「快楽主義」でダイエット | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

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 連載第10回でも紹介したが、私の友人に、塩谷賢というフリーランスの哲学者がいる(写真1)。時間論を研究していて、いつも何やら難しいことを言っている。

 18歳の時に、東京大学の駒場キャンパスで出会った。私たちが入学したのは、理科Ⅰ類。主に理学部や工学部に進む学生たちの集まりである。

 理系オタクの集まりである理科Ⅰ類の中でも、全学で10人くらしかとらない「超オタッキー」な選択授業をとると、なぜかそこに塩谷賢がいた。


 「佐藤の超関数論」、

 「ランダウ=リフシッツの場の古典論」、

 「形式論理学と無限集合論」。

 そんな、「趣味の数学」的な教室に行くと、なぜか学生服を着て、クマのような外見の塩谷がいたのである。


学友とB級グルメを食べ歩き

 塩谷は、身長がだいたい180センチくらい。171センチの私よりもかなり高かった。その塩谷が、私と一緒に駒場キャンパスを歩いている間に、どんどん太り始めた。

 今、塩谷の体重は120キロくらい。よく、「0.12トンだな」と言ってからかう。しかし、最初に出会った時には、だいたい70キロくらいだったというのだから、不思議な気がする。

 お前は太っている、と塩谷をからかうと、「最近は君のお腹なかもすごいぞ」と言われる。確かにそうなのである。だからこそ、こうして、連載でダイエットに取り組んでいるのである。


「空腹は最高のソース」僕を太らせたのは…

 塩谷は私にいろいろなことを教えてくれた。食べ歩きの楽しみを教えてくれたのも、塩谷である。


 「あそこのトンカツはうまい」

 「うなぎを食べに行こう」

 「あの店のラーメンは、わざわざ行く価値がある」と言われて、一緒についていった。学生だったし、お金もなかったから、いわゆる「B級グルメ」が中心であったが、塩谷と東京の街をぶらぶらと歩いて、いろいろなものを食べた。

 塩谷には、お気に入りの本もたくさん教えてもらったが、その中でも私が好きになったのは、夏目漱石の弟子、内田百閒ひゃっけんの随筆である。

 内田百閒は食いしん坊で、とにかくごちそうをおいしく食べ、お酒を楽しみたいといつも考えていた。そのために、空腹の時間をつくる、というのが百閒の流儀であった。

 夕飯にごちそうを食べる、となると、それまでがまんして何も口にしない。お酒をうまく飲むということに、すべての情熱を注ぐ。そんな百閒の生き方に、私も、知らずしらずのうちに、影響を受けたのだろう。

 ダイエットといっても、やはり、ご飯をおいしく食べるということにつなげたい。

 空腹は、最高のソースだとも言う。内田百閒が言うように、お腹が空すいていれば、食べるものはうまいはずである。

 つまり、ダイエットで、体重を減らすために食べるものをがまんするということは、それだけ、口にするものをおいしく感じるということでもある。

 内田百閒は、食べ物を節約しようとして、晩酌までの間は食べるのを我慢していたわけではない。あくまでも、お酒をおいしく飲む、ごちそうを味わって食べるために、その前に空腹になる時間をつくっていたのである。

 そこで、私も考えた。これから体重を減らそうとしているが、そのプロセスが、ただ単につらいだけではつまらない。むしろ、空腹でご飯を食べることで、一つひとつの食事が、より味わい深く、楽しいものになるようにしたい。

 つまり、ダイエットは、がまんするのではなくて、より深い「快楽主義」なのである。痩せるために、食べる楽しみを諦めるというのは本末転倒だ。むしろ、より、食べることの楽しみを高め、追求するためにこそ、食べるのを我慢し、空腹に耐えるという時間があるというかたちにしたい。


空腹とおいしさの関係

 そこで、基礎データとして、どれくらい空腹を感じている時に、どれくらいおいしく感じるかという「調査」を行うことにした。

 生活する中で、どれくらいお腹が空いた時に食事をすると、どの程度「おいしい」と感じることができるのか。

 つまり、空腹という「ソース」が、いかに食事をおいしくするか、ということを追求したいのである。



写真2

 食事を始める時の「空腹度」を例によって0から4の5段階でモニターする。(「0」=満腹、「1」=ほぼ満腹、「2」=そろそろお腹が空き始めた、「3」=お腹が空いた、「4」=最大限に、お腹が空いた)。

 一方、その際口にした食事の「最初の一口」のおいしさを、やはり0から4の5段階でモニターする。(「0」=普通、「1」=ややおいしい、「2」=おいしい、「3」=とてもおいしい、「4」=最大限に、おいしい)。

 この関係を示したのが、写真2である。このように、空腹であればあるほど、実際に、最初の一口をおいしいと感じていることがわかる。おいしさのデータにばらつきがあるのは、その時々で食べている料理が違うからであるが、それにしても、お腹が空いていればいるほど、食べるものもおいしいという事実は、疑いがない!

 お腹を空かした方が、「おいしさ」という食事の喜びは増す。脳科学を活いかしたダイエットの方法論が、どうやら見えてきた。

 私の出っ腹よ、飛んでいけ!



茂木 健一郎(もぎ けんいちろう)

脳科学者、ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。1962年、東京生まれ。東大大学院理学系研究科物理学専攻博士課程修了。クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに脳と心を研究。最先端の科学知識をテレビや講演活動でわかりやすく解説している。主な著書に「脳の中の人生」(中公新書ラクレ)、「脳とクオリア」(日経サイエンス社)、「脳内現象」(NHK出版)、「ひらめき脳」(新潮社)など。