【 「Who you are?あなたは何者?」に答えられるリーダー 】

 

あなたにとって最高の「リーダー」は誰ですか?

 

あなたがこれまでに出会った最高の「リーダー」はどんな人ですか?

 

今日はそんな問いから始めてみたい。

 

※ここでいう「リーダー」は、組織のトップ、経営陣、上司、チームの監督など広義

 

この世には、様々な異なるタイプのリーダーがいて興味深い。私はコーチディベロッパー(成長支援者)という役割からか、「リーダー」という生き物に大変関心を持っている。

 

人は、緊急時や予期せぬ災難、不祥事といった逆境、もしくは単に自分が不利な状況に置かれたときに本性(本音・本心)が現れるので、リーダーとなる人たちにおいても、特にこうした状況下でのマネージメント力が試される。

 

色々な組織で人材選考をする際、候補者の輝かしく煌びやかな履歴を紹介させられることが多いが、私はいつも「知りたいのはそこじゃないんだよな・・」と残念に思う。リーダー候補者として適任かどうかは、その人が「どれだけの困難を、どのように解決してきたのか?」を知りたいからだ。

 

「Who you are?あなたは何者?」

 

この問いに、学歴、職歴、役職、メダルの数、勝利数で答えるのではなく、「あなたが、この社会にどんな影響や価値を創出してきたのか?」「周囲に何を継承してきたのか?」「どんな局面を生き、何を意図して、どう判断し、決定実行したのか?」を教えて欲しい。

 

しかし、こういうことを、しっかりと自らの言葉で語れるリーダーは多くない。

 

私が成長支援する指導者に期待することも、あくまでそういう深層部分の本質であり、どれだけフットボールの知識を饒舌に披露できるかではない。

 

私はこれまで30年以上、スペインのフットボール界で育てられてきた。長くこの世界にいるので、当然ながら、たくさんの心から尊敬できる素晴らしいリーダーたちとの出会いもあった。

 

そんなキャリアの途中、2020年3月から2022年3月までの2年間は、スペインの留職制度を利用する形で、常勤理事を拝命したJリーグでお世話になった。

 

そしてそこで、「上には上がいる」を痛感することとなる、とんでもないリーダーと出会った。

 

それが、Jリーグ第5代チェアマン村井満氏である。

 

 

【 村井満というリーダー 】

 

私は、村井満というリーダーとの出会いを経て、劇的に自分の人生が豊かになったことを実感している。

 

村井さんの凄さは、「任期期間中に何をされたか」ということに終始するのではなく、「ご自分が居なくなった後の組織、そこで働き続ける者たちに何を継承するのか」といった「未来」にまで、思いを馳せて組織マネージメントをされていたことだと思う。

 

組織の健全な仕組みと文化、そこで働く仲間たちに聡明な思考と精神、堅強なレジリエンス耐性。村井さんは、そういったものにまで魂を宿しJリーグを去られた。

 

「村井さんは、叡智の結集。Jリーグが持つ、ポテンシャルのほとんどすべてを形にした人」とは、元専務理事である木村正明氏のお言葉だが、それはリップサービスでも何でもなく適切な表現だと感じる。

 

情報統制や隠ぺいを繰り返す組織は腐敗してゆく。だから、言葉を濁さず、あらゆる情報を開示徹底する。

 

「魚と組織は天日に干すと日持ちが良くなる」を合言葉に、経営を進めてこられた所以はここにある。

 

村井さんというリーダーは、他者を批判しない。非難しない。否定しない。もちろん攻撃もしない。そんなリーダーだ。

 

異なる意見を頭ごなしに否定するようなことはしない。常に中庸で、他者を蔑んだり、容易にジャッジしたり、攻撃するような俗なリーダー像とは一線を画す。

 

村井さんは、相手と正対する。

 

柔和な表情で温かく向き合い、前のめりで相手に関心を持ちながら、丁寧に言葉を拾う。

 

「ぼくは、少し違う見方をしていてね」

 

相手の話しを一通り聞き終わると、村井さんはご自身の思いや意見を伝えるために、いつもこの枕詞を添えて対話を続ける。

 

「ぼくは、少し違う見方をしていてね」

 

この枕詞は、相手の心に部分麻酔をかけるような効果を秘める。

 

この枕詞は、聞く側が、その先続くお話を身構えることなくすんなりと受け入れることができる。

 

外国生まれ、外国育ちのコンテクストを持ち、思考が異なる私のような逆輸入人材が、日本の当然や日本の感覚を知りもせず、何度生意気を言ったかわからない。

 

