ユーロ2024(欧州選手権)初戦を勝利で飾ったスペイン代表が、ボール支配率でクロアチアを下回ったことを受け、「ついにポゼッションサッカーの終焉か?!」との見出しが国内メディアで踊っている。スペイン代表が、相手チームよりボール支配率が下回ったのは、実に111試合ぶりだという。

こうしたセンセーショナリズムな議論を展開させ盛り上がる国民性も含め、フットボールというのはやっぱり面白いなぁ、と改めて嬉しく思う。

さて今日は、ポゼッションやボール支配率という話しからは逸脱するが、スペインサッカーがここ30年でどのような変容を遂げてきたのか?私が実際に現場で生きてきたスペインサッカー32年史をコンテクストから分析、以下の環境要素を振り返ってみたい。

  • 物理的環境
  • 生物的環境
  • ゲーム環境
  • 人的環境
  • 社会的環境


【物理的環境】(施設、用具)

スペイン国内では、1990年代から2000年頭にかけ、クレーン(土)のグラウンドが一気に人工芝に張り替えられた。いまではもう、スペイン国内で土のグラウンドを見かけることはなくなったし、技術の進化も受け4Gなどと呼ばれる人工ターフが主流だ。また、土のグラウンドで使用していた耐久性の高い固いボールも、人工芝用の柔らかい素材へと、使用されるボールも変わっていった。

こうした物理的な環境の変化を受け、スペインのフットボールは徐々に「お上品」に変化していったと感じている。

【生物的環境】(成長、栄養)

欧州の中で、スペインは近代100年で最も男性の平均身長が伸びた国と言われており、現代においてもスペイン人男性の平均身長は伸び続けている。私がスペインに来た当初90年代はじめ頃、スペイン人男性の平均身長は174センチ前後だったのに対し、2024年のデーターを見ると176センチに伸びている。

また男児の平均身長も同様に伸び続ており、私が当時小学5年生だったイニエスタなど黄金世代を大会で初めて見たときも(1996年)、小柄な選手が多かった。あれから30年が経ったいま、スペイン男児の平均身長は3センチほど高くなっており「スペイン人は小柄」ではなくなった。



【ゲーム環境】(ルール)

私の記憶では、2010年頃からスペインFAが小学生年代の公式戦を7人制から8人制に変更させようとする動きが起こった。スペインでは、U19カテゴリー以下にスペインFAが主管するリーグはなく、各自治州FAに決定権があるため、自治州によっては頑なに7人制を貫いた自治州もあるが、その多くは中央競技団体であるスペインFAに同調する形で8人制へと変更した。

ここで議論そして問題となったのは、7人制がスタンダードであったスペイン国内では、建設されてきたピッチサイズが7人制規格であったことだ。7人制を前提に作られたピッチ上に2名増となる8対8の試合が行われるようルール変更がなされたことで、例えば私たちのクラブでは、小学5年生の3チームと小学6年生の3チームの合計6チームに関しては、従来のピッチでは人口密度が高すぎてフットボールにならないため、11人制ピッチに8人制用としてラインを引き直すことで対応。

ピッチレベルでも、プレイの形や仕掛け方など模索する必要性が生まれ、求められる選手の特徴やチョイスされる選手のプロファイルにも、少なからず変容があったのではないかと感じている。

【人的環境】(指導者)

1999年以降、スペインでもボローニャ宣言を受け、欧州共通の枠組みの構築など教育システムの整備がなされた。

ちょうどこの頃、私は指導者として最高位とされる「ナショナルライセンス」の受講を控えていたが、協会から「受講生を選考するためのトライアルを実施する」との決定が下る。こうして、第38期ナショナルライセンス受講生は、いわゆるバックグラウンド(元選手など)を持った受講生優位にライセンス付与の機会が与えられるトライアル制度を不当とし、弁護士を立て協会を提訴。その後、「トライアル制度は不当である」と判決がくだった。

また同様に、EUでは1999年に通貨統一が導入され、EU圏内での移動や雇用機会を求めた流動が活発化していた時期でもある。

こうした社会的背景を受け、スペインで指導者を志す者たちは「開かれた学習機会」という権利を手に入れ、また国外に「成長機会」「雇用機会」を求めチャレンジできる環境を手にした。

そうして、この時代の社会変容を背景に、指導者界の先駆者としてロールモデルとなったのが「ラファ・ベニーテス氏」だろう。私の記憶が正しければ、ベニーテス監督は、選手としてのバックグラウンドを持たないいわゆる「マイナー指導者」としてはじめて、スペイン国内のビッグクラブをはじめ、欧州5大リーグのメガ・ビッグクラブを渡り歩き、名監督として地位を確立された第一人者である。

いまでは、プレミアリーグで最も多い外国人監督がスペイン人であることを見ても、2000年以降、スペインの指導者が世界各国で求められるような人材に育つ土壌が育まれてきたのだと思う。

また、こうしてスペイン人指導者が国外に出て多様なフットボールに触れ、学び、さらなる成長を遂げることで、知的財産の流動も活発化し、スペイン国内における指導者の多様性促進やフットボールの多様化にも繋がっているのではないだろうか。

欧州市場開放を受け、多様なフットボール、多様な指導者に触れる機会が増えた選手たちにとっては、結果的hにフットボール環境が豊かになったと感じる。

【社会的環境】

スペインサッカーの黄金期といえる、2008年(欧州選手権優勝)、2010年(ワールドカップ優勝)、2012年(欧州選手権優勝)。この輝かしき時代、国内の男子競技者人口は10~15%増えたと言われている。

今大会ユーロ2024(欧州選手権)に出場している、私たちのアカデミー生でもあるロドリやバエナが生きてきたフットボール環境だけを振り返ってみても、圧倒的なポゼッション力と繋ぐサッカーで08、10、12年代の黄金期を築いた選手たち、例えばイニエスタ時代のそれとは、環境要素が大きく異なる。

「ユーロ2024初戦でボール支配率が相手チームを下回った!」という「点」でフットボールを見るだけでなく、ここに至るまでに、スペインという国で何が起こり、何を模索し、どんな事象や現象が生まれてここに辿り着いたのか。

少しだけそんな視点で、スペイン代表の2戦目以降も楽しんで頂けると嬉しい。