そこで思いついたのが“売れないMD”でした
少し前のファッション界のタブロイド紙「WWD」のコラム連載で、
サザビーリーグの三根弘毅さんが書いた言葉です。
伊勢丹のバイヤーをしていたころ、
お客さんがまるで入らなかったそう。
そこで、
誰も買わないような高いものや奇抜なものをたくさん買い付け、
それをディスプレイしていったところ、
面白いようにお客さんが入りだしたそうです。
お客さんが実際に買うのは、
もっとベーシックな、あるいは安価なアイテム。
だから上司は“あいつは売れないものばかり仕入れる”と言います。
けれど結果的に、売れるものの売り上げをあげてくれたのは
おそらく、ほかでもない「売れないもの」のだったのです。
私はずっと広告や雑誌の仕事をしてきましたが、
カタログで売り上げがよかったページや、
読者アンケートで1位になったページばかり作っていたら
確実に商品は売れなくなるし、その雑誌も売れなくなります。
このメーカーの作る商品だから、この雑誌の薦める商品だから…。
そんな信頼や、仲間意識や、優越感があるからこそ、
その商品に価値が宿っていくのだと思います。
私は「原価」という言葉があまり好きではありません。
材料費を取り沙汰して、暴利だなどという人がいますが
その商品ができるまでのアイデア、試作、広告コピー、
売れなかったけれどその会社の知名度を挙げた奇抜な別の商品、
それらが豊かな環境で生み出されるための福利厚生まで
全部あるからこそ、
私達はその商品と出会うことができ、恋することができ、
いつまでもいつくしむことができるのではないでしょうか。
実は人間関係でも、同じことが言えると思います。
損だとか得だとか、
あの人は何をしてくれるからつき合っておこうとか
そんな打算で人と接していたら、
打算の取引の範囲を超える素敵なことは起こらないでしょう。
それよりも、何の得にもならなくても
自分にできることがあれば力を貸す。
泣いている人がいれば夜通し一緒に飲み明かす。
知っている情報は惜しみなく提供する。
頼まれた仕事は頼まれた以上の手間をかける。
コストパフォーマンスの悪い生き方をしてみよう。
無駄を恐れるのをやめてみよう。
とんでもないことが、起こるかもしれないよ。