検察官「今日は求刑できません」 珍しすぎる求刑延期のウラ側 | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

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「私には決められないから、求刑できません」。東京都内で車上荒らしをしたとして常習累犯窃盗罪に問われた男の刑事裁判で、検察官が求刑せず、結審が延期される異例の「事件」が起きた。取材を進めると、検察組織の「縦割り」の弊害が影響した可能性がのぞいた。【東京社会部・蒔田備憲】

 ◇求刑が書かれていない

 東京地裁の公判で男の弁護人を務めた山本理子弁護士(東京弁護士会)によると、「事件」が起きたのは2016年11月。被告の男は60代で、都内で駐車されていた無施錠の自動車内から財布などを盗んだとして起訴されていた。男は起訴内容を認めており、初公判で結審する予定だった。

 初公判当日。開廷後、検察官の起訴状朗読、冒頭陳述、被告人質問と、手続きは淡々と進んだ。そして、検察官は論告要旨のペーパーを山本弁護士に手渡した。A4判で2枚。山本弁護士は2枚目を見て、違和感を持った。「求刑が書いていない……。印刷をし忘れたのかな?」

 ◇戸惑う裁判官

 男性検察官による論告朗読が始まった。しかし、2枚目にさしかかった時、異変が起こった。検察官は朗読をやめ、40代の上司と思われる女性検察官と打ち合わせを始めたのだ。その後、女性検察官が立ち上がり、裁判官にこう告げた。「今日は求刑できません」

 裁判官は戸惑い、「30分、40分休廷すれば、(求刑)できますか」と問いかける。しかし、検察側は「求刑を決めるのは自分ではなく、捜査検事が決める。私は決められないので、今日は求刑できません」と述べ、求刑の延期を求めた。裁判官は「いいかげんではないですか」と顔をしかめたが、検察側の意向は変わらなかった。結局公判は、このまま中断。山本弁護士は準備した最終弁論を読み上げることもできず、結審は延期された。

 ◇改めて「懲役3年6月を求刑」

 数日後に改めて開かれた公判。検察側は改めて論告をやり直し、懲役3年6月を求刑した。同年12月、東京地裁は男に懲役3年の実刑判決を言い渡し、その後、確定した。

 「事件」を耳にした元検事の弁護士は「聞いたことがない。恥ずかしいことだ」と驚く。取材を進めると、東京地検では、捜査を担当する「捜査検事」と、公判に立ち会う「公判検事」に分かれ、求刑は、起訴を決めた捜査検事が行っていることが多いという。もちろん、公判開始後の事情を踏まえ、公判検事が求刑を変えることもあるらしい。元検事の弁護士は「たとえそう(捜査検事が求刑を決める)だとしても、公判検事が求刑内容を知らないまま、公判に臨むことがあり得るのか。事前に論告要旨に目を通していなかったのか」と首をかしげる。

 ◇「追起訴中止」が原因?

 この公判は、少し特殊な事情があったようだ。公判開始前、検察側は裁判官や山本弁護士に「男を追起訴する見込みだ」と伝えており、初公判では結審しない予定だった。しかし、その後、検察側が「追起訴がなくなったから初公判で結審したい」と要請してきたため、初公判で結審する方向になった。公判日程が急に変更したことから、捜査検事と公判検事が調整を怠った可能性がある。しかし、山本弁護士は「そもそも、検察の都合でスケジュールを変更したのに、やるべき準備をしてこなかったのは不誠実」と指摘する。求刑延期の直後に面会した被告の男も「あんなことあるんですね」との感想を漏らしていたという。

 今も山本弁護士は憤りを忘れていない。「判決は、検察官の求刑を基準に下される。求刑は被告の人生を決める、検察官にしか認められていない重要な役割。あまりに無責任だった」

 この公判の経緯について、東京地検は「事実関係が分からないのでコメントできません」としている。



<まきた・まさのり 1982年神奈川県湯河原町生まれ。2005年毎日新聞社入社。大津支局、富山支局、佐賀支局、水戸支局を経て、現在は東京社会部。個人的に関心を持って取り組んでいるテーマは、障害や難病と生活との関わりについて。著書に「難病カルテ 患者たちのいま」(生活書院、2014年2月)。毎日新聞佐賀県版で1年9カ月連載した内容を加筆・修正して刊行した>