六大将軍伝説

 

 

【227 第一次西部攻略戦(二十三) ~逃げる一軍~】

 

 

〔本編〕

「そのためには、今侵攻してきている五軍のうち、どれがモスタクバル将軍の本軍なのかという確実な情報が必須となる。そのことをジャオチュウに伝えておいてくれ」

「分かりました」フォルの顔がパッと輝く。

 フォルは自分が敬愛する上官クーロが、三将軍の一人、モスタクバル将軍が攻め寄せてきているにも関わらず、その不運を呪い意気消沈するでなく、逆にその将軍の思惑を挫いてやろうという確固たる意思を持っているということに気付き、嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 

「モスタクバル将軍。敵の重要拠点は後三つ。ヘリドニ城、アラウダ城、そしてその中間地点に築かれた砦の三つであります。現地で集めた情報によれば、敵の指揮官はヘリドニ、アラウダ両城の中間地点に築かれた砦を拠点としているとのこと。そこを攻略すれば、聖王国軍の今回の侵攻作戦を頓挫させられましょう」ミケルクスド國三将軍の一人――『勇将』の異名を持つモスタクバル将軍の側近が、将軍にそう報告した。

「良し。五軍のうち、第二軍と第三軍にそのままヘリドニ城、アラウダ城の二城を攻略させろ。中間地点の砦は、俺の第一軍で攻める。第一軍の後続は第四軍、そして第五軍が遊撃軍だ。三拠点攻略後、五軍を合流させ、一気に聖王国の王都マルシャース・グールに進軍させる。ハッ、存外簡単に事が済みそうだな」モスタクバル将軍が側近にそう漏らす。

「いえいえ、それはモスタクバル将軍の軍による侵攻だからであります。敵指揮官もヘリドニ、アラウダ二地方にそれなりの防衛網を構築していたようでありますが、さすがにモスタクバル将軍自らが攻め寄せるとは夢にも思っていなかったのでありましょう。敵指揮官からすれば、はなはだ運の悪いこと。敵ながら同情を禁じ得ないほどであります」モスタクバル将軍の側近が笑いながら、そう将軍に軽口をたたいた。

 

 モスタクバル将軍は、ヘリドニ城、アラウダ城の二城を第二軍と第三軍にそれぞれ囲ませ、自身は自ら率いている第一軍二千で、そのまま二城の中間地点に構築されている砦に向かった。

「あれだ、一気に落とすぞ!」砦を目にしたモスタクバル将軍がそう兵たちに大声で鼓舞した、その刹那。

「待て! 砦の後方を退いていく兵たちは何者だ。かなりの数のようだが……」モスタクバル将軍は一旦軍を停め、側近に尋ねる。

 側近は慌てて、途中捕虜にした聖王国の兵を将軍の前に連れてくる。「おい! 砦の後方を退いていくあの一軍は何だ。砦から逃亡する兵の一団か?!」

 将軍の前に連れてこられた捕虜の兵士は、震えながらも退いていく敵の一軍を凝視する。

「い・いえ、逃亡兵ではありません。み・皆、騎馬に跨り、全員が鎧を着込んでいる様子から、し・指揮官率いる一軍ではないかと……」

「指揮官の軍だと! もしや、ここの防衛網を構築した指揮官か?」

「も・申し訳ございません。そ・そこまでは分かりかねます」

「逃亡兵の一団で間違いはなさそうだが、指揮官本人が戦う前に逃げ出すとは……、なんと臆病な指揮官か。……しかし逃げられて所在が不明になるのは、何かと面倒だ。おい、あの軍を追うぞ!」

「将軍、お待ちください。あの退却する軍に指揮官がいるかどうかは、まだ不明であります。指揮官は砦に潜んでいて、将軍が退却する軍を追いかけている間に、別の方向に逃げ出すつもりかも知れません」

「分かった。俺が千の兵であの軍を追いかける。お前は千の兵でこの砦を囲め。そして第四軍がここに到着したら、ここの囲みを第四軍に任せ、お前たちは俺の後を追いかけてこい。分かったな!」

 そう言うとモスタクバル将軍は第一軍を二つに分け、自らは千で砦の向こう側の退却していく一軍を追いかけた。

 結局この砦には千の兵が籠っていたため、第四軍が到着するまで、第一軍のうちこの場に残った千は一人としてここから動くことは出来なかったのであった。

 その間にモスタクバル将軍は、退却する敵軍を追撃し、聖王国領内深くに足を踏み入れた。

 

 さてそれから一時間半後、モスタクバル軍の第四軍がヘリドニ城、アラウダ城の中間地点に当たる砦に到着する。第四軍は、その砦を囲んでいる第一軍の千と合流したのであった。

「おおペリステリか、思いのほか時間がかかったな」第四軍の将はペリステリと言い、長身の女将軍であった。

「ああ、第二軍と第三軍が思いのほか苦戦しているようであったので、一瞬どちらかの援軍をと思ったのだが、そこはモスタクバル将軍のお考えを伺ってからと思い直してここに来た。そのため少しヘリドニ城、アラウダ城周辺で一度軍を停めた。ところで、ペッティロッソ。将軍はどちらにいらっしゃる?」

 ペッティロッソは、今回の遠征における第一軍の副官を務めている。

「モスタクバル将軍は、既にここには居られない。この砦を攻める直前に、この砦から離脱した一軍がいた。騎兵が多いところから、聖王国の指揮官が自ら先頭になって逃げ出してたのかとモスタクバル将軍は考えられ、自ら千を率いてその退却する軍を追いかけていった。俺もすぐに後を追いたかったが、この砦にまだ千もの兵が籠っており、その兵たちは指揮官が逃げ出したのだから、すぐにでも降伏するか砦を捨てて同じように逃げるかと思いきや、案に相違して頑強に抵抗し続けている。もしや、逃げ出した軍には指揮官がいなくて、こちらに籠っているのかもしれない。なんにせよ、ここをそのまま捨ておくわけにもいかず、お前の第四軍が到着するのを待っていたのだ」ペッティロッソが、ここまでの経緯をこう説明した。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 ジャオチュウ(パインロの友人。クーロ隊の諜報部門を担う)

 フォル(クーロ隊の一員。ジャオチュウと天耳・天声スキルが出来る間柄)

 ペッティロッソ(モスタクバル第一軍の副官)

 ペリステリ(モスタクバル第四軍の将)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 アラウダ城(アラウダ地方の主城)

 アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 ヘリドニ城(ヘリドニ地方の主城)

 ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)

 

(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)