とても尊い時間でした

この時のことを、言葉を、
一言一句忘れちゃいけないと思い
ブログに残すことにしました




「私はもう何も思い残す事はないんだよ。
不思議かもしれないけど
私はいつ死んでも悔いはない
と心の底から思ってるよ」



義母が癌の宣告を受けて約1年…


今日も病院での検査が終わり
いつも通り、義母の家へ送り届け
2人で台所でコーヒーを飲んでいる時に
ニコニコしながら
おもむろに義母が呟いた言葉でした


それは、義母の心からの言葉なのだと
ひしひしと伝わってきました


そのあとも言葉は続きました
「自分が死んだら葬式は質素でいいからね」
「自分の葬式代、墓の管理代を貯めた通帳、
少しだけど何かのためにと貯めてきた通帳、
あと、年金通帳と印鑑の場所はここよ」


そして
これまで義母の心に
ずっと引っかかっていたという
私に対する謝罪の言葉
「あの時はあんな事言ってごめんね
心配しすぎてつい言ってしまった。
悪気はなかったのよ許してね」

そんな事、とうの昔に忘れてましたぐすん


「孫を立派に育ててくれてありがとう」

「気難しい息子を支えてくれてありがとう」


私は段々と
体がしびれる感覚と同時に
涙で目の前が見えなくなってきました
同時にお義母さんも泣いていました


いつも夫婦二人三脚で寄り添い
仲良しだった義父が亡くなった時も
涙1つ見せなかったのに…


そういえば、私が嫁いでから
義母が泣いている姿を
1度も見たことがないかもしれません


何かを本気で覚悟したからこその
尊い涙なのだと思いました


スーパーや温泉などで
たまたま近くにいた知らない人にも
ガハハハー!と楽しくお喋りをして
元気のパワーを分け与えるような
とても
パワフルでエネルギッシュな義母




2年前に他界した義父は


7年前に脳梗塞で倒れてから
脳にふとした何かしらの刺激がかかると
普段とても優しい人なのに
別人格になってしまい(薬の副作用??)
義母に
「家を出ていけ!!」と何時間も怒鳴りつけ、
かと思うとまた元の優しいお義父さんに
戻ったり…


義父は
自分の一番大切な奥さんに
そんな風に怒鳴りつけているなんて
元に戻った時には全く覚えておらず


それでも義母は耐えて
義父に来る日も来る日も
普通に接して、
寝る前は、義父の体が硬くならないよう
マッサージを欠かさず施していました
(すると安心して寝入ったそう)


ある日
「桜が綺麗やねー」と
いつものように2人でウォーキングを
している途中
義父が「ちょっと待って」と
一言伝えた途端
義母にもたれかかり
そのまま帰らぬ人になりました


お花が大好きだった義父は
大好きな桜吹雪を浴びながら
大好きな義母の腕の中で
苦しむことなく
そのまま静かに天国に旅立ったのです🌸
(作り話のようですが実話です)







義父が旅立ってから義母は
「私はお父さんに尽くし切った気持ちでいる」
「もうやり切った感がある。満足だ」
と、何度も私に話してくれました


◯十年前に、まだ若かった息子を
不慮の事故で亡くしてしまったのですが
それでもそんな自分の過去の経験談を話し

(義母はただ世間話をしてるだけなのに
何故かいつも人生相談になるんです
見ず知らずの人でもウインク)

「大丈夫だから
あんたも頑張るんだよ〜」


と、とにかく明るく前向きに人様に接する姿を
沢山見てきました







アップこれは今日

帰ろうと思って義母の家を出た直後に

真ん前の空に現れていた

龍神様です



義父と義兄のような気がしてなりませんでした



1人帰る運転の車の中で

走馬灯のように

嫁いだ頃からの思い出が蘇り

色んな思いが溢れ


次々と続く空の龍神様に

感謝と祈りを捧げました








どんな事を思い出しても
義母はいつも
自分のことより
人様に自然に愛を注ぎ
元気を与えてhappyにしてくれて…




これからは
何よりも誰よりも自分を一番大切に
自分に愛を沢山送っていってほしい…
そのお手伝いを全力でさせてもらいたい
と思いました


今日のお義母さんの涙と言葉


「今を大切に生きる」「愛」
という本当の意味を心に刻んだ
一生忘れられない日になりました


最後まで読んで下さって
ありがとうございました🌈