ブログを書いていていつも思うんだが、“語彙力がないなぁ~“って痛感する。

 ブログを書くことで生計を立てているわけでは全くないが、書きはじめた時と比べても文章力が少しは良くなっていくかなって思っていたが、全くダメだ。

 

 それと日本語は難しいとつくづく実感する。

 日本語の語彙数は他国の言語と比べると意外や意外、少ないようです。

 調べてみると、ギネス記録では、英語、ロシア語、日本語の準に語彙数が多く、

 英語には100万語以上の語彙があると言われています。一方、日本語の語彙数については様々な推計があり、30万語から50万語程度とされています。

 

 昔(と言っても15年くらい前)、アメリカへ行った時の話です。

 輸入代理店の人(コネチカット州に住んでいる日本人)と英語と日本語の語彙数の話になりました。

 私は当然、日本語のほうが多いに決まっていると言い切ったのです。

 でも彼は、笑いながら「ワタナベさん、英語のほうがはるかに多いんですよ」と私の知識のなさを指摘しているように言うではありませんか。

 なんだか悔しかったのを覚えています。

 

 話は今です。

 

 ホリエモンこと堀江貴文さん(私は嫌いだった)は、経営者としてスゴイ能力があるのと、他の経営者より抜きんでていることが最近になって理解できるようになりました。それは彼が書く文章力です。彼の文章をよく読むと誤解されないような文章であることが分かります。

 文学的素養と豊富な語彙で、判断と意志を伝えている。

 特に感心したのは、彼がFacebookに書いた文章です。(以下Facebookに載っていた原文のまま))

 

  「特に涙無しにみられなかったのが、戦前最大の冤罪事件『帝人事件』をモチーフにした週だ。政財界の大物に加え贈賄側の株券運び役に見立てられたのが主人公の実父であり主人公は父の無罪を信じて恩師である弁護人を助け見事無罪を勝ち取る。『水面に浮かぶ月光を掬い上げるような』という法曹関係者ならみんな知っているこの表現は帝人事件の無罪判決を書いた東京地裁の判事が書いたものだ」

 

 平明な文章の中に、教養をにじませる言葉:

 

 「何で私が知っていたかというとライブドア事件の最終弁論で私の代理人弁護士がライブドア事件を帝人事件に準(なぞら)えて表現したからである。検察の人質司法はあれから100年近く経っても何も変わっていない。あの傲慢な検察官もいまも同じだ。帝人事件が救いだったのはマスコミが絡んでいない事件だからだ。だから事件の風向きが変わると被告人側有利の報道も増えてきた。 私の場合はマスコミが共通の敵とメディアスクラムを組んできたのでなす術がなかった。だから、真にこの登場人物たちに感情移入してしまった」

 

 上記の文章のなかで彼は「掬(すく)い上げる」「準(なぞら)える」という単語をさらっと使っている。 Facebookに載せた文章だから短い時間で書いたものだろう。そこに「掬い上げる」「準える」と記したのは、こうした単語に触れているからだ。平明な文章だけれどアクセントとして難しい漢字を使っている。結果として忘れられない文章になっている。

 

 それにしても、「なす術(すべ)がなかった」という箇所を読むと、ホリエモンはほんとに苦労したんだな