これって効きますか?《7》 プラセボ効果の不思議 | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

変なニュース面白いニュース、野球、サイエンス、暇つぶし雑学などなど

http://apital.asahi.com/article/kiku/2013011600003.html

プラセボの日本語訳は「偽薬(ぎやく)」です。
一般的には「ニセ薬」といわれることもあります。
前回のコラムで紹介したプラセボ効果について、今回は、さらに詳しく解説をしたいと思います。
プラセボは、英語でplaceboと書きます。
もともとはラテン語の「喜ばせる」という意味の単語で、英語での「please(プリーズ)」に相当します。
ですから、もともとは「ニセ」という意味ではなく、患者の病気を直接治す働きを持っているわけではないが、「患者を喜ばせるための薬」という意味で使われていました。
ところが、その後、プラセボという言葉は、本来の「喜ばせる」という意味から転じて、「お世辞、追従者、ご機嫌取り」などの意味も持ち始めました。
そのため、本当は効果がないのに患者を騙すための「ニセの薬」という意味になり、詐欺のような薬というネガティブな印象をお持ちの方もいるかもしれません。
では、そのプラセボ、いったいどれくらいの割合で効果が認められるのでしょうか?
プラセボ効果が世に広く知られるようになるきっかけとなった論文によると、過去に発表された研究報告を調べた結果、食塩水を注射されたり、乳糖を服用させられたり、いわゆるプラセボを投与されることによって、35%の患者の症状が改善したとされています。
その症状は、広範囲に及び、手術後の痛みや頭痛、咳、感冒症状などで、その改善の率はおよそ3人に1人でほぼ一定していたというのです。
このプラセボ、効果が認められる一方で、なぜか眠気、疲労感、頭痛、吐き気、便秘、めまい等の副作用も発生するという報告もあります。
ちなみに、プラセボによって望まない副作用があらわれることを、ノセボ効果(反偽薬効果)と言います。
そうなるとプラセボの作用メカニズムが気になるところです。
単なる錯覚なのでしょうか?
プラセボ効果のメカニズム解明につながる興味深い論文を紹介したいと思います。
研究の主な結果は以下のとおりです。
腕に電気刺激による痛みを与えたところ、痛み止めだと言ってプラセボの塗り薬を塗ると痛みが軽減した。
プラセボがどのように効いているのか、functional magnetic resonance imaging(fMRI)という装置を用いて脳や脊髄の活動を調べたところ、延髄の下行性疼痛抑制系という痛みが伝わるのをブロックする仕組みが活性化していることが明らかとなった。
さらに、次の実験ステップとして、ナロキソンというモルヒネの作用をブロックする薬を投与したところ、プラセボの塗り薬によるプラセボ効果は減弱してしまった。
一つ目の実験結果は、いわゆるプラセボ効果を実証したことになります。
二つ目の実験結果から、プラセボ効果が錯覚ではなく、物理的・神経的にも痛みがブロックされていることを意味しています。
そして興味深いことに、このプラセボ効果の効き方は、モルヒネの鎮痛作用の効き方と同じ仕組みだったという点があります。つまり、モルヒネを飲んでいないのにモルヒネを飲んだかのような反応が脳に起こったということになります。
さらに三つ目の実験結果から、ナロキソンという単なる化学物質で、プラセボ効果が消えてしまうという摩訶不思議な現象が確認されました。しかも、現象として確認されただけでなく、fMRIでプラセボ効果を打ち消すような反応が神経学的にも確認されたのです。
こうなると、どこまでが物質世界で、どこからが精神世界なのか分からなくなります。
健康食品や美容器具によるプラセボ効果も、あながち馬鹿にできないものかもしれません。
しかし、社会を見渡すと、このプラセボ効果を悪用しているような事例が跡を絶ちません。
次回は、プラセボ効果の功罪について取り上げたいと思います。

大野智 (おおの・さとし)

早稲田大学先端科学・健康医療融合研究機構 客員准教授1971年、静岡県浜松市生まれ。1998年島根医科大学(現島根大学医学部)卒業。腫瘍免疫学、がん免疫療法を主な研究テーマにしているが、補完代替医療や健康食品にも詳しく、「がんの補完代替医療ガイドブック」の作成を担当した。東京女子医科大学化学療法・緩和ケア科などで癌患者の診療に当たっている。