屯所の廊下を少し軽い足取りで進む。
さっき若い隊士から彼女が来ている事を知らされた。
京の女性とは違う。江戸の女性だというけどでもどこか違う。誰にでも清らかな花のような笑顔を向けるあの人。
門の前まできて、着物の袖が目に入った。男所帯の場所で、綺麗な着物はすぐに目につく。
「○○さっ……」
呼ぶうとした名前はそこで止まる。
幸せそうに頬を染める彼女の前には、『鬼』の顔を忘れ優しい目の土方さんが立っていたから……。
貴方が優しく見つめる視線の
先では細い肩をしている
彼女が優しく幸せそうな顔で
笑いながら頷いてた
何かが大きな音を立てながら
崩れて行ったような気がしたんだけど
身動き出来ず ただ立ち尽くしてただけ
どうして私じゃないのって 滑稽でくだらない
問いかけなんてしないけど
私が見た事無いような アナタがそこにはいて
ただ ただ 遠くに感じたの
こんな気持ちいったい 何て言ったらいい
知ってました。えぇ、知ってましたよ。
貴女と土方さんが懇意に想い合っていることなんて……
私だってそこまで子供じゃない。
でも……
土方さんの前であんなに愛らしく頬を染める彼女も、
彼女の前では優しい男の顔した土方さんも……
……なんだろう……?上手く言えないけど何か嫌だった……。
ふと彼女が背中から出した何か受け取った土方さんが、高い身長をかがめ、彼女に顔を近づける。
大好きな二人の顔が重なった。
カノジョニ・・・クチヅケタ・・・
ずきっ!!
胸の奥が痛んだ。今までどんな辛い稽古をしても、味わった事など無い痛み。
私は彼らに気づかれないように、そっとその場を離れた。
姿が見えなくなった所で壁にもたれ、大きく息を吐く。
(いつから……私はこんなに……)
いつからあなたにこんなに惹かれていたのなんて
今頃気付いたフリして
見え透いた嘘とかついて誤魔化してみたんだけど
ただただ余計虚しくて
その後、部屋にいた土方さんに素知らぬ振りして話しかけた。
彼女からもらった懐中時計を愛おしむように見る彼は、長い付き合いの中でも見た事のないほど、優しい目をしていた。
不思議な気持ちだった。
兄のように慕っていた素敵な人が、心を許す相手が出来て喜ばしい気持ちと
自分が……恐らく初めてであろう、心から好きになった人に自分を見てもらえない、淋しい気持ちと……
土方さんの部屋を出た足で、道場に向かう。
途中合った見習い隊士を捕まえて、「稽古だ!」っと無理矢理引きづっていく。
この痛みには少々時間が必要だなと思った。
こんな気持ちをきっと恋だって言うのね
イラスト:ニコ★様