2018年から私も特任理事としてお世話になっている、Jリーグの村井チェアーマンが、今年の新人研修で素晴らしい祝辞を述べられていたので、一部ここにご紹介したい。

 

「サッカー選手は個人事業主であり、経営者である」ということ。また「自分で自分を経営し、自分という商品の価値をどのように高めていくのか」それが重要であること。「サッカー選手には無限の可能性が開かれている一方で、不安定な職業でもある」、まさに仰るとおり。

 

フランスで行われているFIFA女子ワールドカップも盛り上がりをみせ、欧州各国の女子サッカーの急激な成長に世界中が驚いている。そうして多くの情報が飛び交う中、何となく、海外の女子選手がいまやみな「プロ選手」であるかのように思われているようなので、ちょっと違うかも、というお話を今日はしたい。

 

まず、「プロ」の定義が微妙で、FIFAも「選手がプレーヤーとして得る報酬が、生活費を充分にカバーしていること」というような、これまた何とも微妙な説明をしている。もちろん、選手だけでなく、監督をはじめとするコーチングスタッフにも同じことが言える。

 

スペインでは、サッカー選手の場合、個人事業主なので、「ふつう」の仕事(サラリーマン)に就くのと比較して、その3倍を目安に年収設定しなければならない、と一般的に言われる。

 

それぞれの国の通貨事情や物価など背景は違うにせよ、分かりやすく日本のサラリーマンの平均年収を400万円だと仮定すると、個人事業主であるサッカー選手は、その31200万円を得て「平均値」ということになる。

 

少なくともスペイン女子リーグで、個人事業主としてサラリーマンの3倍は得ていないければならないとした場合、月に100万円相応の報酬を得ている選手はまずいない。

 

では何故いま、彼女たちのことを「プロ」と呼ぶのか。

 

おそらくひとつは、契約形態が「プロ」になった選手が増えたことが理由だと思う。スペインでは「Pライセンス」と俗にいうが、要は協会登録の際に「アマチュア登録」をするのか、「プロ登録」をするのかで、付帯する拘束年数や条件またスポーツ障害の保証など、詳しいことは割愛するが、いくつか条件が変わってくる。また、Pライセンス登録することで、クラブが負担する経費はもちろん増す。

 

ただし女子においては、現在も選手の労働基準における条件交渉が座礁していて、1部リーグの3クラブ(ベティス、ラージョ・バジェカーノ、バレンシア)が選手会との合意サインをいまもなお渋っている。合意に達さなければ、9月7-8日の開幕戦はストライキを起こすと選手会は発表。

 

選手会がクラブ側に求めているのは、女子選手の最低年俸を20.000ユーロとすることや、出産・育児を含めた福利厚生の整備など。

 

選手は、Pライセンスで登録してもらえるようになっても、相応の給与が出ているとは限らない。いやむしろガソリン代程度しか出ていないのが実情だろう。

 

スペインが5年前に取り組んだ女子の「プロ化」は、あくまで「女子リーグのプロフェッショナル化」であり、「女子選手のプロフェショナル契約の推進」ではない。

 

リーグのプロフェッショナル化については、第1回会議から、組織および環境整備といった具体的な改善案に過ぎず、選手や指導者の契約形態をプロにし個人事業主として「十分な給与」を得られる条件提示をする、という意味ではない、という姿勢を私たち各クラブの責任者は明確に確認し合った。

 

なので、スペインではPライセンス登録していても、その多くが二足の草鞋で、大学生プレーヤーなども普通にたくさんいる。

 

Jリーグ発足当時、カズ(三浦知良)選手だったか、ラモス瑠偉氏だったか、記憶は定かでないが、「サッカー選手のステータスを上げること」が何よりも大事だ、といったようなコメントをされていた。

 

正直、私は現場畑なので、これまでスポーツ・マーケティングという分野に疎く、心のどこかであまり信じてない部分があった。

 

しかし、まさに「アスリートのステータスを上げる」ことが競技力アップに直結するという事実を、スペイン女子サッカーがここ5年で劇的な成長を遂げたのを目の当たりにし、スポーツ・マーケティングの重要性を痛感している。

 

マーケ力が競技力アップに多大なる影響をあたえたスペイン女子サッカー界。たぶん、イタリア、ポルトガル、イングランド、オランダなどの欧州他国もそういうムーブメントに乗った成果が少なからず出ている気がする。もちろん、それだけではないだろうが。

 

「額縁しだいで絵が変わる」と言われるように、スペイン女子サッカーの「いま」と「むかし」で何が変わったのか?と聞かれれば、「額縁」くらいしか違いが見当たらない。

 

サッカーにおける「額縁」を「マーケティング力」、「絵」を「競技力」だとすると、むか~し、本当に30年も前からスペインには素晴らしい選手がいたし、信じられないほど素晴らしいチームもあった。ただ彼女たちには、ビッグクラブからの支援も(当時の女子チームはいずれも独立した女子サッカークラブだった)、立派な芝のピッチも、何万人も入るスタジアムも、サイン会やCMなど、マーケティングのマの字もなかった。

 

現在の女子選手の環境はこうした点が劇的に変化し、選手それぞれが良い意味で「なりきっている」。まさに、その「私たち、いけてる?!」という感情的な起点の変化こそが、彼女たちのプレーやパフォーマンスに最高の形で好影響を与えている、と私はみている。

 

女子選手のプロ化についての議論は、「プロ」の定義が人それぞれの解釈に委ねられている部分も多く微妙なこと。また、雇う側=クラブからすると、実質それだけの回収率は女子部にはないため、一概に結論を出すのは難しい。

 

ひとまず、なでしこジャパン1次リーグ突破おめでとうございます。