今日は「スペインの女子サッカーが近年これだけの成長を遂げたのは何故なのか?」を、時系列で振り返りながら、今後の日本女子サッカーの発展を考えてみたい。

 

 まずは、世界の動向、社会の変化、そしてスペインという国の発展の軌跡から遡ってみよう。

 

1948年 【世界人権宣言採択(国連総会)】

 外務省のサイトによると、<世界人権宣言は、人権および自由を尊重し確保するために、「すべての人民とすべての国とが達成すべき共通の基準」を宣言したものであり、人権の歴史において重要な地位を占めている>とある。

 

1986年 【スペインEU加盟】

 1986年、スペインはEUに加盟。以降、EU指令のもと、ヨーロッパ先進国のスタンダードに追いつくべく、欧州憲法条約の国内化を様々な分野で積極的に取り組んできた。

 これまでスペインは、欧州の中で色々な面で「遅れている国」といった見られ方がどうしてもあったし、特に「人権問題」や「意識レベル」(古くからの根強い男尊女卑など)で汚名挽回し、本当の意味での先進国入りを果たしたかったのだろうと察する。

 

1994年 【ブライトン宣言】

 1994年イギリスのブライトンで開催された「世界女性スポーツ国際会議」でブライトン宣言が採択される。これは、スポーツ界における責任を持つ各機関が、国連憲章、世界人権宣言、平等条項の厳守を保証するため、政府および企業に最大の努力を呼びかけたもの。

 

2007年 【実践的男女平等法】

 スペインでは、こうした法律、政令、条約等を公布する際、BOEとよばれるスペイン官報を発行するが、2007年には「実践的男女平等法」なるものが制定。 < Ley Orgánica 3/2007, de 22 de marzo, para la igualdad efectiva de mujeres y hombres >

 この法律は、政界(政党候補者数)、経済界(企業における役員数)においても、占める女性の割合を設定するなど具体的な指標も含む。

 実際、今月半ば(2020年1月)に誕生したスペイン新内閣の閣僚人事においてもメンバー23名中11名が女性であるなど、まさに国をあげて「実践的」な男女平等に取り組む様子がうかがえる。

 

2008年 【平等省新設】

 また翌2008年には「平等省」が新設。

 ただ、そこまで国が取り組んでも「国民レベル、社会レベル、実際の生活の中で、一体どこまで現実的に平等がはかられているか」というと、期待されたスピード感では物事が進んでいなかったのだと思われる。

 

2009年 【スポーツ界における男女平等と女性の参加マニフェスト】

 そこでスペインは、「平等省」から「教育・文化・スポーツ省」を通じ、スポーツ界における「男女平等」を「機会均等」と「平等な扱い」という2つの枠組みから徹底的に推進することを試みる。

 実際、2009年に教育・文化・スポーツ省の機関であるスペイン・スポーツ評議会から発行された「スポーツ界における男女平等と女性の参加マニフェスト」には、「ブライトン宣言」を実行・実現すべく声明が示されている。

 

2015年 【Woman’s Universeプログラム発表】

 スペイン・スポーツ評議会が「Woman’s Universe」プログラムを発表。 このプログラムは、理念に賛同し支援してくれる企業に対し税制上の優遇措置をとるという政策。

 このプログラムは政府の助成金制度なので、企業からの支援は、公益スポーツ団体がスペイン・スポーツ評議会に対し助成金申請をおこない、各目的別に分配されるという仕組み。

 

2015年 【女子サッカークラブ連盟発足】

 この政策を受け、ラ・リーガは女子サッカー界に光明が差したと希望を抱くが、公益団体として正式にアクションを起こすことができる唯一の機関であるスペイン・サッカー協会に当時動きは一切なく、ラ・リーガはこの大きなチャンスを逃してしまうと強く懸念。

 組織形態上、ラ・リーガは公式に女子をサポートできないため、スペイン全国の女子クラブ代表者をマドリードに緊急招集し「女子サッカークラブ連盟」設立を促す。

 同連盟設立にあたってはラ・リーガが法務そして税務面からも全面的にサポート。同時に水面下で「Woman’s Universe」プログラムに賛同してくれる企業探しにも多大な尽力があった。

 

2016年 【Woman’s Universeプログラム賛同企業第一号誕生】

 「Woman’s Universe」プログラムに賛同する企業第一号となる、スペイン大手電力会社イベルドローラ(IBERDROLA)社が、2016年から2018年まで女子スポーツのサポートを表明。初年度は女子サッカーに4.1 millユーロの資金提供をおこう。ちなみにサッカーの他、ラグビー、新体操、トライアスロン、ハンドボール、陸上といった女性スポーツにも多額の助成金を提供。

 

2018年 【女性とスポーツ】

 その後、スポーツ評議会が「女性とスポーツ」という新たなプログラムを打ち出し、スペイン・サッカー協会も同プログラムに賛同、調印。

 

2019年 【第2弾Woman’s Universeプログラム施行】

 2016年以降、イベルドローラ社の女性スポーツへのサポートは年々広がりをみせ、サッカー、ラグビー、新体操、トライアスロン、ハンドボール、陸上の他、現在では、ボクシング、ホッケー、アイスホッケー、空手、カヌー、卓球、サーフィン、バレーボール、バドミントン、フェンシングといった競技にまで及んでいる。現在は、第2弾となるWoman’s Universe(2019~2021年)が施行中。

 

 こうして今に至る。

 

 私も28年前から、この国の変化を目の当たりにしてきたが、特に社会政策である「男女共同参画社会形成」において、国民の意識が大きく変化していったことを強く実感している。

 

 1992年私がこの国に来た当時は、親に嘘をつき隠れて(家を抜け出して)サッカーチームの練習に来ている女子選手がいたような、まだそんな時代であった。信じられないような本当の話である。

 

 「人は言動が変われば思考も変わる」。この国の変化をみていると、本当にそう実感する。

 

 スペインで「フットボール」がもつ影響力を分かりやすく伝えたいときに、私は「政治」「経済」「フットボール」を並べてみるのだが、それくらいスペインにおけるフットボールの社会的ステータスや影響力は大きい。

 

 こうした、フットボールのパワーバランスは、日本人である私たちにはなかなか「感覚」として理解ができないし、うまく説明もできないけれど、「政界」と「財界」が手を取り合って協力しようとするくらい「フットボール」の社会的地位は高い。

 

 政府の「男女平等」という政策をスポーツを通じて実践しようとする強い意志も見て取れるし、その裏に税制上の「かなりの」優遇措置があるにせよ、企業も賛同し全面的なサポートを提供している。

 

 また、こうした助成金関連の文書には、「世界人権宣言」「実践的男女平等法」の文言が随所に見られる。

 

 「スペインの女子サッカーは急成長していて凄い」とただ感心するのではなく、スペインではこうして「政府」「企業」「スポーツ機関」といった「社会全体」で女性スポーツをサポートしていることや、そしてその根底に「男女共同参画社会の実現」という大きな社会的ミッションがある、という背景を知っておくといいと思う。

 

 2021年の日本女子サッカー・プロリーグ発足にむけ、また今後の女子サッカー発展のために、日本でもこうした「社会全体」によるサポート体制を提供できれば素晴らしいだろう。