六大将軍伝説

 

 

【217 第一次西部攻略戦(十三) ~暴れ熊退場~】

 

 

〔本編〕

 さて、味方中央軍の突然の危機に、オルソ、シールの二将も驚きを隠せなかったが、その場で左翼全軍による救援を二将共即断し、中央軍のいる方向へ全軍を転身させた。

 中央軍が崩壊すれば、いくら左翼軍が優位に勝ち進んだとしても意味を成さない。最悪の場合、敵にリノチェロンテ城まで迫られ、オルソ、シールの二軍はここ敵中に取り残されないとも限らない。

 たとえ、そこまでの事態に陥らないとしても、どのみち中央軍が敗れれば、ここでの戦いは負けである。

 オルソもシールも将としての判断で、中央への救援については即断できたが、残念ながら二将とも智将タイプの指揮官ではなかったため、左翼軍のうち、どの程度を救援に赴かせるとか、そういった細やかな軍運用は出来なかった。

 ……あるいは通常の戦いの中ででは出来るのかもしれないが、こういった緊急時にはそこまで細やかな配慮は気が付かないと思われる。

 その上、オルソ、シールの二軍編成にもかかわらず、他軍との連携や協調を図るといったことも念頭になく、二軍全軍による中央軍への救援という形をとってしまった。

 昨日の圧倒的な勝利並びに今日の敵の消極的な戦い方で、敵を大いに侮っていたこともその要因ではあった。

 それに中央と左翼の間が平原などであれば、この五千という救援軍は非常に頼もしいものであったと思われる。しかしながら、中央と左翼の間は非常に深く大規模な森が広がっており、兵が移動できる通路は狭く、かつ数本程度であった。

 そのため、左翼軍は森の入り口付近で渋滞を起してしまい、それを回避するように森の中の道から外れ、木々が鬱蒼(うっそう)と生い茂る森の只中に迷い込み、中にはそのまま進軍方向すら見失ってしまう隊まで存在するようになった。

 さらにオルソ、シールの二将も軍の先頭に移動したため、軍の後続には、軍をまとめられるような人物が全く居なくなってしまったのである。

 そのような状況の敵を前にして、プリソースカとメェーフの二軍が手をこまねいているはずがなかった。

 昨日はオルソ、シールの二軍にコテンパンに負かされおり、今日はその反動で完全なる防御戦に徹していたため、被害は最小限で、昨日のように二軍で二千という大損害ではなく、それぞれの軍が数百程度の損害であった。

 さらにオルソ軍もシール軍も両軍とも将が先頭で中央軍の救援に向かっていったため、指揮官が後続部隊におらず、さらに救援のためとはいえ、目の前にいる敵軍に大部分の兵が敵に背を向ける状況になっていたのであった。

 攻めは強いが、守りにおいて一気に脆弱さが露呈してしまうタイプの将と軍であった。

 辛うじて後続にいる隊長クラスの指揮官が独自の判断で、プリソースカとメェーフの二軍に対する備えとして、それぞれ五百程度の急ごしらえで殿部隊をかき集めたが、そのようなものは焼け石に水程度の効果すら持たなかった。

 プリソースカ軍並びにメェーフ軍は、将を先頭に押し立て、それぞれの五百の殿部隊に攻めかかり、ものの数分程度でそれらを蹴散らしたのであった。

 続いてヌイ軍の右翼二軍は、敵左翼軍の背中に攻めかかり、昨日の大敗の対する意趣返しを大いに果たしたのであった。

 そのような状況を全く知らず、森の中に続く一番広い道を、オルソ将軍は先頭で駆けている。その行く先には味方の中央軍を圧倒している敵軍がいるわけであるが、その道を逆にこちらに向かってくるヌイの存在に、オルソは全く気付いていなかったのであった。

 

「オルソ将軍! こちらに向かって来る騎兵です! あっ!! 敵のようです!!」オルソ将軍のすぐ真後ろの部下が、将軍へそう伝えた。

「フッ! 敵もこちらに気付いたようだな! ……しかし、あのような小勢! 一気に蹴散らしてくれる!!」

 オルソ将軍はそう言うや、さらにホースの速度を上げ、大声を上げながら駆けた。その声や、本当に熊が咆哮しているのではないかと思うほど、周りの木々の葉を大いに揺らし、後ろを続いている味方の兵すら恐怖に慄(おのの)くほどであった。

