その日は突然やってきた。
アシュタンギがいつかは通る道、ブリッジからのカムアップ(起き上がり)。
アシュタンガを始めたばかりの頃、そのうち練習するようになると聞かされても他人事だった。
それが昨年の晩夏、師匠から壁を使っての練習をもらい、以後練習を重ねるも全く自分が起き上がるイメージを抱けなかった。
それに加え後屈が深まってきたここ1ヶ月ほど、無理に起き上がろうとして崩れる場面があり何度もヒヤリとした。
奇しくも不安箇所は右膝。
自分の身体の中で最も忌まわしき箇所、トラウマとして深く身体に刻み込まれた箇所。
中学・高校とサッカー部に所属していたが、高校に入ってからは怪我に悩まされほとんどまともにプレーできなかった。
1年の秋には練習中着地に失敗して前十字靭帯を断裂し手術、復帰までに10ヶ月ほど要した。その後も足首の捻挫や肩の脱臼で長期離脱を経験した。
そしていよいよ最終学年にあがる直前の2年生の3月、柔道の乱取りで組手をしていたところ、隣の生徒が投げた人が突如私の右膝に全体重をかけ落ちてきて、靭帯が切れる音とともに私も畳に崩れ落ちた。
激しい痛みとともに、もう高校でサッカーをすることができないと感じていた僕は数分間にわたってうめき続けた。
授業が終わってから柔道の先生は僕にこう言った。
「畳の上で長時間泣きわめくことは男としてみっともないことだ」、と。
精密検査の結果は前十字靭帯の断裂。
サッカーを途中で断念せざるを得ない自分を責め自己嫌悪に陥った。
周囲からの憐れみや同情も嫌気がさした。
頭によぎる暗黒の高校時代。
カムアップから起きようとする際に、内側へと膝に負荷がかかり崩れると身体が当時のことを思い出すのかビクリと震え、恐怖を押し殺しながらマットの上に横たわざるを得なかったことは少なくなかった。
昨日、スタジオへの道すがら思った。
自分の責めによらない怪我だったが、それを避けられなかった自分を責めていることに気づき、定位反応によるトラウマがあるのではないかと思った。
私がいまトレーニングをしている自律神経系の身体療法であるソマティック・エクスペリエンシングでは、トラウマが身体に宿る理由として、トラウマを引き起こした出来事の際の未完了の動きが自律神経系に残存することで身体に刻み込まれるとされている。
カムアップの練習で定位反応のトラウマ解消は難しいと感じていた。
けれど同時にこんなことも思っていた。
もしも自力でカムアップできるようになったら、私はこのトラウマを克服できるのではないかと。
昨日ブリッジの際、なぜか師匠は近くにいて。
呼吸と足裏の使い方のアドバイスをくれた。
5回ほど失敗しても師匠はまだ見続けてくれている。
今日はこれで最後だと心の中で決めた。
不思議と頭は落ち着いていた。
怖がっている自分や、期待している自分、腰の位置や足裏と腕の使い方をどこか遠くからぼんやり眺める。
吐く息をゆっくり吐ききって身体をスイングさせて呼気とともに体重を移動すると身体は自然と起き上がっていた。
師匠の顔を見る。
今日はお赤飯だと優しく言ってくれた。
練習後、先輩たちも一緒に喜んでくれた。
狂喜乱舞というより、不思議と頭がクリアだった。
身体の内側が広がった気がした。
世界と繋がっている感覚があった。
これが腹側迷走神経複合体に包まれている感覚なのだと味わった。
帰りの車中、今朝アドバイスをもらって膝を安定させるキーポイントとなった足裏に意識を向けて足指で地面をつかむと熱いものがこみ上げてきた。
この足裏で立ち上がったんだと。
足裏で不安と恐怖を乗り越え立ち上がったんだと。
自分の力でトラウマを克服したことを身体で実感した。
トラウマをヨガで克服した話は聞いたことがあるけれど、まさか自分が体験できると思わなかった。
過去は書き換えることはできない。
けれどトラウマを負った時と似たような状況に戻り、いまこの瞬間自分の身体を動かし体験を上書きし、神経系に刻み込まれた未完了の行動を完了させることができる。
これからもマットの上で良きも悪しも様々なことを体験するだろう。
それら丸ごと楽しんで練習していけたら。
練習後のラグ
