六大将軍伝説

 

 

【224 第一次西部攻略戦(二十) ~三人目の三将軍~】

 

 

〔本編〕

 ミケルクスド國王都イーゲル・ファンタムに、再三再四の出撃要請が届く。リノチェロンテ城に籠っているバロン将軍からである。

 現在イーゲル・ファンタムにいるバロン十将のうち、筆頭将軍レオパルドゥスを始めとする四将に対する、バロン将軍からの出撃要請である。

 今、バロン将軍とその部下のフィール、ビルニーク、ハイタ、シールの四将は、全員リノチェロンテ城に籠っている。城には五千四百の兵も共に籠っているので、ヌイ、ツヴァンソ連合軍もリノチェロンテ城を簡単に落とすことは出来ない。

 しかし、逆を言えばバロンとその部下の四将全てがリノチェロンテ城に籠っているため、リノチェロンテ地方とそこに隣接しているピカバウ地方に今、主だったミケルクスド國の将軍が一人もいない。ヌイとツヴァンソの軍も先の戦いで一万八千から一万五千強まで兵数を減らしたが、本国から補充もあり、当初の一万八千まで回復している。

 

 さて、ヌイ、ツヴァンソ連合軍がリノチェロンテ城を囲んで三日後、ヌイ自身が率いる本軍六千のみをこのリノチェロンテ城籠城戦に残し、残りの一万二千は、ヌイの三将、プリソースカ、シュナーベル、メェーフとツヴァンソの四人に各々三千を率いさせ、リノチェロンテ地方とリノチェロンテ地方に隣接しているピカバウ地方の各拠点の攻略を始めさせた。

 四人とも三千人将ではあるが、既にそれぞれの実力並びに軍の力は、一万規模の将軍の軍勢と比して遜色ない。

 それら四将が怒涛の如く、リノチェロンテ、ピカバウの二地方の各拠点を攻略していく。この二地方には先述したとおり将軍クラスのミケルクスド國の指揮官はいないため、二地方における地方軍の総数は、四人の一万二千より多いかもしれないが、それをまとめられる者がいない以上、二地方における地方軍は各個攻略されていく。

 四人の三千人将は基本単独で各拠点の制圧に当たってはいるが、ヌイによる全体の戦略方針を理解しており、時に二人乃至(ないし)三人で共同して各拠点を落としていった。それは、直接二軍乃至三軍で一拠点を攻めることもあり、場合によっては一軍が他の拠点の牽制に回り、その間に主力となった別軍が拠点を落とすなど、四将の四軍は柔軟な軍運用を遂行し、効率よく二地方を攻略して回った。

 そして拠点を攻略するごとに各軍の兵力は増大し、兵力が増大してくれば、益々各拠点が攻略しやすくなる。そのようにして、ヌイとツヴァンソが婚約して三か月後の七月中旬には、リノチェロンテ、ピカバウ二地方の拠点の六割方が聖王国のものとなっていた。

 バロン将軍が、王都イーゲル・ファンタムに至急の援軍要請を再三再四出してから、一月(ひとつき)後のことである。

 

「陛下! さすがにこのまま放っておけば、王都にまで聖王国兵が攻め寄せて来るやもしれません! バロン将軍からの要請に従い、レオパルドゥス将軍らをリノチェロンテ地方へ派遣させるべきではないでしょうか?!」

 ミケルクスド國現宰相のマルダーが、ツァイトオラクル王にこう進言する。

「馬鹿な! 聖王国兵がここに攻め寄せて来るほどの緊急時であれば、余計、ここ王都から将や兵を派遣するわけにはいかないではないか!!」ツァイトオラクル王が顔を真っ赤にして、マルダーの進言を即座に却下する。

 マルダーがまだ王のお気に入りの家臣であるから、このぐらいで済んでいるが、他の者や例えば今は投獄されている前宰相セミケルンが同様の進言をしていたとすれば、その場で死罪を申し付けられるレベルの進言であった。

