担当の患者であるSさんにガンが見つかった。
まずは、見つかったガンのステージ(進行)具合を決定しなくてはいけない。それによって選択するべき治療法が異なってくるからだ。ガンが限局していれば(限られたところだけにあること)、手術で取ってしまうことができる。その手術方法も最近はいろいろあって、ガンのある場所や大きさなどによっては、メスで体にざっくりと傷をつけるようなことなく内視鏡で取ってしまうこともできる。
今現在見つけたところ以外にガンがないかどうか、いわゆる転移がないかどうかを見極めるのもとても大切な作業になる。がんばって手術してガンを取り切ったつもりでも、別なところにちゃっかり残っていたのならだめだ。問題となっている箇所以外の部分の検査もちゃんとしなくてはならない。
ガンだなんて言われれば誰だって絶望的な気分になる。だから、皆、極力ガンにならないように注意するのだ。でも、一度ガンと診断されたらしっかり検査しなくてはいけない。今は早期にきちんと対処すれば決して死んでしまうような絶望的なものでもない。そのために、現在の発達した医療機器があるのだ。優れた各種画像診断装置があるのだ。
「で、Sさん、幸いに今は見つかったところは早期だと思われます。これからは、ガンの進行状態を見極めるためにいろいろ検査をさせてくださいね」
「検査ってどんな奴ですか?CTですか?」
「そうですね。CTもやらなくちゃいけませんね。体を輪切りにして拝見します。」
「CTですかぁ・・・。他には?レントゲンも撮りますか?」
「ええ。手術をするのに健康に問題がないか、肺をチェックしなくてはいけませんから、胸のレントゲンは撮ります。他にも数枚、必要だと思ったら取らせてください。」
「MRIは?」
「はぁ、まぁ、MRIも、必要だったらやります」
「MRIはやってもいいです。でもCTはいやです。胸のレントゲンは、この前撮ったのでそれを使ってください」
「この前っていつですか?」
「半年前に会社の健康診断で」
「そういうのなら、もう一度ちゃんと撮らせてください。今回は手術前検査の意味がありますので、しっかり撮ります。」
「でも、半年前から変わりありません」
「肺にガンが転移していないかのチェックにもなりますので。胸のレントゲンは撮らせてください」
「そんなに検査をしたくないんですが」
「いや、でも、今後の治療方針を決めるのに大切な事ですので」
「放射線をあびるせるんでしょ?何かあったらどうするんですか?」
「何かって・・・」
「CTなんてとんでもないですよ。ものすごい被曝量ですよ。絶対にいやです」
「CTは転移とか、腫瘍の位置とか、いろいろわかるので必要ですよ」
「じゃあしょうがないかなぁ。でもレントゲンはいやです。危険です」
「そりゃあ放射能は危険だけれど、医療放射線はちゃんとリスクとベネフィットを考えて使われていますから」
「放射線なんてリスクばっかりじゃないですか!」
Sさんの語気がだんだん荒くなってきた。
すべての検査を拒否しだす勢い。ここでうやむやにしてはSさんの今後に関わる。私も必死になってきた。
「被曝するのは絶対にいやなんです!!被曝は絶対に避けなければいけないってテレビで言ってました」
「いや、それはこの前の原発関連の報道で・・・。テレビはそういうことを言うかもしれませんが、医療放射線と原発の件とは別の次元だと思うのですが」
「何が別なんですか!!放射線じゃないですか!そんなレントゲンなんか絶対に撮らないぞ」
「何がそんなにいやなんですか?」
「放射線を浴びてガンになったらどうするんだ!!俺はガンだけは絶対にいやなんだ!」
「いや、Sさん、あなた今ガンだから」