一人のときは静かなのに
誰かが近くに行くと
やたらに独り言を話し始める人
いますよね。

その人は過去に
独り言を言っていたら
聞いた近くの人が
助けを申し出てきた
そんな成功体験したことがあるのかも。

しかも1度や2度ではなく
たくさん。

そんな独り言は
「独り言」として扱ってあげると
心穏やかに居られます。



独り言を利用して
自分は問題を抱えてます、とアピール。
そのうち、何もしないあなたは悪、
そんな雰囲気さえただよってくる。

自分のことは自分でやるのが基本です。
なので、
自分のことを人にやらせようとすると
やってもらった人に借りができる。

借りを作らずに相手にやってもらう方法は
相手が自ら「やる」と申し出てくれること。

それを独り言を利用して
実現しようとして、実現した。

こんなことを思っているのかも。



相手の気持ちを察して
「大丈夫ですか?」
「何かお困りですか?」
と声をかけてあげることは
すばらしいですよね。
助け合う姿は美しいです。

でも、それは
相手が一人でやろうとしている前提でのこと。


自分一人でできそうにないことなら
「すみません、手伝ってください」
「ご協力をお願いします」
など、相手に頼めば済むことです。

そして、してもらったら
「ありがとうございます」
と、助けてもらった相手に
感謝を伝えたいですよね。

相手は相手で
助けることができて
貢献感を得られたり
自分の力が役立った感を得られたりして
それが報酬になったりもします。

こんな
対等なコミュニケーションって
気持ち良いですよね。


相手に頼む、ということは
頼む側が下で、頼まれる側が上
という上下関係ではありません。

だって、頼まれても
それを断ることだってできるから。

だから、頼む、という行為は
対等です。


独り言を利用するかのように
している人に助けを申し出ると
その人は「頼む」という機会を
失ってしまいます。

その後はますます「頼む」から
遠ざかってしまう。


独り言を「独り言」として扱うのは
相手のためでもありますね。


お読みいただき、
ありがとうございます。

プロコーチ7年m、常楽でした。

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