昨日の続き。私たちが私たち自身のためにできること、について考えてみました。

その2
■情報を全部取り入れようとしないこと■

今、本当に情報は錯そうしています。
真実自体も、明らかになっていることも、どんどん変わっています。
またネットを見ているといろんな方の憶測や意見もどんどん流れてきます。

共感するために、あるいは安心するために、情報を入手していたはずなのに
それが反感や不安ばかりになるなら、もう見なくてもいいかもしれません。


ネットを見ていると、さまざまな情報が流れてきます。
でも、次々にそれが一面的であったことが分かります。

例えば、ある政治家が許されまじき暴言を吐いたと報道がある。
しかしつぶさに見ていると、その会見にいた新聞記者が前後をはしょったために
誤解される表現になっていたという記述があった。

スーパーのインスタント食品やトイレットペーパーの棚が空になり、
人々が買い占めをしたという報道がなされ、また目にしている。
しかしある人の話では、スーパーの店員さんに尋ねると、
被災地に送るためにそもそも棚に出していないのだと言われたそうだ。
あるいは、8人家族の人が、トイレットペーパーや食品を買っていたら
レジで「買い占めするな、思いやりがないのかよ」後ろの人に言われ、
その方をよく知る店の人が「家族が多いといつも大変ですよね」と
助け船を出してくれたという。

品川駅にスーツケースを持った人がたくさんいたのを見て
どうして東京から逃げるの、ここで一緒に頑張れないの、と言った人がいた。
でも彼らは出張かもしれないしボランティアに行くのかもしれない。

人が実際に見たという情報でさえ、ある面から見れば是であり、ある面から見れば否であり
絶対的な真実なんてどこにもない。まして状況は刻々と変化している。
物事には事情があり、考えがあり、答えはひとつじゃない。

だれだって悪意でそんなことは言っていないし、きっとみんなに真実を
知ってほしいと思って、正義感でやっているのだと思う。
だけど、だから言葉がどんどん強くなって、時にそれは刃物のようになる。

だから、一つの見方に偏らないために、いろんな情報を知ることは大事だし、
自分なりの意見を持つことも大事だけれど、
いつもいつも、全部見る必要はないし、全部に意見を持つ必要もないと思います。
静観していろんな意見や情報をただ聞くことも大事。
一度シャットアウトして、何も聞かない方法だってある。

どの道本当に危険になったら、無理に見聞きしなくたって
自然に誰かが教えてくれるでしょう。

ちなみに地域の情報はメールで直接入手することができたりします。
例えば目黒区。
https://reg23.smp.ne.jp/regist/is?SMPFORM=na-mgt-efcfd3980898e7f8a836f67ef1cc3b17
計画停電などの情報もメールで直接届きます。
都や東京電力などもそういったサービスをしているかもしれません。
どうしても必要な正しい情報は、情報発信元から直接もらうのがよいかもしれません。



話がそれるけれど、情報や意見を「受ける」側でなく「発信する」側の立場として。
多くの人は今、口コミやネットへの書き込みも含めて、
情報を受ける側と発信する側、両方になりえる状況だと思います。
そんなとき、最近私がツイッターでみて、心したいと思った言葉があります。

「正しさ」は、人を追い詰める。「温かさ」は、人を成長させる。

「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい、
正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと、気付いているほうがいい。」

これが正しい、と思っているとき、人は正義感が何よりも優先して
聞き手に対する思いやりが欠けてしまうことがある。
個人が傷つくことよりも、正しさが最優先すると思いこんでしまうことがある。
いわゆる「義憤に駆られて」という状態になっているとき、
本当に「駆られて」しまい、我を失っている。
でも、だからこそ、正義は、危険だし怖い。
どの国の戦争だって、自国なりの正義、正論から始まっていることがほとんどだと思う。
そのくらい、正義は絶対的な力をもつし、人をねじ伏せてしまうことがある。
だから、正しいと思っているときほど、繊細な気持ちを持たなくてはいけない。
このことは、いつも思い出さなくては、と思っています。

誰かの言葉が批判や非難の色が濃くなり、きつくなってしまっているときも、
耳を半分とじて「あ、この人は今正義に取り憑かれてしまっているんだ」と
すぐに反応せずに、少し待ったほうがいいかもしれません。
その人の意見だって、新しい見方や情報を得て、また変わるかもしれないし。
今は、言っている人も、聞いている人も、いつもみたいに冷静じゃない。
平常心じゃないし、不安だし、興奮しているし、情報はころころ変わっている。
だから、全部が全部を真正面から受け止める必要はないし、
誰かが何か言ったからと言って、
今はその人の全人格を否定的に見たりもしないようにしましょう。



ああ。また長くなってしまったので…。続きはまた明日。
今日は、情報を全部無理して飲みこんで咀嚼しなくっていいんだよ、というところまで。
消化不良起こして吐いちゃうくらいなら、食べられる量だけ、食べよう。
このブログも、片耳で読んでくださいね。