心の王者、心の貧者 ─『新・平家物語(九)』(吉川英治)─ | 出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

出会った言葉たち ― 披沙揀金 ―

「披沙揀金」―砂をより分けて金を取り出す、の意。
日常出会う砂金のような言葉たちを集めました。

 清盛を亡くし、うろたえ、栄華の余命を支えようと焦心するばかりの平家一族。

 そのようなとき、平経正(つねまさ)は、阿部麻鳥(あべのあさとり)と再会します。麻鳥は、清盛の最後を見取った医師です。

 

 経正は、麻鳥ほどの医師が、貧しい町の片隅で、貧民の友として、貧しい暮らしをしていることを不思議に思います。そのことを問うと、麻鳥は答えました。

「わたくしはべつに貧しいことはございません」

 

 経正は、この男のなんともいえない気高さと、生の強さに心打たれます。

 

 この男に与える物、いつかの礼ぞといって、与えるような物を──自分は何も持ち合わせていないと知った。

 麻鳥は心の王者。自分は、心の貧者だった。

 (吉川英治、『新・平家物語(九)』より)

 

 私は、麻鳥の生き方も、もちろん素晴らしいと思いますが、傍若無人に振る舞っていたかのようなイメージのある平家人の中にも、経正のような心根の人がいたことに安心に似た感情を抱きました。