「バロンは何をしているのだ! 我が國最強の軍を持ちながら、若輩の敵将にいいようにあしらわれているとは……」

 ツァイトオラクル王は暗君でありながら、この発言には一理あった。しかし事態が、王の言うように三将軍の一人が敵新参将軍の後塵を拝している以上、次なる手を早急に打たねばならない。しかし新参将軍にいいようにやられているその一点のみに拘泥し、次へ思考が進めないのはやはり暗君と謂われても仕方のないことであった。

「バロン軍第一将レオパルドゥス将軍の派遣が難しいのであれば、せめて他の将の派遣を……」

「くどいぞ、マルダー! いくらお前の進言でも、それらの将を派遣した後、聖王国兵がここに攻め寄せたらどうするつもりなのだ!! ここに敵兵が今すぐ攻めてくると言ったのは、お前だぞ!」

 マルダーはツァイトオラクル王のこの言の葉を聞き、緊急性を強調する余り、自分で聖王国兵が今にも攻め寄せてくるような物言いをしてしまったのを、思いっきり悔いた。

「ガハッハッハッハッ」そのような緊迫した玉座の間に大笑(たいしょう)しながら入って来る一人の人物がいる。

「あっ、モスタクバル将軍!」マルダーが声する方を振り返り、そう叫ぶ。

 マルダーの言った通り、今この場に現れたのは、バロン、バッサートと共にミケルクスド國最高峰の将軍職三将軍の一人であるモスタクバル将軍その人であった。

 

「モスタクバル将軍。お呼びもしていないのに、何故この場にいらっしゃったのですか?」マルダーが、モスタクバル将軍にそう尋ねる。

 たとえ宰相であっても、ミケルクスド國三将軍には敬語で接する。そのぐらいミケルクスド國における三将軍の地位は絶対的なものであった。

「何を言う! お前の策を今進めなければいけないと考え、ここに来た!」

「……」

「何だ、マルダー。お前が三将軍全員に召集をかけて伝えた策ではないか。お前自身がそれを忘れてしまったのか? 北と南が膠着又は危機的状態に陥った時、東を攻め、全てをひっくり返すという大胆な策を……。まあ俺を含めて三将軍は一人として集まらず、代理の者だけが集まり、それらの者に伝えたと聞いてはいたが……。お前がその策を失念しているということは、本当はお前が考えたことではなかったということかな? ガハッハッハッハッ」

 そう言うと、モスタクバル将軍は二メートルを超える巨体を大きく揺らしながら、大声で笑った。

「いや、急に将軍が現れるからびっくりしただけです。その通りです。モスタクバル将軍のおっしゃる通り、ここは東からこの国難をひっくり返す時期であります。今、それを陛下にお諮(はか)りし、その後、将軍にお伝えするつもりでおりました」マルダーは、慌ててその場を取り繕った。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

《ソルトルムンク聖王国側》

 シュナーベル(ヌイ軍の司令官の一人。三千人将)

 ツヴァンソ(マデギリークの養女。クーロの妹。中官)

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 プリソースカ(ヌイ軍の司令官の一人。三千人将)

 メェーフ(ヌイ軍の司令官の一人。三千人将)

《ミケルクスド國側》

 シール(バロン十将の一人。“狂将”の異名を持つ老将)

 セミケルン(ミケルクスド國の元宰相)

 ツァイトオラクル王(ミケルクスド國現王)

 ハイタ(バロン十将の一人)

 バッサート(ミケルクスド國三将軍の一人)

 バロン(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ビルニーク(バロン十将の一人。“守備のビルニーク”の異名を持つ)

 フィール(バロン十将の一人。“万能のフィール”の異名を持つ)

 マルダー(ミケルクスド國の宰相。ツァイトオラクル王のお気に入りの家臣)

 モスタクバル(ミケルクスド國三将軍の一人)

 レオパルドゥス(バロン十将の一人)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)

 ピカバウ地方(ミケルクスド國領)

 リノチェロンテ城(リノチェロンテ地方の主城)

 リノチェロンテ地方(ミケルクスド國領)

 

(その他)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 三千人将(中官の別称)