六大将軍伝説

 

 

【148 バラグリンドル攻防戦(十七) ~魔兵の理論~】

 

 

〔本編〕

 敵方の巨大投石車の登場により、バラグリンドル城籠城軍は、敵が城壁に梯子をかけ、城壁の上に登って来るまでは一切攻撃を仕掛けなかった。飛兵に関しても、城壁の上空に到達するまで攻撃を控えた。みるみる城壁の上に敵の地上兵が集結する。

「今だ! 攻めかかれ!!」

 五十人程度の敵兵が城壁に辿り着いた頃合いを見計らい、籠城軍は重装備の槍兵を前面に立て、敵に攻撃を仕掛ける。

 城壁の上に辿り着いたミケルクスド兵もそれに応じるが、重装備の槍兵が並ぶ槍衾に前進を阻まれ、その後方から弓兵が攻城兵に矢を射かける。

 攻城兵も前面に槍兵や剣兵を押し出し、籠城側の槍兵と切り結びつつ、弓兵で後方から矢を射かける。攻城兵は地上兵だけでなく、飛兵も城壁での戦いに加わらせるが、それでも城壁の上の攻城兵は飛兵を含め百程度に対して、籠城兵は倍の二百は出撃させ、そのうちの半数に当たる百が弓兵であるので、攻城兵が籠城兵に比して三倍から四倍の被害を出してしまう。

 さらに、城壁の上での攻防戦は巨大投石車一台のみが南側に配置されているため、残りの三方は、相変わらず城壁に梯子すらかけられない状況であった。

 南側のみは城壁の上まで兵が到達できる状況なので、南に攻城兵を多く投入したが、そもそも城壁に辿り着いた兵が、そこで倍の数の籠城兵と戦うため、思うように城壁の上に兵が送り込めない。

 結局、梯子で待機を余儀なくされる地上兵が出てくる有様なので、城壁の兵が減った隙間に上がる形しかなく、城壁の上の攻城兵は一向に増えることなく、攻城側からすれば割の合わない消耗戦に続けるしかなかった。

 しかし当然ながら、味方がいる城壁の上に岩を投げるわけにもいかず、パインロが言ったように、城壁に敵を上げた方が上げない時より、籠城側にとって、はるかに効率の良い戦いとなっているのであった。

 

 それでも攻城側のバッサート将軍は焦ることなく、その戦い方を継続した。

 兵の被害度から言えば、明らかに攻城側の方が大きい。それでも、バッサート軍は自国の理を生かし、兵を無尽蔵に近い状態で集めることが出来る。

 また、巨大投石車で城壁の上は狙えないが、代わりに梯子がかかっていない箇所の城の南城壁の下部分を投石のターゲットとした。

 城壁はかなり頑丈なため、大岩がぶつかった衝撃すらあまり感じさせないほどであったが、それでも無傷とはいかない。

 つまり、バッサート将軍は籠城兵の消耗を狙いつつ、一方では絶え間ない大岩の投石攻撃で、城壁自体を破壊しようとしているのであった。

 一月(ひとつき)二月(ふたつき)であれば、大岩の投石攻撃でも、城壁を崩すほどの成果は得られない。

 しかし、一年以上この投石攻撃をし続ければ、さしもの頑丈な城壁も崩壊させることが可能であると……。

 つまり、クーロ軍は巨大投石車の抜本的な無効化を図らない限り、兵糧が尽きる前に城の南壁が崩落してしまうのであった。

 バッサート軍のこの攻撃が続いて三日後、その夜半にクーロはパインロと今後の対策について語り合った。

 パインロは、その話し合いの場に直(じき)弟子であったズグラと、魔兵のファーモを同席させていた。

「パインロ先生! 南城壁での戦いは、こちらの方が分の良い戦いを展開できてはおります。しかし、投石車をあのまま放っておけば、いずれ南城壁が崩れ、そこから敵が侵入できるようになってしまいます! 今日が先生のおっしゃっておりました三日目に当たります! 先生の妙案を是非お聞かせください!」

「クーロ様! あなたも既にその手は分かっていると思いますが……。端的に言ってしまえば、矢で投石車を破壊するという手以外にはございません!」

「はい! 先生にご指摘されるまでもなく、私もその手以外にはないと思っております。ただ、その具体的な手段が私には思いつかずにおります!」

「クーロ様に隠すことではありませんので、その手を披歴(ひれき)いたしますと、投石車までの距離の問題を解決する以外、手はございません!」

 パインロはそう言うと、馬皮紙を取り出した。

「敵投石車までの距離! 五百メートル!」そう呟いたパインロは馬皮紙に『五百』と記す。

「それに対し、私の矢の最大距離は……」パインロは紙に『三百』と書いた。

 そこにいる誰もがパインロの矢の最大距離が“三百メートル”と、記載された数字から読み取った。

「ズグラ! お前は?」

「二百五十メートルです!」ズグラの言葉に頷いたパインロが紙に『二百五十』と記した。

 

「次にファーモ!」パインロは魔兵のファーモに尋ねる。

「お前の理屈によると、矢の距離はどのくらいになる?」

「私の見立てでは、二倍は距離が延びるかと……」パインロは、ファーモの言葉から『二』の数字を記す。

 続けて、『六百』『五百』という数字も記した。

「ファーモによると、私とズグラの矢の最大距離はここに記した通り“六百メートル”と“五百メートル”。つまりファーモの理屈に基づけば、私は当然のこと、ズグラも投石車までの五百メートルの距離を、矢で届くということになります!」

「……」クーロはパインロの次の言葉を待っていた。

「ファーモ! お前の理屈をクーロ様に説明しなさい」

 パインロに促され、ファーモがクーロに説明する。

「矢のお尻に火をつけます!」

「お尻に火?」

「射られる矢のお尻……つまり矢筈(やはず)に火薬を仕込み、その矢が射られる時、魔兵の火球の術を矢筈にぶつけます! これで、射られた矢は矢筈の火薬の爆発で約二倍の距離を飛ぶことが可能です! さらに、火薬の爆発で矢のスピードも倍速し、敵からすればあり得ない距離から高速で矢が飛んでくるので、回避することは皆無でありましょう!」

「……成程!」クーロが呟く。

「確かに理屈の上では可能であることが理解できた! しかし、それは実現可能なことなのでしょうか?」

 クーロの疑問は尤もなものであった。

「ファーモの理屈に尽きましては、私とズグラが実現させます! しばらく、その修練のため籠城戦から我々は外れます! ファーモ! お前も魔兵集団から熟練の魔兵を厳選し、私とズグラの修練に付き合わせるよう……」

 パインロは、クーロにそう願い出た。

「パインロ先生! よろしくお願いいたします。確かに、それが可能なのは先生とズグラしかおりません! ……ただ、修練にどのくらいの期間を要しますか?」

「十日程度で完璧にいたします! ただ、十日間は我々の修練期間ということだけでなく、敵方も新たな動きを仕掛けてくるぐらいの日数になります。その間、我ら抜きで籠城戦を耐えて下さい! お願いいたします!」

 パインロの言葉に、クーロは大きく頷いた。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 ズグラ(パインロの直弟子、クーロ隊の一員)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 バッサート(ミケルクスド國三将軍の一人)

 ファーモ(クーロ隊の一員。魔兵)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 バラグリンドル城(バラグリンドル地方の主城)

 

(その他)

 投石車(巨大な岩石を主に飛ばす攻城用の車)