私たちのクラブでは、ここ10年ほど「ギャンブル、アルコール、ドラッグ、風俗(水商売)、暴力」こうした一見扱いにくいテーマに正対し、真向取り組んできた。問題の本質を問い、ディスカッションし、予防策、そして対策を徹底的に議論してきた。

 

下は2歳児から、上は億単位の年俸で活躍するプロ選手まで男女800名近くの選手を抱えるフットボールクラブとして、私たちにはアスリートの成長過程とキャリアを伴走する責任がある。

 

見て見ぬふり。

知っていて知らないふり。

他人事かのように取り扱う。

どうする?このまま「無いこと」にし続けますか?

 

そんな声が、大人たちから上がり始めたのが10年ほど前のこと。

 

私たちは、シーズンの締めくくりに、「現場の生の声を共有する会」を実施してきた。そこには、会長をはじめとする全役員、市長や行政関係者、スポンサー企業の役員、100名の寮生がお世話になっている中高の先生方、120名の指導者、心理学スタッフ、寮のスタッフなど、全ステークホルダーが一同に会し、選手と最も長い時間、近い距離で、深い関係性を築く指導者や寮のスタッフが語る現実をしっかりと理解頂ける貴重な時間となっていた。

 

アスリートに限らず、現代を生きる若者たちは、大人たちが仕込んだたくさんの罠に、驚くほど容易にはまる。

 

こうした社会の仕組みや環境を構築してきたのは大人たちなのに、そんな落とし穴に簡単にハマるであろう青少年たちのことを、大人たちは助けようとしない。

 

フットボール界では、ドーピング検査があるためか、ドラッグが問題になるケースはあまりない。

 

※もちろん例外もあり、実際、先日元プロ選手がドラッグにはまり人生を台無しにしたインタビュー記事が掲載されていた。


※ちなみに、スペインでは薬物の使用は合法

 

アルコール摂取に関しては、小学生年代から栄養士の指導を受けながら、アルコール飲料がアスリートの身体に何をもたらすのかを学習しているためか、現役中に依存症になるほど問題になることはあまりない。

 

一方、選手の成長支援において、私たちがこれまで最も頭を悩ませてきたのは「ギャンブル行為」だった。

 

とはいえ、問題視されるような行動が、10数年前まではカジノ通いなどといった「可視化」された状態である程度把握できたが、賭博場がオンラインに変わってからというもの、被害が大きくならないうちに早期に察知してあげたくても、救ってあげられない状況になっている。

 

感情の起伏が激しくなったり、安眠できていない様子だったり、食欲が減ったり、ケガが増えたり、友達と疎遠になったり、成績やスポーツのパフォーマンスが落ちたり・・。周囲が「最近、あの子はなんだかおかしい」と思ったときには、すでに手遅れであることが多い。

 

繰り返しになるが、これは、アスリートだけの問題ではなく、少なくともスペイン国内における青少年の多くが、こうした誘惑の罠に陥って苦しもがいている。小中高といった教育現場でも同様の議論が盛んになされている。

 

スペインではいち早く、スポーツ業界におけるベッティング会社の広告宣伝の規制法が施行されたのも、私たちにはこうした現実があるためだ。

 

私たちは、心理学チームの力を借りて、こうした落とし穴に陥りやすい人の特徴や性格傾向、家庭環境などを列挙し、みんなで認識を共有しアスリートを見守る体制を整理した。

 

そこで、こうしたリスクには共通の要素があることが見えてきた。

 

青少年期に、大人による過度な管理下、監視下に置かれた若者たちは(規則や秩序でギブスされている状態と私たちは呼ぶ)、その抑圧から「解放されたい」という強い欲求が渦巻いている。

 

これらは、案外よくスポーツ界に見られる傾向である。アスリートには、クラブの規則があり、チーム内でのルールがあり、団体行動を乱さない行動を求められ続ける。

 

そこに、「時間」「お金」さらに「刺激が欲しい」「新しい体験をしたい」という若者特有の基本的欲求が合致した瞬間、一気にリスクと化す。

 

※ 時間:アスリートは実働時間が限定的なので、以外と自由になる時間が多い


※ お金:16歳以上のアスリートはプロ契約

 

さらに、

  • 時間の不適切な使い方(好きな時間に起きて、寝て、食べるなど)
  • スポーツ以外の興味関心や目標の欠如(練習以外にすることがない)
  • 対人関係が苦手
  • 慢性的孤独感
  • 外面重視傾向(ブランド品、高級車、勝利、知名度)
  • 脆弱な愛着関係(養育者との関係性)
  • 家族とのコミュニケーションが希薄
  • 成長過程における伴走支援者の欠如
  • など。

 

それでは、私たち大人には何ができるのだろうか。

 

「昨日、300ユーロすっちゃった!」という若者に対して、そこに居合わせたコーチ(大人たち)はどう対応するのか。

 

スルーするのか。

笑いで返すのか。

「次は取り返せよ!」などと不適切なコミュニケーションをとるのか。

 

ひとは、青年期にどんな大人と出会えたかで、人生が大きく変わることがある。

 

私たちは、サーカスを例にして、「若者とは、自分の人生のテイマー(調教師)気取りだが、実際には手懐けられたトラになっていることに無自覚な生きもの」と表現する。

 

ギャンブル、アルコール、ドラッグ、風俗(水商売)、暴力などの共通点のひとつに「即時性」が挙げられる。

 

欲求に対するレスポンスが速い。

 

つまり「報酬の即応性」が高いという側面は、刺激と体験に飢えている若者にとっては魅力でしかない。

 

若きアスリートと関わる大人たちは、こうしたことを今一度しっかりと認識するべきだろう。

 

自戒を込めて。