ここ数日、スペイン対日本戦が迫ってきたためか、一気にスペインメディアの取材申請が増えた。

思い出したように突然電話をかけてきては、「今日これから生で出てくれない?」みたいな、このスペインらしい行き当たりばったり感が、私は嫌いではない。

 

 

これまでの31年間、スペインという国は私をフットボールパーソンとして育ててくれた。

TV、ラジオ、新聞といった国内大手メディア各社は、ワールドカップやユーロで私を解説者として起用してくれた。

ここ20年ほどは影響力の大きいクラブに所属しているので、さすがに試合解説はやらなくなったけれど、ことあるごとにこうして連絡をくれるのはありがたい。

ここ数日のインタビューで必ず聞かれるのは、「日本代表で注目すべき選手は誰ですか?」という質問である。

 

 

私たちビジャレアルにおけるタレント発掘やスカウトにおいてもそうであるように、スペインのフットボールパーソンは「優越」で「優秀性」を測らない。

例えば、「巧い」「速い」「強い」に見て取れる「優越性」は、ユーロやワールドカップといった世界レベルの土俵に上がるとあっという間に消し去られてしまう。

これらの優越性は「世界に出ればいくらでも上がいる」ということだろう。

それでは、スペインの指導者やスカウトが何を基準にしているか?

「ディファレント(different:異なる)」。

 

この概念こそが、まさにスペインサッカーの特徴なのかもしれない。

 

スペインのフットボールパーソンは、優秀性を「優越」ではなく「異なる」で測る。

イニエスタ、チャビ、ガビ、ペドリなどといった「ディファレント(異なる)」な選手をスペインの人たちは好む。

 

 

そして、スペインのフットボールは「リベラル・アーツ」なのかもしれないと思う。


英語の「リベラル・アーツ」は、ラテン語(スペイン語も同じ)の「アルテス・リベラレス」(artes liberales)を語源とし、古代ギリシャ・ローマに理念的な源流を有す。

リベラルアーツとは、人が束縛、拘束、制限から解放されるための知識や、生きる力を身につけるための手法やスキルを指すといわれる。

よくスペインの人が口にする「フットボーラーにはアート(art:芸術、美術)が必要だ」という、その「アート」は、

・定型からの解放
・画一からの解放
・教科書通りじゃなく自由な学芸術
・他者による概念の強要や拘束から解放されるためのスキル

そんな風に理解できるだろうか。

スペインフットボール界における「優秀性」を測る尺度が、「優れている」ではなく「異なる」なのは、こうした「リベラル・アーツ」の意識が文化の根底で活きているような気がしてならない。

そして、スペインメディアのインタビューを受けるたびに聞かれる「日本代表で注目すべき選手は?」との問いに私は、ディファレント(異なる)好みのスペイン人視点から『遠藤航選手』と『三笘薫選手』の2選手を紹介させて頂いている。