六大将軍伝説

 

 

【235 第一次西部攻略戦(三十一) ~伏兵の矢~】

 

 

〔本編〕

 さて、モスタクバルは持ち前の直感で、クーロの選んだ逃走ルートについて全くどこを駆けているか分からないにしても、おそらくは聖王国領の深部、つまり仮に味方の兵が後から追いかけたにしても到底追いつくことが出来ない状態を作り上げられた、つまり完全にこの一千の軍が孤軍と化したと悟った。

 むろんだからといって、モスタクバル軍一千は精鋭兵の集まりであるため、まだ絶体絶命の状況ではない。しかしこれ以上追撃を続ければ、絶体絶命の状況に着実に近づいていく。

 今なら、逃走している敵を諦めて、全力で来た道を戻ればモスタクバル軍一千が全滅することはない。

 しかしその瞬間、今回の作戦は失敗に終わり、ミケルクスド國の領土はソルトルムンク聖王国によって大きく削られた状態で終戦を迎えるであろう。それは逆にいえば偽の逃走とはいえ、敵の本物の指揮官さえ討ち果たせば、この一帯はモスタクバル軍の勢力圏内となり、一旦モスタクバル軍をここで再結集させ、そのまま敵國王都マルシャース・グールまで攻め上るという作戦を続けることができる。

 その、討ち果たせさえすればよい本物の指揮官クーロが、モスタクバルのほんの数百メートル前を逃げているのである。この揺るがぬ事実が、この猛将の決断を大いに迷わせる結果となってしまったのであった。

 

 さて、モスタクバルがクーロの追撃を始めて二時間十分後、突如、モスタクバル追撃軍の後方と右側に二つの軍が現れる。今回の偽逃走における伏兵であった。

 しかし逃走している場所は平野であったため、一般的な伏兵という印象ではなかった。

 後方に現れた伏兵は、モスタクバル追撃軍よりさらに二百メートル後方を駆け、右側に現れた伏兵も、モスタクバル追撃軍に並走はしているものの、二百メートル距離を隔てている。

 モスタクバル追撃軍が、クーロ軍の後方百メートルに満たない距離にあることを考えると、現れた二つの伏兵の方が、モスタクバル追撃軍から距離をあけていることになる。

 さて、逃げているクーロ軍であるが、二時間以上逃げ続けている中、最後尾の兵たちから順に脱落していき、結果モスタクバル追撃軍の餌食となっていた。

 その数は二時間の逃走劇で二百を数えるため、逃げるクーロ軍は八百まで数を減らしていた。

 しかし、モスタクバル追撃軍も千人全員が追走出来ているわけではない。単純にホースの体力が続かず脱落した兵や、あるいは脱落するクーロ軍の兵士が最後の力を振り絞り、殿(しんがり)の役目を果たした関係から、モスタクバル追撃軍から生死の区別なく百程度の兵たちが脱落し、追撃軍も九百まで数が減っていたのであった。

 そこに後方と右にクーロの伏兵が現れる。この伏兵は、後方も右もどちらも千を数えた。

 この段階の追撃戦におけるモスタクバル軍は九百、クーロ軍は伏兵を加えると二千八百となり三倍近い数となった。しかしそれでもミケルクスド國と聖王国の兵の質の差、モスタクバル将軍率いる兵が精鋭兵ということも念頭に置けば、三倍の兵数といえどもクーロ軍には勝ち目はない。

 しかし、それはあくまでも直接戦うという条件のもとにおいてであり、そこはクーロによって考えられた策略が功を奏する。

 モスタクバル追撃軍の後方を駆ける伏兵軍千を率いる指揮官はリアンファ。そして、追撃軍の右側を並走している伏兵軍千を率いる指揮官はソキウスであった。

 この二人は、クーロが小隊長時代のエーレ地方の戦いにおいて、共に戦った四人の小隊長のうち現存している二人であった。

バルナート帝國との戦いの中で命を散らしたバンディレインブ、ヤキンソシュを加えて、その四人の小隊は弓に特化した小隊であって、四人の小隊長は当然全員弓兵であった。

 その二人――リアンファとソキウスが率いている伏兵軍であるため、その伏兵の役目は明瞭であった。

 モスタクバル追撃軍に対し、後方と右側から一斉に矢を射かけたのであった。

 

 さて、二百メートルという距離はクーロ軍の弓兵にとって、絶好の距離であった。

 既にクーロ軍では、矢筈(やはず)に火薬を仕込み、その火薬の爆発によって倍の飛距離と三倍の威力を有する矢が大量に作られており、今回はその矢がモスタクバル追撃軍目がけて一斉に射かけられたのであった。

 矢筈に火薬と、少量の魔力を封じ込めた砂利ほどの大きさの小石を仕込み、矢を射る瞬間、指先から魔力を小石に向けて注ぐ。

 既に魔力を限界まで封じ込められている小石は、さらに注がれた魔力によって飽和状態が限界を超え破裂する。その小石の破裂によって火薬が爆発を起こすのであった。

 クーロ軍は弓兵の内訳が非常に高く、それらの弓兵も訓練によって、大概の兵士が飛距離にして百メートルから百五十メートル近くまで矢を射ることが出来る。

 その状況下で、火薬と魔力を蓄えた小石を矢筈に仕掛けた矢を射ることによって、飛距離が倍になるのである。

 射かけられた矢の九割方が、モスタクバル追撃兵に向けて一直線で射かけられる。矢の威力に至っては普通の矢の三倍の威力を持つため、直進した矢はモスタクバル追撃兵の鎧を貫き、直接兵士の肉体に深々と突き刺さる。

 この後方と右側からの矢の攻撃によって、モスタクバル軍の兵士は次々に倒れていった。後方と右側の距離を二百メートル隔てているのも非常に有効であり、後方から射られた矢が、モスタクバル追撃軍の前方を逃げるクーロ軍にまで届くことがない。

 それに右側から射られた矢は右の片側からだけの攻撃なので、その矢が味方の聖王国兵に間違って当たるなどといったこともない。

 その上、絶対にモスタクバル追撃軍から反撃を受けない距離が二百メートルなのであった。このわずか十分程度の後方と右側の一斉射撃により、モスタクバル追撃軍九百のうちの半数が命を落としたのであった。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 ソキウス(クーロ隊の一員。弓兵)

 バンディレインブ(クーロ隊の一員。弓兵。故人)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ヤキンソシュ(クーロ隊の一員。弓兵。故人)

 リアンファ(クーロ隊の一員。弓兵)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 バルナート帝國(ヴェルト八國の一つ。北の強国)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 ジュリス王国(ヴェルト八國の一つ。西の国。聖王国と同盟を結ぶ)

 

(地名)

 エーレ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)

 

(その他)

 小隊(この時代の最も小規模な集団。十人で編成される)

 小隊長(小隊は十人規模の隊で、それを率いる隊長)

 ホース(馬のこと。現存する馬より巨大だと思われる)

 

(顛末)

 エーレ地方の戦い(ミケルクスド國からエーレ城を奪還する戦い。【039】~【062】を参照)

 バルナート帝國との戦い(バルナート帝國がバクラ地方に攻め込んだことによる防衛戦。【117】~【125】を参照)