、ここに撤退するまでの時間はそれほど長くないこと。

 平原の戦場跡からロボ軍歩兵部隊が敗れてからそんなに時は経っていないこと。

 これらの要素による見極めの正確さは、大将軍としては力不足のロボであっても、指揮官として何年も戦場で戦っている有能な兵士ではあるため、間違ってはいない。

 つまりロボの甘い認識というのは、追撃していったクーロ軍別動部隊がここに戻るのに、まだしばらく時を要するであろうという認識が甘いということではない。むしろそれは的確な判断として正しかった。

 クーロ軍のリアンファ率いる十五騎のホースハンターも、ここでロボの二百弱の騎兵を足止めさせるように距離を保って待機しているのは、味方の援軍がここに到着し、この二百弱のロボ騎兵部隊を全滅させ、ひいてはロボ大将軍の首をとる算段で待機しているのに間違いない。

 しかしながら、ここに到着することを期待している援軍とは、先ほどまでここで敵と戦い、それを追撃していった味方の部隊、つまり平原の東方向から戻ってくるクーロ軍別働部隊のことではない。

 ロボの甘い認識というのは、自分を最終的に狩るためにここに到着する敵がクーロ軍別動部隊と認識している点であった。

 今、ロボの頭の中の敵は、目の前の十五騎のホースハンター、先ほど自分たちの進撃を阻んだ重装甲の槍兵や弓兵たち少数部隊、そして残りは自分の歩兵部隊を撤退に追い込んだクーロ軍別働部隊であった。

 むろんロボが、目の前の十五騎のホースハンターを除き、自分の進軍を阻止した重装甲の槍兵と弓兵、そしてクーロ軍の別働部隊の兵数を正確に把握していたわけではないが、その総数がクーロ軍一万全軍であるとロボが認識したところが、彼の致命的に甘い認識と言わざるを得ない。

 ロボが平原に留まって五分の後、ロボが認識出来ていなかった新たな敵部隊が、この平原に到着する。

 その敵部隊はロボが想定していた東方向からではなく、ホースハンターの後を追うように西方向から、この平原に到着した。

 クーロ将軍自らが率いる主力部隊五百であった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(主人公。マデギリーク大将軍の養子。将軍)

 リアンファ(弓兵。新生クーロ軍先制部隊の長)

 ロボ(フルーメス王国五獣将の一人。狼将(ろうしょう)の別称をもつ)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 フルーメス王国(ヴェルト八國の一つ。南の国)

 

(地名)

 シュメッター城(ミュッケ地方に建っている城。フルーメス王国東部地域における重要拠点)

 

(兵種名)

 ホースハンター(第三段階のホースに騎乗する軽装備の弓兵。騎弓兵(ききゅうへい)とも言う)

 

(その他)

 五獣将(フルーメス王国で最も優れた五人の大将軍のこと)