本田圭佑選手が「指導者ライセンス制度」に関する持論を語られている記事をお見受けした。

大変おもしろい論点だと感じたので、私も一応指導者のひとりとして、改めて「指導者ライセンス」について考えてみた。

まずはじめに整理しておきたいのは、選手と監督は「職種」が違うという点。選手は自分自身をマネージメント(プレーヤー)、監督は他者をマネージメント(マネージャー)する人なので、両者は「延長線上」にあるものではないと、私は考える。

次に、誰を採用、雇用、登用するかは雇用主が決めること。それは確かなのだが、企業のCEOは「役職」であり、監督は「職種」である点も整理しておきたい。

さて、私はヨーロッパにおける最上位ライセンスであるUEFA Proを取得しているが、じゃあ、スペイン代表監督の候補者リストに私の名前があがるかというと、まずいまのところ(笑)あり得ないだろう。それは、資格と雇用マーケットに乗るかどうかは別問題であるためだ。

 



まさにその、現スペイン代表監督であるルイス・エンリケ氏だが、彼は1994年、20代前半という若さですでに指導者になるための「学習」をはじめていた。

当時の彼は、レアル・マドリードの主力選手として活躍し、スペイン代表としてもアメリカW杯に出場するなど、いわゆる若手エリート選手であったが、どこの誰とも分からない私のようないち学習者と一緒に机を並べ学んでいたのである。

そもそも、フットボール界の雇用は、指導者の採用条件、人事評価、評価指標といったものがあるようでないようで不透明であることや、採用制度が構築されていないなど、よく分からない点が多い。

スペインでは、フットボールチームの監督は、「権威者の人差し指で決まる」と皮肉を込めて表現されることもある。

いずれにしても、例えば私のようにまったくバックグランドを持たず、どこの誰とも分からないような人間が、スペインのフットボール界で生きていくためにはライセンスが必要だった。

たとえそれが、フットボール界における「通行証明」に過ぎないとしても。

ただ私の場合は、「フットボールを学問として科学的に学べる」ということに圧倒的な魅力を感じてこの業界に入ったので、ときに意味がなさそうな学習プロセスであっても得た学びは多かったと満足している。

この議論が難しいのは、「優秀な指導者」の定義がまちまちで、採用条件、人事評価、評価指標が曖昧であるからだろう。

少なくともスペインにおける現行のライセンス制度では、こうした「学習」を測れるものではなく、雇用主からしてみるととても難しい判断である。

さらに、私が指導者を採用する際に知りたいのに正確に得られない情報として、

①その人が、何を学習してきたのか(学習記録)、測れるものがない。

②その人が、どれだけの課題解決を経験してきたのか(トラブルシューティングのログ)、知る余地がない。

③その人が、どれだけ多様の中で生きてきたか(より多くの文化、信仰、言語、性別、年齢への寛容性)、分かりかねる。

などがある。

【プロフェッショナル・イントルージョン(professional intrusion)】

さて、元も子もないようで恐縮だが、残念ながら現状においては、少なくともスペイン国内では(おそらくEU加盟国は基準が類似)「資格を持たない人材を登用することはできない」仕組みになっていると言わざるを得ない。

スペインでは「相応の資格を持たずに職業活動を行う」ことを、『プロフェッショナル・イントルージョン(professional intrusion)』と呼び、刑法で定められており罰金が科される。

プロフェッショナル・イントルージョンに対する目は、どの分野においても大変厳しい。


医学、法学、工学、建築学、教育、芸術、音楽だけでなく、例えばうちのクラブでいうと、ジャーナリズムの学位を持たない人材は広報部長にはなれないし、メディアで記事を書くことも、ジャーナリストを名乗ることも許されない。

スポーツ界も同様で、スペインフットボール界においても、医学会でいうところの医師会にあたる「スペイン監督協会」が、こうした「イントルーダー(侵入者)」に目を光らせている。

これまでも「あの」ジダンが、スペイン監督協会によりプロフェッショナル・イントルージョン行為を指摘され、フランスに帰国し資格を取らざるを得なかったことはよく知られているし、最近では、同じくフェルナンド・トーレスも話題になっている。

【オートディダクト(Autodidact:独学者)】

ただ一方で、私は本田選手の視点を大変興味深く受け止めている。

それは、最近私が関心を持ち、読んだり調べたりしている概念「独学力」と通ずるものを感じたからである。

これまでは、学位、資格、ライセンスといった指標をもって、雇用におけるその人のコンピテンシー、スキル、能力などが測られてきたが、昨今EUでは、雇用促進などを目的に財源が確保され、ノンフォーマル教育(非正規な学習体系)を通じて習得した人材の能力を公式認定するプログラムが進められている。

私はこうした社会の動きに後押しされ、これまではレールに乗らないがために日の目を浴びないまま力を発揮できなかったような逸材や、異端児と呼ばれるような面白い人材が生まれ、新時代は社会に新たなイノベーションを起こすのではないかと期待している。

フットボール界においても、こうした事例を積極的に取り込むことで、多様性が増し、競争力を高め、さらに豊かなフットボール文化が醸成される気がするのだ。

「履歴書は立派だけどプロフェッショナルとして凡庸」といったケースは、恐らくフットボール界に限ったことではないだろう。

私をはじめ、スペイン指導者界ぐるりと周囲を見渡してみても、年々ライセンスホルダー(有資格者)は増える一方だが、学校で教科書通りに「きちんと」教わってきた優等生が多く、小奇麗にフットボールを語る指導者ばかりで、ちょっぴり退屈だ。

これは「ライセンス制度、賛成!反対!」といった議論ではなく、「どのような人材を求めるのか」という議論であって欲しい。

学習方法は人それぞれ多様であって良いと思うし、有資格者と独学者、それらが互いに対立するものではないと感じる。

学ぶことに大きな関心を持ち、調べ、読み、聞き、観察し、体験、研究、学習してきた独学者は、好奇心に基づきあらゆる形で学びにアクセスし習得する。

こうした独学者の認定プログラムが構築されれば、プロフェッショナル・イントルージョンとの区別もきちんとなされるであろうし、おもしろいフットボール指導者に出逢える気がしてワクワクするのは、私だけだろうか。