六大将軍伝説

 

 

【226 第一次西部攻略戦(二十二) ~クーロの決断~

 

 

〔本編〕

 とにかく最初に行う必須事項は、聖王国の王都マルシャース・グールと、ミケルクスド國北方で戦っているマデギリーク将軍、そしてミケルクスド國南方で戦っているヌイ将軍の元に、今クーロが得ている情報を素早く伝えることであった。

 モスタクバル将軍が聖王国の東部を強襲し、もしこのまま漫然と聖王国領を西から順に切り取っていくのであれば、クーロにも遅ればせながら対処の手はいくつか残っていた。

 しかし、今回のモスタクバル将軍は自国の危機を打開するために聖王国領へ侵攻したのであるので、そのような悠長な手は使わない。先ず間違いなく、一気に聖王国王都マルシャース・グールにまで攻め寄せるか、北に反転して北方のマデギリーク将軍の軍の後背か横腹をつく、或いは南に反転して南方のヌイ将軍の軍の後背か横腹をつくかの三つの選択肢のいずれかで間違いなかった。

 

 今回、クーロは今のクーロ諜報機関の中枢とも謂えるフォルを、自らの手元に置いた。フォルは、クーロ諜報機関の長のジャオチュウと以心伝心の術で、魔術を介さず連絡を取り合うことが可能である。

 クーロの耳としてフォルを手元に置き、ジャオチュウにはヘリドニ、アラウダ二地方に侵攻したモスタクバル将軍の軍勢の全ての動きを把握する司令塔(コントロールタワー)の役割を担わせた。

 司令塔のジャオチュウはクーロからの要請で、諜報機関で優秀な人物を厳選し、聖王国の王都マルシャース・グール、ミケルクスド國北方のマデギリーク将軍、そしてミケルクスド國南方のヌイ将軍の三か所に都度最新情報を伝えられるような体制を即席で作り上げた。

 これによって、モスタクバル将軍の軍勢が王都マルシャース・グール、マデギリーク将軍、ヌイ将軍の三か所どこを目標にして動いたとしても、すぐにその情報を伝えることが可能となり、モスタクバル将軍の侵攻目標となったところは、その情報からすぐに最善の策がとれるような形は整った。

 しかし、これはモスタクバル将軍の軍がいずれに進軍した場合でも、マデギリーク将軍やヌイ将軍の軍勢が挟撃され敗れる、または王都マルシャース・グールが陥落するといった最悪の事態は免れるかもしれないが、いずれにせよ聖王国の今回の西部攻略戦は一旦頓挫し、結果、ミケルクスド國は息を吹き返すということになるのである。

 つまり、あくまでもクーロ軍はモスタクバル将軍の進軍ルートを最速で必要なところへ伝えることで最低限の役割を果たすことにはなるが、少なくとも今回の西部攻略戦を成功裏に導くといったことにはならないのである。

 ミケルクスド國の立場から言えば、自国の最高峰の三将軍を全て使っての打開策であるから、少なくとも今回の聖王国の侵攻作戦前の状態にまで戻すのは必須の結果であろうし、また将軍でもないクーロが、三将軍の一人モスタクバル将軍の強襲を、最悪の事態にさせずに役割を全うするのは決して失敗とは言えないが、クーロからすればそれで満足したとしたら、大将軍を目指している自分として、あまりにも不甲斐ないという思いがあった。

 確かに、クーロは三将軍以外が侵攻して来るのであれば万全とも言える防衛体制で臨み、たまたま三将軍であるモスタクバル将軍が攻めてきたという、不運と言ってしまえばそれまでであったが、それを不運で終わらせては、今後聖王国の領土拡大の一翼を担う大将軍を目指すとは、とても恥ずかしくて公言出来なくなると感じた。

 それは自分の同期に当たり、同じく大将軍を目指しているヌイやルーラ、そしてツヴァンソと肩を並べることが今後できなくなると思うほど、いたたまれない気持ちなのであった。

“僕の力で、モスタクバル将軍の侵攻を食い止める! 出来得るならば、モスタクバル将軍本人を討ち取る!”クーロの大いなる決断であった。

 

「フォル、モスタクバル将軍の軍の動きはどうか?」クーロがフォルに尋ねる。

「はい、ジャオチュウからの報告によると、モスタクバル将軍の軍勢は各二千の五軍に分かれ、ヘリドニ、アラウダの各地方の拠点を順に落としながら、東進しております。このまま王都マルシャース・グールに向けて進軍していくのでありましょうか?」

「今のところ何とも言えない。ヘリドニ、アラウダの二地方の攻略に関しては、我が軍が二地方に駐屯している関係から、二地方の拠点を西から順に落としてはいるが、ヘリドニ城、アラウダ城、そしてその中間地点のこの砦の三か所を攻略してしまえば、敵は今回の西部戦線のいわゆる“双頭の蛇の陣”の“胴”の部分を食い破ったことになる。この三か所を落とした後、二千の五軍は一つとなって、一気にマルシャース・グールか、マデギリーク将軍の陣か、あるいはヌイ将軍の陣のいずれかへ一気に進軍するはずだ」

「成程、それでは我らはヘリドニ城、アラウダ城、そして中間地点のこの砦を死守するために籠城することになるわけですね」

「そうではない」クーロがフォルのその言葉に即座に否定する。

「それでは、モスタクバル将軍の軍勢の勢いを止めることは出来ず、我らはここで全滅してしまうであろう。ヘリドニ城、アラウダ城の二城も敵の侵攻を食い止められるような城ではなく、ただの行政府に防衛機能をつけた程度の建造物だ。この砦にしてもヘリドニ城、アラウダ城の二城に比べて、少々守りやすい砦というだけで、多勢の軍による攻撃の前には一たまりもない。……なのでこの砦は捨てることにする」

「それでは結局、蛇の胴に当たるここは敵に蹂躙され、ミケルクスド國はモスタクバル将軍の強襲で今回の窮地を脱せてしまうというわけですか」

「そういうことになるな」

「いや、クーロ様。それでは今回の作戦全体が失敗に終わるわけですか?」

「僕も並みの指揮官の攻撃であれば、今回の民衆たちによる情報網と、各拠点の兵を駆使して、敵にここを抜かせない防衛網を構築したつもりでいた。しかしさすがにミケルクスド國三将軍の軍勢にかかれば、その防御網は全く役に立たない。結果、敵軍に蹂躙されるに任せ、蛇の胴も食い破られるしかない、ということになるな」

「クーロ様、残念です。三将軍のモスタクバル将軍の軍がここに侵攻してくるなんて、何とも運の悪いことです」

「そうだ、僕は運が悪かった! ……なので、今回の件は僕の手には負えない……、と敵も思ってくれるであろう……」

「……」悔しそうに頭を下げていたフォルが、クーロの最後の言葉“……、と敵も思ってくれるであろう……”に引っ掛かり、ハッとして顔を上げる。

 顔を上げたフォルの瞳に、クーロのにこやかな笑顔が映っていた。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子。大官)

 ジャオチュウ(パインロの友人。クーロ隊の諜報部門を担う)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 フォル(クーロ隊の一員。ジャオチュウと天耳・天声スキルが出来る間柄)

 マデギリーク(クーロとツヴァンソの養父。大将軍)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ルーラ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。大官)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 アラウダ城(アラウダ地方の主城)

 アラウダ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 ヘリドニ城(ヘリドニ地方の主城)

 ヘリドニ地方(ソルトルムンク聖王国の一地方)

 マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)

 

(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)