これ、昨日の春木屋のラーメンの続き、というか、、
昨日バタバタしてて書けなかったことなんだけど、、、
僕の親父はまだ都内でバリバリ働いていた時代、親父は荻窪ラーメンが大好きでした。
だから、荻窪ラーメンの代表格、春木屋、そして丸福は、親父に連れて行かれて食べたのが初めてでした。
大学時代、荻窪に音楽関係の友人が住んでいたこともあり、特に春木屋にはよく行きました。
でも、正直好きじゃなかった。
嫌いでもないけど、そんなに美味しいと思って食べた事はなかった。
まあ、付き合いで食べるくらいは構わないけど・・・
くらいに思ってた。
(昔のことです、ごめんなさい、ゆるして!!)
そもそも、その当時、僕はあんまりラーメンが好きじゃなかった。
以前、書いたことがあったけど、僕がラーメンを好きになったのは、最初のオーストラリアから帰ってきて、京都に住み始めて、京都のラーメンを食べるようになってからだ。
だから、春木屋に思い入れは少しもなかった。
そして、オーストラリアに住むようになって、その存在すら忘れるようになった。
思い出の味、なんて物ではない、どころか、思い出の片隅にもなかったくらい、
僕にはよくわからないけど有名な店、という事で、
ただ、うっすら知っている知識の一つ、でしかなくなって行った。
そして、2013年くらいに日本に完全帰国してからのある日、
中目黒に「春木屋」があるのをみつけた。
味のイメージも覚えていたし、特に食べたいと思ったわけでもないけど、
なんだか急に懐かしい気がして、入ってみた。
で、、食べて見て驚いた。
味のイメージは変わらない、まちがいなくあの春木屋の味だ、
「僕は、そんなに好きじゃないけど、
親父も、友達も、美味しいって言って好きで行ってるんだし、
まあ、付き合いで、まあまあ美味しいって言っときゃいいか・・」
と思っていた、あの味、春木屋のラーメンだ。
それが、、、
大学時代、まあ、22歳としよう、
それから、20年以上経って、久しぶりにちょっとした気まぐれで食べた春木屋のラーメンは、本当に涙がでるかと思った。
それくらい美味かった。
友達に連れられて遊んでた高円寺の街だとか、、
大学時代、昭和最後の匂いを残した東京の空気とか、
そんなものがいっぺんに蘇る味だった。
昔から、荻窪のオリジナルを食べている人にとってどうだかはわからない。
でも、ずっとオーストラリアに暮らして、日本のラーメンにいろんな憧れを抱いて帰ってきた僕にしたら、その時食べた春木屋の味は、これが僕の日本だ、なんて大げさに思ってしまうような、知っていたはずなのに、本当は分かっていなかった、これぞ、というど真ん中の味だった。
以来、中目黒近辺に用事があると(当時、中目黒、自由が丘、祐天寺、にいろいろ用事が多かった)
わざわざ中目黒によって食べたりしてた。
そうやって、ある日、やはり自由が丘で用事が終わって昼過ぎで、春木屋にラーメンを食べに行こう、、
と、いさんで中目黒に行くと、、、、
春木屋は、無くなってた。
いつのまにか閉店してしまっていた。
ほんの一年間ほどの間の事だった。
まあ、でもその頃には、なんだか春木屋熱も下がっていたこともあって、
わざわざ荻窪まで行って、ってほどでもなくなってたものだから、
それっきり春木屋のラーメンを食べることはなかった。
先日、facebookで友人のしめたにさんが春木屋のラーメンをアップしてた。
そして、「川崎ラゾーナ」って書いてあって、、、、
えええええええ、、、って思ったわけですよ。
川崎ラゾーナは、今までも、「篝」とか、「一幻」とか、なだたる名店が入ってきた。
そして、今、春木屋が入っている、ということなのですよ。
そんなわけで、行って見たのだけど、相変わらずのあの味だったのね。
実に嬉しいことです。
確か、中目黒が閉店したのは、2014年。
だから、実に、8年ぶりの春木屋の味だった。
ちなみに、うちの奥さんは、
「まあ、美味しいけれど、そこまで好きでもない・・」
という、まるで、大学生の時の僕のような感想でした。
東京一、と言われた味は奥さん(京都人)の口にはイマイチ合わなかったみたい(笑)
いや、たぶんそもそも魚介系のラーメンがそんなに好きじゃなかった気がするな、うちの奥さん。
川崎ラゾーナは、なにかと用事があったりで、時々行くので、できれば今までの名店のように、急に消えたりしないで、、ながくずっといてくれると嬉しいなぁ、、。
大好きな天丼の「金子半之助」とか、もう、ずっと撤退しないままいるもの。
そういう感じに、いつもある店になってくれたら、ありがたいなぁ、、と思います。
