「つらいときや悲しいときには、
泣いてもいいんだよ」
って言ったりしたことありませんか??
私自身、そう思っているし、
子どもにも伝えているんですが、
なぜか子どもたちが泣いたりすると
ものすごくイライラすることがよくあって
『え!?私言ってることと矛盾してない!?
自分が何にイライラしているんだろう?』
って考えていたからでしょうか。
先日、突然思い出したんですよね。
中学時代のことを…
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何かの行事で、指揮だったか
プラカード?だったか、何かの役目に
私が推薦されたんですが…
ものすごく嫌だったんです!!
今思えばありがたい役目だと思うんですが、
人前に立ちたくなかったのか…
そこで中学生の私は、確か机に
つっぷして泣き出し、誰か他の人がやる
ことになりました。
その後、気まずいやら、いつ顔をあげたら
いいのかわからないやら…
さらに、推薦してくれた友人との関係も
ギクシャクして、微妙な雰囲気に。
今後会うことはないかもしれないけど、
さっちゃん、今さらながらごめーんっ
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…そんな感じのことを思い出したら、
『嫌なことがあったとき、
泣いて周りになんとかしてもらう』
ことに対して、恥ずかしい、嫌だ、という
想いを持っていたことに気づきまして。
自分の気持ちの余裕具合にもよりますが、
例えば、娘が宿題が分からないーって
泣いているのを見てイライラしているのも、
『やらなければならないのに、
泣いたらママに教えてもらえると
思っているんじゃないの?』
って私思っているかも。
そう気づいたら、娘はただただ
わからないことが悲しかったり、
眠かったり、やりたくなくて
泣いているだけかもしれないのに
決めつけていたなぁと。
さらに、私がそういう経験をしたからといって、
同じ状況になっても、子どもはそう感じないかもしれない。
私自身、泣いたらよくない!っていう
思い込みに気づいたら、
別に泣いてもいいのかも、って思えたり。
ちなみに、娘にその話をしたら、娘も
私自身の問題だと知って、笑いながらも
少し安心したようでした
そのイライラ
自分の持っている思い込みに気づくと、
手放せることがあるかもしれません
コーチングに出会って、
無意識だった部分に気づく機会が増えました。
とはいえ、イライラが全くなくなるわけではないんです
ただ、イライラしているんだなって
客観的に感じられるようになったことで、
何にイライラしているのかを
考えるようになりました。
ちょっとだけ、自分のことを
考える時間を持ってみませんか?
一人では気づかないことも、話している
うちに自分の気持ちに気づくことも
ありますよ