失敗したり、
上手くいかなかったり、

悩んでしまうと、

そのことを思い出しては、
何度も何度も反芻してどんどん辛く悲しく苦しくなっていました。

最近になって、
失敗したくて失敗する人なんていない
と、気づいてから、

失敗したことから逃げなくなりました。

 

それまでは何で逃げていたのか、

 

子どもの頃の失敗に対して、

 

母から、

「何であんなことしたんだ。」

「何でできないんだ。」

「お前は何も考えてないんだな。」

「お前は馬鹿なんだ。」

と、夜中だろうが早朝だろうが起こされて言われ続けました。

 

母は、

どうして失敗したのか、

どういう状況だったのかには興味はなく、

 

自分の思いだけを言い続ける人でした。

 

母に言われ続けていると、

「あの時に○○しておけば…。」

「私はなんてダメなんだろう。」

と、もとに戻せないことへの後悔ばかり、

過去のことに執着し続けるだけだから、

 

失敗も認められないし、

現実をを受け入れられないから、

 

どうしてできなかったのか、

何が間違っていたのか、

 

冷静に考えることが全くできていませんでした。

 

結果、

次の対策が考えられないから同じ失敗を繰り返すことになっていました。

 

これは母との関係だけでなく人間関係全般でもよくありました。



 

「失敗」の考え方が変わったいま、

 

自分をせめるのをやめました。


準備万端であったとしても失敗はあります。

努力しても報われないときもあります。

 

母との距離を保てるようになったのですから、

 

辛いとき、苦しいとき、悔しいときは、

自分の感情を受け入れることに徹してみました。


自分の感情に向き合うと、

「辛かったよね。」

「あんなに頑張ったのにね。」

「どうすればよかったんだろうね?」


自分に話しかけるというより、

誰かを励ますように声をかけてるんです。


だから、

どんどん涙が溢れて止まらなくなるから、


結局、

泣きたいだけ泣いて落ち込むだけ落ち込むことに徹して、


さらに
お気に入りのドラマを観て泣き続けていたら、
(※今回は「信長協奏曲」を選びました。)


主人公が家臣と協力しながら成長してどんどん逞しくなっていく姿をみているうちに、
小栗旬君みたいに沢山の家臣はいないけど、

私にも応援してくれる人がいることに気づいたら、

 

普段からお世話になっている方達に、

「ありがとう。」の気持ちを伝えたくなって、

 

色んな人の、

いいところがドンドン浮かんできて、


自分も誰かの応援がしたいと思ったら、
ふと、

元気になっている自分がいました。

 

きっと、

私も母に応援してもらいたかったんですよね。

 

失敗したら、

「何があったの?」

「そんな時もあるよ。」

「次はうまくいく。」

って。

 

この言葉は母からはもらえなかったけど、

 

今の私には、

池ちゃん(=夫)が、

「そういう時もある。」

 

長男が、

「なかなか手強いけど、解決策はあるから。」

 

次男は、

「諦めないで挑戦する母さんはすごいよ。」


と、言ってくれる家族の応援のお陰で、


失敗を失敗として受け入れれるから、


失敗を前向きにとらえられるので、

次の対策を考えれるようになりました。


これからも、

失敗したらしっかり落ち込んで、

そこから、

自分が納得できるまで挑戦していきます!


おまけ

ハロウィンのデコレーション、

カボチャでなくても柿でもいいよね(笑)


挑戦し続けるためにも応援はもちろん、

自分だけで解決できないときは誰かに助けてもらうことも大切ってことですよね。