 味方すらそうなのであるから、こちらに向かっている敵兵などは肝が吹き飛び、道から逸(そ)れるか、そのまま気が遠のき、ホースから転げ落ちるのでは思われたが、案に相違し全く動じることなく、オルソ将軍に向かってきた。

 その騎士は真紅の兜を被り、巨大な大矛を右手に携(たずさ)えていた。

 騎士はヌイであった。オルソも、敵騎士が全く自分の咆哮に動じていないのを見て取り、尋常の敵ではないことを瞬時に悟る。

「オルソ様! あれは、ヌイではありませんか?! 敵の総大将ヌイ……」部下に言われるまでもなくオルソも、そう感じた。

「フッ! 勢いだけの新参将軍だな! 一撃で屠ってやる!!」オルソは巨大な矛を振り上げた。

 オルソ将軍は二メートルの上背に二百キログラムの巨漢。そして熊のような太い腕から繰り出される驚異的な膂力(りょりょく)。さらにその巨漢に似合わない素早い動きに、技巧にも卓越している。

 並みの戦士が相手であれば、オルソは一撃かまたは二撃でその者を討ち取ることが出来る。プリソースカを以てして十合刃を合わせ、オルソに討ち取られずにすむのが精一杯であった。

 しかしながら、膂力ならオルソの方に分があるかもしれないが、速さと技量においてはヌイの方が上であった。

 さらに若干とはいえ、森の道が傾いており、オルソ側が上(のぼ)りでヌイ側が下(くだ)りであった。したがって、オルソもヌイも共に騎馬を全速力で駆けさせたが、ヌイの騎馬の方が下りのために、どんどん加速していく。オルソがその極めて緩やかな道の傾斜に気付くのは、ヌイに相対(あいたい)し、騎馬を全力で駆けさせた時であった。自らの騎馬の速度が思ったように上がっていかないからである。

 それでも、オルソはヌイを侮っていたため、大矛を上段に大きく振り上げた。

 それに対し、ヌイは矛を右脇に抱えたままである。その上ヌイの騎馬の加速度が、オルソの目算を上回る。

 オルソはそれに気付き、慌てて全力で得物の大矛をヌイの頭上目がけて振り下ろしたが、それに先んじてヌイの矛がオルソの腹部目がけて薙ぎ払われた。

 オルソも巨漢に似合わず、上半身を引き、ヌイの腹部への攻撃を回避しようとした。その時にやっと、オルソの大矛が上段から凄まじい速度で落ちてきた。

 その攻撃がヌイの頭上に命中すればヌイは、兜と頭は砕かれ、それだけでなくそのまま彼の身体すら真っ二つにされかねない破壊力の一撃といえた。

 しかしヌイは体を捻り、その一撃を紙一重で躱し、その瞬間オルソの腹部を狙ったヌイの大矛が急角度で方向を変え、オルソの右手首を電光石火の速さで切り落とした。ヌイは最初からオルソの右手首を狙っていたのであった。

 ヌイはそのままオルソの騎馬とすれ違い、そのままオルソ軍の後続兵に攻めかかる。

 そしてヌイに後続していた精鋭兵は、投げ槍と矢の関節攻撃でオルソの騎馬を仕留めた。オルソはそのまま騎馬から投げ出されたのであった。

 右手首を失い、さらに落馬したオルソは、落馬した際、自らの身体の重さでろっ骨が数本砕かれた。

 満身創痍のオルソに、もはや“暴れ熊”という異名の脅威は既に無くなっていた。

 しばらくは左手一本で、重過ぎる大矛を振り回し数人の敵騎兵を討ち取ってはいたが、ついに四方をヌイの精鋭騎兵に囲まれ、十数本の槍を身体に受け、倒れたところに容赦なく馬の蹄が踏みつける。

 結局、オルソは身体中、槍傷と馬蹄の跡だらけで絶命する。

 オルソの軍は頼りの指揮官を討たれたことに、そのまま瓦解した。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

《ソルトルムンク聖王国側》

 ヌイ(クーロ、ツヴァンソと同世代の指揮官。将軍)

 プリソースカ(ヌイ軍の司令官)

 メェーフ(ヌイ軍の司令官)

《ミケルクスド國側》

 オルソ(バロン十将の一人。“暴れ熊”の異名を持つ猛将)

 シール(バロン十将の一人。“狂将”の異名を持つ老将)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 リノチェロンテ城(リノチェロンテ地方の主城)

 リノチェロンテ地方(ミケルクスド國領)