「ワタナベさん、こちらです♬」

 “どうしたんだ、今日は?やけにハイだな”

 昨日私は、横浜のN歯科医院の受付前のロビーにいました。

 月に一度、歯のクリーニングに通っている。

 

 DH(歯科衛生士)のS野さんが私に呼びかけた。

 いつもの治療室に案内され、

 「ワタナベさん、お変わりはありませんか?」とちょっとハイトーンの声で言われる。

 「S野さん、どうしたの?やけに楽しそうな感じだけど」

 「そうなんです。ちょっとね」とクスッと笑い、エプロンを私にかける。

 「いったいどうしたの?何かいいことでもあったの?」

 「実はァ~。どうしようかな。言っちゃおうかな。」

 「何なのよ。教えてよ」

 「実は、プロポーズされそうなんです」と満面の笑みで答えました。

 

 S野さんは、山梨県の甲府の出身の24歳の女性です。

 いつもマスクをしているので、彼女の顔のすべてを見たことがないんです。

 美人でないことは確かですが、かといってブスではないです。

 それなりの顔の女の子っていうところかな。

 

 昨年の5月、そうそう、連休明けに歯のクリーニングに行った時、

 「ワタナベさん、実は彼氏ができたんですよ。それもイケメンなんです」

 「ほう~。スゴイね。良かったねェ」

 このS野さん、懐っこい性格で、私を彼女の実家のおじいちゃん扱いにしているふしがあるんです。

 私に会うと、

 「おじいちゃんを思い出しちゃんです。話も面白いし、懐かしいです」なんてね。

 

 それが、昨年の10月のクリーニングの時、いつもは受付のところで、名前を呼ぶんですが、その時に限って声を出さずに、手招きで私を呼んだんです。

 「S野さん、今日はやけに静かだね。いつものS野さんじゃないじゃん」

 「分かります?実は、彼氏と別れたんです」

 「えッつ!どうして?フラれたの?」

 「そうじゃないんです。私がフッたんです。それ以上、聞かないでください」

 

 そうだったのか。可哀そうに。多分フラれたんだなと思った。

 その日のクリーニングは、ちょっと荒っぽかったな。時間もいつもなら40分掛かるのに、その日は30分掛からなかった。

 女心は分らん。

 

 それが昨日は違ったのです。クリーニングも丁寧で、時間もその分いつもより長かった。

 

 「S野さん、良かったら彼氏の写真を見せてくれない?」

 「イヤですヨ。だってまだ見せるタイミングじゃァありません。プロポーズされたらみせます」

 「えっ。だって私は実家のおじいちゃんのつもりで言っているんだけど。でもそりゃそうだね。来月には吉報を聞かせてもらえるね」

 

 この歯医者に私は何十年と通っています。そんなこともあって受付の女性たちとは仲がいいので、それとなく聞いてみました。

 そうしたらS野さんの彼氏は、この歯医者のデンティストらしいんです。

 

 果たして彼女の運命はいかにといったところでしょうか。