6巻の後5巻だなんて、順番が逆になりました。。。

 

いつも書きますがネタバレ苦手な方は避けるように!

 

 

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①ジョシュアとシャルロットの共同戦線

 

58p

「本当に申し訳ありませんが、私のことはどう処分されても構いませんからあの方には礼儀を尽くしてくださればと思います。このような待遇を受ける方ではありません」

少佐が下級の者の中尉を『あの方』と呼ぶことに気付いたシャルロットの眉が少し動いた。コレートの方を振り向いたけど彼女も首を振った。誰だか解らないという意味だ。
中尉が気まずそうに笑った。

「そこまでの待遇はしないでくれても大丈夫ですが。。。椅子に座っても?」

また目が合った。シャルロットは相手のことをこれでもかというばかりに見つめてから、椅子の方を顎で指した。
中尉はゆっくり起きて帽子を拾ってから、倒れた椅子を立て直してそこに座った。シャルロットは相変わらず立っているままだった。動いても良いと許可した理由だろう。そんなことを知るのかいなか、中尉は緊張した空気もなく天真な笑みを浮かべたまま手をあげて包帯を解いた。
一重一重、顔の半分を隠していた包帯が外されるとその中には傷も凝血もなかった。ただ綺麗な目と、驚くほど整った顔だけがあった。偶然にでも会ってみたら忘れることはできない、その理由で隠すしかなかったかもしれないような顔だった。

「お前は誰だ」

静かな黒い目がシャルロットの、同じく黒い目と合った。少し頭を下げてから上げる。

「王立ブルーボン連隊の連隊長、ジョシュア・フォン・アル二厶と申します」


65p

「怪我してるなら医者を呼ぶ方が良いのではないか」

シャルロットの言葉にベルゲンが首を振った。

「大丈夫です。これくらいは耐えられます。覚悟した結果でもありますから。実のところ、ここまで予想しなかったんですが。。。オルランヌで一番鋭い劍というエトワ─ルの実力を私が甘く見ていたようです」
「私は正式のエトワ─ルではない」

一見謙譲と聞こえるけど、続いた言葉は違った。

「だから私を知ったからって、他のエトワ─ルを知ったつもりであるなら考えを直し給え」

ベルゲン少佐は身を起こそうとした。そうする状況だった。だがシャルロットが首を振りながらそのまま居ろと手を振るった。少佐は座ったまま頭を下げて見せながら言った。

「心に銘じます、輦下」


68p

「私が普通の少女であったらベルゲン少佐の拳に顎が砕けたでしょう。もちろん卿は私がエトワールの訓練を受けたのを知っているからこのような計略を立てたのでしょう。ならばなおさら私が誰なのかを解っていながらも、部下にこの顔を殴るように命令したという意味になります。ただ私が自ら自分を明かすようにするため、私の身分を知った上で私を攻撃すること、それはすなわち大公国を敵対する所作であることを、小公爵である卿が解らないはずもありません」

大公国の公女として、本国の威厳のためにはただで見過ごせないところでありながら同時に機先制圧の意図もあるとジョシュアも解った。だが謝罪以外の選択はない。今回のカードは公女の方が有為だ。たとえ正式な外教の場ではなくても、アノマラドの貴族であり王立ブルーボン連隊の連隊長である自分が公女にする全ての行為はすなわち大公国に対する親和、外教、敵対行為であるので。
ジョシュアは言い訳を吐かず、すぐ起き上がって身をかがめながら言った。

「大公国の公女輦下にそのような真似をして許されたのは誠に寛大に見てくださったからとよく知っています。あらためて心から謝ります」
「受け入れます。でも二度と危ない真似はしないようにして下さい」


90p

上流社会に生まれ育つという事実は個人の人間的特徴を覆い尽くしてしまうほどに強力で、殆んど一生変わることはない。シャルロットはその一員でありながら同時に餌でもあったので、中でも外でも彼らを見抜けるように努力した。立ち向かわなくてはならないから。平民たちは白紙の状態で対することが出来るが、貴族たちは白い肌の向こう側の血管まで頭の中に浮かぶ存在であった。その血管の中には黄金も流れるし汚物も流れる。
だが小公爵はそのような生まれの者たちが絶対しないような真似をいくつもした。身分の低い者と装って演じたし、顔を包帯などで隠したし、自分をカーペットに突っ込んだ相手を許したし。。。他国の公女に頭を下げて謝罪した。そうした後も押さえた怒りが漏てしまう顔でではなく、落ち着いて柔軟に自分と話し合っている。友だちだから、それ以外にこの全てを忍耐する理由はないだろうか。

「私の言葉が本気か思っていらっしゃるようです」

時には心を読むような男だ。さっきよりは緩んだ視線が二人の間を往来した。

「そうなるしかないんですね」
「わかります。でもアノマラドは独特な経験をした国ですし、僕にもその頃は変わった頃でした。輦下のお考えに言葉をつけると、僕とマキシミンは10歳頃から友だちで過ごした間です。会って三日ぶりにマキシミンは僕の命を助けてくれました」

そう言うジョシュアの唇が微かな笑みを帯びた。シャルロットはその微笑みが今までのものとどこか違うことに気が付いた。過ぎてしまった良い日を目の前に描いているときだけ浮かぶ微笑みだった。その笑みが自分の記憶も共に探り出してしまったので、シャルロットは思わず言った。

「人助けが得意ですね、彼は」
「そうです。そんな人です。私がお世話になりました。一緒に過ごしている間に輦下もマキシミンのことを少しは知ったかと思います。もちろん彼が失礼なことも言ったはずです。もし機嫌を損なうようなことがあったら代りに詫びたいところです」
「そのようなことは。。。」

何気なく答えようとしたのに、ふと心の中で何かが飛び上がった。重いものでようやく押されていた浮標が大波に流されたように。

「とんでもない失礼を犯しました」

ジョシュアの顔に驚きと心配が同時に表れた。

「どういうことですか」
「。。。消えてしまった」