六大将軍伝説

 

 

【147 バラグリンドル攻防戦(十六) ~巨大投石車~】

 

 

〔本編〕

 一月(ひとつき)以上経過した同暦六月九日。バッサート将軍がバラグリンドル城を囲んで二月(ふたつき)余り過ぎたころ、将軍がかねてより依頼していた巨大な攻城戦用の車両が届く。投石車であった。

 小高い丘の上に建っているバラグリンドル城の攻略に、城壁に直接取りつく高車や、城壁に激突して城壁を破壊する突車は意味を成さない。

 バラグリンドル城のような城に唯一効果的なのが投車――それも大岩を投げることが出来る投石車であった。

 元々、モノを放り投げる装置は、ヴェルト大陸にあっても百年ぐらい前には開発されてはいたが、あまり大規模な装置ではなかったので、せいぜい敵軍の只中に大き目の石を投げ込むぐらいの奇襲的な意味合いを持つ程度の装置であった。

 しかしそのような装置にバッサート将軍は、攻城戦用として改良を加え、石よりさらに重量のある岩を投げられる、それも従来の距離の三倍以上を飛ばすことが出来る装置を完成させた。

 そのバッサート将軍が設計したと言われる投石車についての詳しい史料はまだ見つかってはいないが、それでも少なくとも三百キログラムの重量の岩を五百メートルの距離から飛ばせる投石車であったろうと言われている。

 この投石車の出現は、バラグリンドル城籠城軍に大きなプレッシャーを与えた。

 城外五百メートルの距離は、城内に籠っている聖王国兵には絶対に手の届かない距離である。通常の弓兵が射る矢の距離が四十から五十メートル。

 ヴェルトの民であれば、現在のその常識の倍の距離である百メートルに近い距離を射れるかもしれない。そして上位弓兵であれば、さらに倍の距離まで射れるかもしれないが、それが限界であろう。

 そのように弓兵では絶対に届かない距離から三百キログラムという巨大な岩がバラグリンドル城に向かって投げられる。

 さすがにその岩一つで、バラグリンドル城の城壁が破壊されることはないが、それでもある程度は城壁に損傷は与えられる。

 それをひたすら繰り返されれば、さしものバラグリンドル城の城壁もただでは済まない。

 なにより飛んでくる岩を何とかできる術を籠城軍が全く持っていないのが、長い籠城戦においては致命的であると言える。

 バッサート将軍は初期の兵で城を取り囲む戦法から、大量の飛兵を送り込み一気に勝負をつけようという戦法に、そして三度(みたび)の、徐々に城を文字通り削りつつ、一方で城の兵糧が尽きるのを待つ、力攻めと籠城攻めの両方を兼ねる中長期戦の戦法に変更したのであった。

 クーロにとってここまで強大な敵と、それも単独で相対するのは初めてであった。

 

 そして、バッサート将軍のバラグリンドル城攻城戦は、この投石車に全て委ねているわけではなかった。

 二千のうち千五百失った飛兵についても、本国からの補充によって、二千とは言わなくても千にまで飛兵の数を戻してきた。兵数も一万人規模となり、投石車と並行して飛兵部隊並びに地上部隊も動かしてきた。

「クーロ様! 敵は先ず弓兵の数を優先して減らす戦法に出て参りました!」

 クーロが家臣からこの報告を受けた時、バッサートというミケルクスド三将軍の一人の尋常ではない恐ろしさに戦慄を覚えたが、それを皆の前で顔に出すようなクーロではなかった。

 家臣の報告が続く。

「丘を登ってくる敵地上兵を矢で仕留めた味方の弓兵が、敵飛兵の襲撃を受け、命を落としました! そしてその襲撃してきた飛兵を射落とした別の弓兵が、今度は地上に潜んでいた敵弓兵の矢によって倒されました! こちらの弓兵を優先的に削っている意図が敵側にありありと見てとれます!」

「クーロ様! 敵はこちらの弓兵を一人倒すのに、攻城側の兵一人から二人の犠牲は厭わない戦法を仕掛けている。兵数の上では攻城側がどれだけ多く犠牲を出そうが、いくらでも自国領であるため補充が出来るのに対し、こちらの兵数は有限であるため、その戦法に付き合っていると、どんどん敵の術中に嵌まっていってしまいます。さすがは、ミケルクスドのバッサート将軍と言ったところでしょうか!」

 クーロの横にいたクーロの師パインロはそう呟いていた。

 

「パインロ先生! 何か有効な手立てはございますか?」

 クーロがパインロにそう尋ねる。

「あの巨大な投石車が厄介ですね! あれのせいでこちらは弓兵を城壁にまとまって配置できません! まとめて配置してしまうと、敵はそこを投石車で狙い、結果こちらの弓兵が、飛んでくる岩石によって多数潰されてしまう! だからといって、少人数で臨めば、敵の飛兵や地上の弓兵との相殺となり、数で劣るこちらの戦況が日を追うごとに深刻になってくる。ここは不本意ではありますが、当面、地上兵や飛兵が城壁の上に取り付くのを待ち、その上での反撃をするのがよろしいかと……」

「パインロ先生! それも結局は消耗戦の様相を呈しているかとは思いますが……」

「クーロ様のおっしゃる通りですが、とりあえずは味方の攻城兵がいる場所に敵も岩は飛ばさないでしょう。そうやって投石の一手を封じれば、城壁の上ではこちらが多数! 槍兵で槍衾(やりぶすま)の防御陣形を構築し、その後ろから弓兵による攻撃を仕掛ければ、いくらか効率よく敵を屠れると思います。むろん、敵の撤退には最大限の注意を払い、敵の撤退後の投石攻撃を食らわないよう気を付けましょう!」

「当面はそれで凌ぐとして、根本的な投石車の破壊乃至(ないし)、無力化を考えないと……」

「クーロ様! それにつきましては、私に任せていただけないでしょうか? 三日以内に投石車についての対抗策を講じてみせましょう!」

 パインロのこの頼もしい言葉に、クーロは大きく頷いた。

 

 

 

〔参考 用語集〕

(人名)

 クーロ(マデギリークの養子)

 パインロ(クーロの弓の師であり、クーロの隊の一員)

 バッサート(ミケルクスド國三将軍の一人)

 

(国名)

 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)

 ソルトルムンク聖王国(ヴェルト八國の一つ。大陸中央部に位置する)

 ミケルクスド國(ヴェルト八國の一つ。西の国)

 

(地名)

 バラグリンドル城(バラグリンドル地方の主城)

 

(その他)

 高車(消防車のはしごのように長くのびて城壁などの上に兵を取り付かせるための車)

 三将軍(ミケルクスド國で最も優れた三人の大将軍のこと)

 投車(巨大な岩石や大量の矢を、超長距離に飛ばすことが出来る車輪がついた装置)

 投石車(巨大な岩石を主に飛ばす攻城用の車)

 突車(巨大な岩石や木を対象物に激突される攻城用の車)