医療費明細書2 | 勇者親分(負けず嫌いの欲しがり屋)

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http://www.asahi.com/health/sanada/TKY201004290164.html

より

「医者―患者の信頼関係できないような気分を蔓延させる制度が、本当に医療の質を上げるのかどうか、僕は疑問だね」

 H先生と医療費明細書について話している。

 「ああ、主治医の先生はすごくちゃんと診てくれているって確認ができて、より信頼関係改善に繋がるかもしれないじゃないですか」

 私は食い下がってみた。

 「お勉強が好きでインテリジェンスの高い方々にとってはね。自分がどんな病気で、どんな治療が標準的で、さらに今受けている治療がその標準的医療に比べて多少なりともよいとか、しっかり標準的医療を踏襲しているか、そういうことが理解できた時にはじめて『ああ、私の主治医の先生はすごくちゃんと診てくれている』って確認できるんじゃないの?そういうことをひっくるめて『かしこい患者』って言っているんじゃないの?今自分を診てくれている医者のやっていることを、少なくとも「標準的かそうでないか」を査定できるほどの知識を患者が身につけられるかどうかってことだよ。一体そういう患者が全人口に何パーセントいるっていうんだ?」

 「・・・・・・」

 そういえば下宿の大家さんが入院された時に相談を受けた時も、自分の専門領域と異なる疾患の最新治療についての細かな是非については即答なんかできなかった。ああ、そういう検査はするものですよ、くらいは答えられても、新しい薬についてはよくわからなかった。結局、こそこそと調べなおして後付知識で答えたものだった。現役医師である私ですらその程度だ。H先生がおっしゃるほどになるには、患者自身がかなり自分の疾患や治療方針に精通する必要がある。多くの人にそのレベルを要求するのは無理だろう。明細書によくわからない文字や数字があれば逆に不安に思うことも多かろう。

 「もちろん、医療明細書を読み込むことをきっかけに自分の疾患や治療に興味を持ってくれて正しい知識を身につけてくれればこちらも助かるんだけど、そういう方向にばかり行くとは限らないものね。中途半端で間違っていたり、だいたい正しいけど大事なところが外れていたりすると、かえって混乱する」

 「わからないことは先生に聞けばいいということにはなりませんか?」

 「それをじっくり話して理解できるほどまで相手をしてあげられるような診療時間が取れるシステムには、今の医療はなっていないでしょう?」

 私もH先生も診療明細書が手に入れられること自体には反対ではない。自分の診療に自信を持っているし、無駄なことをしているつもりもない。どのようにチェックされても恥ずかしいとは思わないのだけれども、疑義をもたれた場合に十分それを説明する時間は外来診療時にはないことに不安を持っているのだ。

 「それにさ、『先生、私がよくならないのは○○という薬を使っていないからじゃないんですか?』とか『○○の検査をやってください』って言われるようになったらどうする?」

 「もうそういうことおっしゃる方いらっしゃいますよね。『スズメを撃つのに大砲を持ち出す』になっているんだけど、そういうことまではなかなか理解できていない」

 「すでにさ、『やってください』って言ってきた時点で患者さんはやりたい、やるべきだ、って気持ちになっているわけだからね。それで断ると『あの先生は・・・』ってことになりかねない」

 「H先生は、診療明細書なんか出さない方がいいと思う?」

 「いや、あってもいいと思うけど、ちゃんと患者さんを良くするため以外の別の部分にいろいろ気を使わなくちゃいけなくなることがちょっとイヤ」

 H先生はいたずらっこのように笑った。

 H先生はつっけんどんで患者対応は決してよいとは言えないと思うけれど、他の医者が診きれないような患者もちゃんとフォローしてしまう技術の高さで、医師の間での評判が高い。H先生は間違いなく名医だと思う。人としてつきあうのはちょっと難儀だけど。

「H先生、よく外来で患者さんとケンカしてるもんねぇ。ケンカの種が増えるわけだ」

 さて、書類書きに戻ろう。