10年後の君へ。

まだ12歳の君には、きっと理解ができず、悲しくて悔しい思いをしているのではないかと、胸を痛めています。でも、君が大人になったとき、私たちが君の人生に誠実に向き合ったのだと、きっと分かってくれるでしょう。

スペインで開催された大会で、君のハイパフォーマンスにくぎ付けになったうちのスカウティングスタッフは、大会視察から帰社するなり、直行で私のデスクにやってきました。

「YURIKO,日本人で素晴らしい選手がいる!うちのU12で練習参加してもらえないか、彼の所属クラブと交渉したい」

交渉窓口を任された私は、君の移籍獲得を前提に異文化における生活環境への適応性を判断するため、君の所属クラブに2週間の練習参加をお願いしました。

君の成長のチャンスになるならと、快く諸手続きにも迅速に対応してくださった君のクラブには、心から感謝しています。

君と君の大好きなお母さんの渡航、滞在、傷害保険など大至急手配を進めました。

君を育ててくれたアカデミーにとって大事な選手をお預かりするのですから、何の心配もなく、安心安全に渡航して欲しい。滞在期間中も心地いい環境を提供したい。当然の思いです。

スカウティングスタッフと共にバルセロナ空港で君を迎えたあの夜。小さな小さな君は、満面の笑顔で出国ゲートから現れましたね。

こんなに小さな君を、もしかしたらこのままひとりスペインに残していかねばならない不安を押し隠して同伴された君のお母さん。気持ちを思うと、複雑です。

何だか分からないけれどスペインの人たちに呼ばれてやってきたのであろう君は、ただただワクワクが止まらない様子で、微笑ましい。

2週間の滞在期間中、君は選手寮に入り、お母さんは近くのホテルで過ごされました。

スペイン国内の精鋭たちとともに、言葉も分からないのに共同生活をすることは、決して簡単なことではないでしょう。

寮のスタッフも、スカウティング部のメンバーも、U12のコーチングスタッフも、皆が口をそろえて「あの子は最高だ!」「寮内で一番年下なのに、中学生年代のみんなが彼を取り囲んでワイワイやっている」「異文化への適応能力に全く心配無し!」そう嬉しそうに話していましたよ。

2週間はあっという間ですね。

レディーストップの監督とレディース本部の統括責任者を兼任、更にフットボール総務部の仕事に追われる私は、君の練習を観にいく時間すらありませんでした。ごめんね。

夕食を終えた君は、夜、練習している私たちのグラウンドに降りてきて、「佐伯さん、こんにちは!」と、無邪気な笑顔で大きくぶんぶん手を振ってくれましたね。

2週間の滞在もいよいよ終盤。スカウト部、育成部、U12コーチングスタッフ、寮のスタッフが合同会議を行い、正式に君の移籍獲得をクラブに申請しました。

しかし、フットボール総務部と役員間で協議した結果、外国籍である未成年の君をいま移籍させるわけにはいかない、との判断が下りました。

「他のクラブでは日本人や韓国人の選手がプレーしているのに、どうして僕はダメなの?」事情がよく理解できない君は、きっと悔しく悲しい思いをしているに違いありません。

世界ではいま、未成年の外国籍選手に関する移籍が問題となっていて、クラブは厳しい調査を受けています。

 

実際すでにこの規制にひっかかり、選手登録できぬまま伸び悩み苦しんでいる選手もいます。彼のケースは調停といって裁判にもかけていますが、見通しは立っていません。

おそらく、他のクラブでいまプレーできている外国籍選手の子どもたちも、それを禁じられるのは時間の問題です。

まだ12歳の君を親元から離すということの意味を、責任をもって重くとらえているからこそ、選手登録の確約ができない現状、君を移籍させることはできないのです。例え、どんなに欲しい選手であったとしても。

私たちが責任をもって君の成長サポートができないのであれば、ここは君が育つ環境ではないと。君の成長と幸せを望むとは、そういうことなんです。

いまは難しくて分からないかもしれないけれど、きっと分かってくれる日が来ると信じています。

これから中学生となり、高校生となる君。

10年後、大人になった君は、いったい何処で何をしているのだろう?

サッカーは続けているかな?

できれば、いつまでもサッカーが大好きでたまらない君でいて欲しい。

10年後の君に会いたい。

立派になっているであろう君の姿が見たい。

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2022年2月1日。10年後の君に会えました。

2年前、私はクラブを離れJリーグに移籍。その任期終了とほぼ入れ替わりのタイミングで、“10年後の君”は、Jリーグにやってきた。

人生はめぐりめぐるものですね。

いま、22歳になった君・・いえあなたは、Jリーガーとして羽ばたこうとしています。

あれから、川崎フロンターレアカデミーでU18まで順調に育ったあなたは、順天堂大学に進学しサッカーを続け、そしてついに「プロになる」という夢が、Jリーグで実現します。

おめでとう。心からおめでとう。本当に嬉しい。

「あの時あのまま、ビジャレアルのアカデミーで育っていたら、今ごろ自分はどうなったんだろう?」 そう想像することもあるかもしれません。

だけど、川崎F アカデミーと順天堂大学で大切に育てて頂いたあなたは、間違いなく最良の道を辿ってきたのです。

人生は何が起きるか分からない。だから素晴らしい。

チームの先輩方から沢山のことを学んでください。

あなたの「活躍」ではなく、あなたがあの頃のように、楽しそうにサッカーをする姿を見に行きますね。

近いうち、必ず。

テゲバジャーロ宮崎、背番号17、小川真輝。応援します!