チョットした訳があり、質量分析の伝統的なイオン化である電子イオン化について書いてみます。
電子イオン化(electron ionization, EI)は、多数ある質量分析のイオン化の中で、ある意味最も汎用的なイオン化と言えます。
ある意味とはどういうことか?
EIでは、通常70 eVのエネルギーを気化させた試料分子に照射してイオンをつくります。
有機化合物の多くは、10 eV前後のイオン化ポテンシャル(イオン化させるのに必要なエネルギー)をもっています。
イオン化ポテンシャルより大過剰なエネルギーの電子線を照射することになります。
電子線を照射された分子は内部エネルギーが上がって励起状態となり、マイナスの電荷をもつ)電子を1つ失って、プラスのイオンになります。
1度の測定でイオン源に導入される試料分子の数は、10の8乗~12乗個ほどです。70 eVという一律エネルギーの電子線を照射しても、分子によって受け取るエネルギーの大きさは異なります。ある分子は、イオン化するのに丁度よいエネルギーを受け取って励起状態になり、電子を1つ失って安定した正イオンになります。これは分子の構造を保っており、分子イオンと呼ばれます。分子イオンのm/z値に電子の質量を足した値が、元の分子の質量になります。
一方、イオン化ポテンシャルに対して大過剰のエネルギーを受け取って励起状態になった分子は、電子を1つ失っただけでは内部エネルギーが小さい安定な状態にならず、余剰のエネルギーが分子イオン内の様々な結合を振動させることに使われ、結合エネルギーの弱い結合が開裂して断片化したイオンが生成します。この断片化イオンをフラグメントイオンと呼びます。
どの程度の割合の分子が分子イオンになるのかフラグメントイオンになるのか?
それは化合物の性質に大きく依存します。
分子内に非常に弱い結合をもつ化合物では、分子イオンが全く観測されず、フラグメントイオンのみが観測される場合もあります。
また、気化させるための加熱のプロセスにおいて、熱分解を起こして断片化してしまう化合物もあります。高分子化合物などは、その典型的な例です。
例えば、高分子化合物を直接導入プローブによって加熱してEIでマススペクトルを測定しようとすると、元の高分子化合物がそのまま気化することはなく、熱分解して断片化した化学種が気体状態になってEIでイオン化されます。イオン化の際にも、熱分解によって断片化した構造を保ったままプラスイオンになるとは限らず、イオン化の段階でさらに断片化したイオンになることもあります。
このように、分子内に弱い結合をもつ化合物や、加熱によってそのままの構造を保ったまま気化しない化合物については、元々の分子の質量情報を得ることはできません。
質量分析本来の目的(化合物の質量情報を得る)は叶いませんが、試料を加熱して何等かの気体が発生すれば、EIでは何等かのイオンは観測される。観たいイオンが見られるとは限りませんが、どんな試料でも無理やり加熱してEIでイオン化すれば、何らかのイオンは必ず観測されます。それが意味あるイオンかどうかは別として。
このように、
”どんな試料でも測定すれば何等かのイオンは観測される”
この意味において、
¨電子イオン化(EI)はある意味汎用的なイオン化である¨
と言える訳です。