そんな私に向かって村井さんはいつも、「佐伯さん、ぼくは少し違う見方をしていてね」と、私の心に麻酔を打ってから、ご自身の見解をきちんと示し見せてくださった。

 

究極の傾聴とは、ただ他者の話しを聞くだけでなく、「異なる意見を相手にどのように伝えるか」にまで及ぶのだと、私は村井さんから学んだ。

 

予期せぬ問題や不祥事が起きると、ごまかしたり逃げることなく、決して人を憎むこともなく、その「行為」を正すことだけに心を捧げられる姿が印象的だった。

 

「命を賭して」そこには、個人的感情を払拭し、我欲・私欲にまみれた権力者が排他的、独占的に支配するような組織に成り下がらぬよう徹底するという強い意志を感じた。

 

スポーツ界を変えることで、社会はもっと良くなるはず。そんな信念を全身全霊で体現されていた。

 

「知性は勇気のしもべ」その言葉を大切に、「逃げちゃダメだ」と、いつも「緊張する方」を選択されていた。緊張しているということは、大切な何かを実現できる可能性があるということだからと。

 

村井さんがおっしゃる「組織の改革」とは、旧態を正すというような文脈以上に、「Jリーグにはポテンシャルがある。だからたくさん価値を生み出そうよ!」という「新しい価値の創出」の話しだったのではないだろうかと、今となっては思う。

 

村井さんの任期8年間で、Jリーグのパブリックイメージがポジティブに変容した、というのはまがいもない事実であろう。

 

「公共性、透明性、スピード、ダイナミズム、地域貢献、国際交流、リスペクト文化の徹底、ハラスメントの排除、理念の遵守、現状維持の打破」といった価値が、いつからかJリーグのレピュテーションとして定着した。

 

【『異端のチェアマン』 ~村井満、Jリーグ再建の真実~宇都宮徹壱 著】

 

同じ場所で同じ時間を共にした者たちが、どれだけその事実を認識しても、「歴史というものは、記録したものだけが記憶される」という。

 

ということは、Jリーグ第5代チェアマン村井満氏の功績も誰かの手によって記録されなければ、歴史に残らない可能性があるということである。

 

そんなとき「過去10年のJリーグの歴史が、日本の戦後史に匹敵するくらい激動かつ濃密な時代であった。それでいながら、この時代の記憶が、急速に忘れ去られつつある。そうなる前に、同時代を生きた人間として、きちんと形に残す使命感が募るようになった。Jリーグがこれから40年、50年、そして100年と歴史を紡いでいく上で、村井チェアマン時代の8年間は重要なターニングポイントだった。この時代について、きちんと書籍として形に残して後世に伝えていくことが、同時代を生きた書き手としての使命である」と心を決めている方がいた。

 

『異端のチェアマン』 ~村井満、Jリーグ再建の真実~宇都宮徹壱 著

 

この本は、宇都宮徹壱氏がライター人生をかけ、言葉を紡ぎながら刻むように歴史を記録、鋭意執筆くださった大作だ。

 

内容は、単なる事象や経営判断の軌跡に留まるものではなく、そこにはひとりのリーダーの迷い、葛藤、苦悩といった人間的な側面がナラティブに描かれている。

 

『異端のチェアマン』出版記念イベントで、村井さんご本人が仰っていたように、この本はサッカー本のようでサッカー本ではなく、スポーツドキュメンタリーとも違う。ビジネス書でもない。この作品の本質は、予期せぬトラブルが起こった時にどうすべきか、というのがテーマ。この本には、そうした具体的なエピソードが随所に書かれている。

 

私はすでに2周したが、読み進めるたびに、心が小刻みに震えるような感覚を覚える。

 

この本のおかげで、偉大なリーダーが日本サッカー界に存在した事実が歴史に刻まれ後世に継承されることを、いちフットボールファンとして宇都宮さんには心から感謝したい。

 

またこの本が、私たちの思いを代弁し、村井さんへの感謝と功績を称えるトリビュートとなることを嬉しく思う。

 

「Jリーグが潰れても、サッカーがなくなることはない。たとえリーグを清算したとしても、クラブさえ残っていれば新たなリーグを作ることはできる」そんな最悪の事態を想定するまで迫った、Jリーグ史上最悪の危機を乗り越えることができたのも、村井満という最高のリーダーがいたからに違いない。

 

最後に、「ぼくのは気楽なエッセイだから」と謙虚に仰るが、『天日干し経営』 ~元リクルートのサッカーど素人がJリーグを経営した~ 村井満 著 も、『異端のチェアマン』と併せて必読であることを共有しておきたい。