六大将軍伝説
【228 第一次西部攻略戦(二十四) ~分断策戦~】
〔本編〕
「……しかし、ペリステリよ」続いて、第一軍副官ペッティロッソが尋ねる。
「ヘリドニ、アラウダ二城攻略がまだ終わっていないとはどういうことだ。あの二城は城とは名ばかりの行政府に少々防衛機能を施し、周りを壁で囲んだ程度の建物。城どころか砦にも及ばない、守りに全く適しないものだぞ。それがまだ攻略されていないとは……」
「城内には、それぞれの地方領主と文官しかおらず、いても門を守る兵士が数人だ。しかし城外に一軍が陣を敷いている。その軍が、我ら第二、第三軍がそれぞれの城を攻めようと動けば、その後背に攻めかかれるよう陣取っているため、第二、第三軍とも野営の軍と対峙せざるを得ない。それに敵軍の方が、先に有利な拠点を全て押さえているので、こちらもおいそれとその敵軍に攻めかかるわけにはいかない状況になっていた。それにそれぞれの軍の数は二千五百で、こちらの二千より数も多い。そういう戦況がみてとれたので、最初はヘリドニ城にいる第二軍の援軍として参戦しようかと思った次第だった。その後、アラウダ城の方も索敵した結果、同じような戦況であった。このことをモスタクバル将軍にお知らせしようと思い、ここまで来たのだが……」
「……各城に二千五百ずつの一軍! どういうことだ。アラウダ地方とヘリドニ地方は、将軍の電撃侵攻により、中央から派遣された軍も含め、統率がされていない烏合の衆と成りはてたのではなかったのか?! 違うのか!」ペッティロッソが青ざめた顔でそう呟く。
「……そう言えば、逃走する一軍を追撃した将軍の軍はどうなったのだ! この砦内に指揮官が残っていれば、将軍は敵のかく乱戦法にいち早く気付き、すぐにでもここに戻ってくるはず。また逃亡した軍に指揮官がいたとしても、将軍の追撃に抗しきれず、指揮官は早々に討ち取られ、ここに何らかの指示が届くはず。何故そのどちらもない!」ペッティロッソはそう独り言のように呟きながら、一つの最悪の結論に思いをはせていた。
「……そのどちらでもないのは、逃亡した一軍に敵の指揮官がおり、かつその指揮官がまだ討ち取られていいないということを意味する」
第四軍の将ペリステリが、その最悪の結論をペッティロッソに代わり呟く。「それはつまり、敵の指揮官の逃亡が偽りということか!」
「ペリステリ!」第一軍の副官ペッティロッソが叫ぶ。
「すぐに第四軍を率いて、モスタクバル将軍の後を追え! この砦に敵兵が籠っている以上、俺はここから動くことは出来ないが、お前はすぐに二千の兵で将軍に追いつけ。これは敵の罠の可能性が非常に高い! 場合によっては、将軍にすぐにお戻りいただく方がいい」
第四軍の将ペリステリもペッティロッソに言われるまでもなく、すぐにモスタクバル将軍の後を追った。
「第五軍もここに到着次第、すぐに後を追わせる!」ペッティロッソは、去っていくペリステリ将軍の背中に向かってこう声をかけた。
しかし後続で遊撃部隊の第五軍は、いつまで経ってもこの場に到着しなかったのであった。
この時、モスタクバル将軍の第五軍はどこにいたかと言えば、まさかの完全に自軍がどこにいるか見失っていた状態なのであった。行軍途中で自軍の居場所を見失うとは、軍としてあるまじき状況であったが、これは第五軍に非があったわけではなかった。
モスタクバル軍第五軍は先行する第一軍や、第二、第三軍と違い、継続軍として敵が自軍の背後を狙うのをいち早く察知し、そのような敵軍を迎撃するといった役割を担っていた。
同じ後続軍であるペリステリ将軍が率いる第四軍も同様な役割を担ってはいたが、さらに第五軍は敵味方の動きに合わせ、柔軟に軍を運用するという遊撃的な役割も併せてもっていたのであった。
それゆえ第五軍には最も機転の利く将が配属されていたので、その第五軍が敵地で自らの居場所を喪失するというのはあり得ないことであった。
この第五軍の指揮官は、ミガ将軍。武闘派の将軍が多いモスタクバル将軍の陣営にあって、唯一知性的な将であった。
「ミガ将軍! この先はどちらに向かっても、木々がさらに生い茂り、細い獣道もあることにはありますが、どの方向に向かえば良いのか全く見当がつきません」モスタクバル軍第五軍の指揮官ミガ将軍の元に、先行していた兵からこのような戸惑いを隠せない報告が伝えられた。
このような報告はその一人に限らず、索敵に放った家臣全てからであった。
「ええい、ここまできて何故迷う! 案内を買って一緒に行った地元民は何と言っているのだ!」ミガ将軍の参謀の一人が索敵していた家臣を大声で叱責する。
「……それが」報告に戻って来た家臣が言いよどむ。
「途中まで一緒にいたのですが、気が付くと姿がありません。見当たらないので、先に勝手に戻ったかと思い私もここに戻ってきた次第なのですが……」
「いや、まだ誰も戻って来ておらぬ。さらに奥を進んでいるのではないのか? この森はかなり大規模であるから……」
「そうではないな!」家臣同士のやり取りを聞いていたミガ将軍が、ここで初めて口を開いた。
「ここまで案内をしていた者たちは、おそらくは敵方の間者であろう。我々は敵の罠にまんまと嵌まってしまったのだ」
「将軍、そのようなことがあるのでしょうか? 案内の者たちは、このヘリドニ地方の地元民たち。ここまでの案内は全て完璧でした」
「だから我らも彼らを信用して、ずっと道案内をさせていた。この森に進軍したのも、彼らが、ここがヘリドニ城までの近道と述べたからだ。おそらくはここまでは正しく道案内し、我らの信用を勝ち取り、この森に我らを導いた後、そのまま離脱する心づもりで最初からいたのであろう。まんまと敵の手に嵌まってしまった!」
ミガ将軍は顔を歪め、拳で近くの巨木を思いっきり打ち据えた。
「それでは、ここで敵の伏兵による襲撃を警戒されたほうが……」将軍の参謀の一人がそう提案する。
「そうだ! 味方を全てここに召集しろ。ここは森の中とは言え、比較的開けている場所。兵をここに集めさえすれば、敵の強襲にも対処できよう。それでも敵による火攻めの可能性も考え、周辺の木々を切り倒し、さらに魔兵は森の木々を水で湿らせよ。時間との勝負だぞ!」
第五軍はミガ将軍のこの指示に、三千近くが森の中心部と思われる開けているこの場所に集結し、さらにそこから四方に索敵兵を放ち、敵の急襲と火攻めに備えた。
ミガ将軍は、確かにモスタクバル将軍の配下にあって数少ない智将であったかもしれないが、それは将軍の大半が猛将のモスタクバル将軍の配下であったが故の『智将』という位置付けであったと言える。
このミガ将軍の決断そのものが、クーロの悪辣な罠だったのである。
〔参考 用語集〕
(人名)
ペッティロッソ(モスタクバル第一軍の副官)
ペリステリ(モスタクバル第四軍の将)
モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)
ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)
(地名)
アラウダ城(アラウダ地方の主城)
アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)
ヘリドニ城(ヘリドニ地方の主城)
ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)