12月8日~12月11日まで、会社の東日本大震災の復興支援活動で気仙沼大島へボランティア活動に行ってきました。事前準備はチームメンバーと入念に行いましたが、大島の復興のために、自分に何が出来るのか?自信もなく、確たる答えは出せないまま当日を迎えました。
初日は仙台に立ちより、関連会社における宮城の震災から今日までの活動をお聞きし、午後から一路気仙沼へ向かいました。バスの中から仙台市内通過する際に、ニュースでみた地域に思わず皆、驚きの声が上がります。
9ヵ月たったのに・・・まだ津波の爪痕がまるで昨日の出来事のように残っている。
特に南三陸町は衝撃的だった。
まだ当時のまま残されていました。何と町長さんはアンテナの先端にしがみつき、一命を取り留めたそうです。奥には4階まで浸水し大変な被害、犠牲者が出てしまった志津川病院が見えます。。。一同絶句、言葉も出ません。
まだまだ復旧作業が続きます。街中は活気が無く、人の影もまばらです。
沿岸部の被害は本当に目を覆いたくなるような状況です。
衝撃的な光景にショックを受けながら、気仙沼市内に到着しフェリーに乗船しました。
気仙沼湾の様子・中央に見える庁舎の屋上付近まで浸水したそうです。津波の恐ろしさを実感しました。約20分で大島へ到着し、上陸します。
今回御世話になった宿は民宿 海鳳 さん。震災で厳しい状況ながら、たくさんのおいしい海の幸を頂く事ができました。
初日、移動しながら被災地を見て思いました。自分がもし、同じ場所にいたら正しい判断ができたか?もし、関東で同じような災害にあったら、家族や両親、友人や同僚を守る事ができたただろうか・・・
有事でもあわてず、行動しリーダーシップ発揮する。その為には、日頃から「正しい」判断が出来るように人間として成長しなくてはならない。まずは被災地視察を通じて、人間として大切にしなくてはいけないことに改めて気づき、学ぶ事ができました。
翌日の朝、大島の亀山頂上から気仙沼市内を望みます。
震災前は素晴らしい光景だっただろうが、今見えるのは無残にも変わり果てた気仙沼市街地だった。津波は画像で見える市街地の奥まで到達してしまったそうです。
こちらは山頂からみた島の南側。 ここも素晴らしい景色です。
大島は周囲約20キロの小さい離島だが、今回の津波は画像中央の市街地を左右からはさむように合流し、島を2つに分断してしまったそうです。航路と船を失い、大島は孤立してしまいました。その後、気仙沼湾に石油タンクが流され、その油に引火し、湾が一面火の海になりました。その日は大島の亀山側へ燃え移り、大島は地獄のような光景となってしまいます。その後、地元の有志500~600人が限られた機材と水で必死に消火活動を実施し、市街地の直前で消火する事ができたそうです。
その後はしばらく米軍の「ともだち作戦」と自衛隊の支援により復旧作業が続きました。
亀山山頂からは太平洋を一望できます。
北側、半島の先すぐそこは岩手の大船渡です。
伐採されているのは山火事で枯れてしまった松達です。火災のすさまじさが想像できます。この後は山を下り、島内の観光名所を視察しました。
島内はまだ瓦礫が多く残っていましたが、少しずつ運び出されています。
朝陽がまぶしい十八鳴浜(くぐなりはま)
島内には多くの浜があり、天然記念物に登録された「十八鳴浜」、島の中心にある「田中浜」、日本の快水浴場100選にも選ばれている「小田の浜」が有名で非常に綺麗な浜でした。しかし、津波によって砂が少なくなっており、遠浅ではなくなってしまった為、打ちつける波が高くなってしまったそうです。地盤沈下も見られ、かつての静かできれいなビーチは失われてしまったようでした。砂はまた海から戻ってくるとのことでしたが、もとの姿に戻るのに何年かかるのだろうよ思うと、気が遠くなりますね。
遠くには小さな島が見えます、なんと津波はあの島を越えたそうです><。 非常に恐ろしい光景として、津波を見た大島のみなさんの心に今でも残ってしまっています。。。
午後は少しでも大島復興の役に立ちたいと、砂や海水が打ち上げられた田んぼと畑、海水が入ってしまった用水池の水抜き作業をお手伝いしました。当初予定になかった支援活動でしたが、メンバーの皆からの申し出があり、関係各所で調整頂き実現しました!慣れない作業や短時間ではありましたが、最大の成果を出すために、皆、必死で作業をさせて頂き畑の所有者である小山さん、おばか隊の皆様に感謝の言葉を頂き、一同感無量でした。
最終日は大島復興の為に知恵を絞りだし、復興支援提案を数チームに分かれて実施します。午前中に大島開発センターで事前準備をしました。
提案準備の様子。
なんと、NHKの取材が入るというサプライズがあり、メンバーは皆緊張しましたが、事前準備の甲斐もあり、各チーム白熱したプレゼンを実施。限られた時間の中で考え抜き、「大島の方々と心を一つに」を合言葉に頑張ってきた努力が報われました!達成感と絆を感じる事ができた最終日でした。
当日の様子は気仙沼大島災害対策本部のブログでも紹介されています。
私達にできること。それは気仙沼大島の継続的に支援し、今回の経験を元に大島支援の輪を広げ、震災を風化させないようにすること。そして、大島が自立して復興できるように支援する事が大切だと思います。
これからも、一社会人、また会社の一員として、大島のみなさんの絶望と悲しみを、希望と笑顔に変える事ができるように、自分たちに何ができるのかを模索し続けたいと考えています。
気仙沼大島の皆様、Civic Forceの皆様、おばか隊の皆様、会社やメンバーのみんなに感謝!本当に貴重な経験を積ませて頂きました。また大島に行くぞ!
細く、長く、心ひとつに頑張ろう大島!















