母が空になってから父は、ぼーとした感じで、、、けど、ある朝、ゆららから帰って玄関に入る所に、父とどまって、私が車庫に車を止めて玄関に来るのを待ってました。そして、アレごらん!って「花、買って植えてみたよ」


最初はコレでした⤴︎


またその後、時折、玄関で私を待ち、

ホレ!



だんだん、増えていきました〜








写真撮って、さっちんやタンにも送るわ!

って言ってのに、

弟は1/30日、約束通り、月一の帰省をしてきたので、直に、やはり父に見てん!って言われたのでしょう。知ってました〜


お店でお花を買って植えて、明るくしようと試みるなんて、気力が湧いて来たことが喜ばしいです!


気力といえば、もうひとつあります。父、牡蠣が好きなのですが、自ら牡蠣飯を作る気になったんです。

最初はご飯が硬くなってしまって旨うないけん、牡蠣を入れてみたらどうかと思って買って来たって言ってました。

炊飯器で炊く時の水の量がたまに多すぎるようです。一口食べてみたら水分が足りなくて硬いのではなく、多すぎて固まってるって感じでした。

炊いてあるお米だから、牡蠣を入れたチャーハンみたいにするのかと思ったら、牡蠣をフライパンで焼いたのをご飯の中に放り込んだようでした。

うまないけど、まあ食べれるわ、って言ってました。

そんなこと、あったので、たまに鯛めしや鶏の炊き込みご飯を父に作って持って来てるんですが、

今度は牡蠣飯を作って持って行こうって思って、持って行ったら食べてくれてましたが、

空になったお鍋を(私んちの鍋で牡蠣飯作って持ってったので)持って帰った翌日も、父、自分でまた牡蠣飯作ろう思うてって牡蠣を買って来てました。

鰻丼の時もそうですが、一度食べ出したら、飽きずに何度も同じものを食べる父なのでした。

びっくりです。

けど、今度も水の加減に失敗したらしく、おかしいーというのです。お米がかたい、って。

仕方ない、ご飯だけお茶碗に取って水入れて電子レンジにかけ出して、

何をしてるかと思えばそんなことはじめてましたが、

あちち!上手くいかんな!こりゃダメじゃ!

捨てよ!

なんて言い出すのですが

炊飯器の中には牡蠣もあって、また二度炊きする?ってことで、私、また炊飯のスイッチ入れちゃいました。牡蠣に火が通りすぎるけどこの際仕方ないよ。

普通醤油で味付けすると思うのに、父の炊飯器の中のご飯は真っ白でした。


父にもできやすい簡単レシピの動画を見つけたので、今度は一緒に家でそれをやってみたらどうかと思ってます。私が作って持って行ったものは、食べてくれてますが、自分で作って食べてみたいようなので。


父は子供の頃、近所の人が漁師で牡蠣をもらってて、お母さんが牡蠣飯をよく作ってくれて食べてたそうなんですよね。


子どもの頃の話しが出ると、根掘り葉掘り聞くことにしてます。

車でコミセンプール行く時など道路では、母とこの病院にもワクチン受けによう行ったなぁーなどと口にしますが、時々、ほんとに?って思う妄想の想いで話しが出て来ます。


西病院という場所にワクチンは受けに行ったことは確かだけど、そこに母が入院したことなんてないはずなんですが、前に入院もしたこと、あったのおーと懐かしむんですよ。いろんなこと、あったがって。

西病院に入院したこと、あるのは、私なんですけど、高校生の時なんですけど。


他にも、前に、入浴させてもらって夕食を食べて帰るという午後半日デーに母が通ってた場所が近所にあるのですが、そこは不況で立ち行かなくなって、閉められたので、母は他のお昼ご飯と入浴サービスの半日デーに移ったのです。

なのに、そこがまだやってて、車がいつも3台停まっとる。あそこのお風呂、わしも入ったことあるが〜って話すんですよ。

利用者は母で、家族もお風呂体験ってある??

謎です。

その施設は本店の方も、もう売りに出されてるから、近所のそこはとおにやってないはずなんですが…

朝、ウォーキングでその前を通る父は、管理者がかわっただけでやりよるんじゃろって言ってます。


確かな想い出話も聞きます。

認知症で歩きも弱くなって来た時期でも、時折、母はひとりで、家の前を一周してくる時があって、父はこっそり、のぞいてたらしく、

父が外に出て、母を見てるのに気づいた母がわざともの影に隠れたりして、茶目っ気ぶりを発揮してた想い出話しなどは、母の性格を思うと目に浮かぶようです。


私と母で散歩して来て家の近くで、買い物から帰ってくる自転車の父を、遠くでもいち早く見つけた母が、立ち止まって、

「アレ、とうちゃんかね?」

って、よく言ってたものです。そうして目を大きくして嬉しそうな笑顔で父を迎えてました。


東京へ単身赴任中の弟ですが、月一で実家に帰省してくれて、今回は元旦も居たけどまた30日、31日と2/1日と父と過ごしてくれました。

今回は帰りは夕方の飛行機にしたというので、

二日続けてお墓参り〜ゆらら♨️に3人で行ったよ。いつも、父の替えの下着やタオルについてハテナ?な時があったので、弟に聞いたら、忘れとる時もあるんかもしれん。ふかんときもあるんかもしれん。同じの履きよるときもあるかも、って。

やはり、お風呂やプールの更衣室は男女別だから、わからないから、弟が一緒にいてくれる時はありがたいわ。


ゆららの回数券は私がいつも渡してるから、父は財布は持たず、風呂の籠だけ持って行ってたのが、今回、ミニ財布を持って来ていてコインを取り出してオロナミンC買おうと言い出した。

せっかく考えついて持ってきてくれてるから、もらったよ。今まで、風呂上がりの休憩で飲み物飲むのは妹が来た時、妹はいつも牛乳を買おうと言って3人分買ってくれてたけど。他の日は座りもせず、すぐに帰ってたからね。

弟は、わしはビール飲むけん、で、オロナミンCは断ってたけど、一息したよ。

ゆららの帰りに弟は必ず、スーパーに立ち寄ってって言うので、車で私と父は待って、弟は買い物してくる。父に昼ごはん作る材料を買ってるみたい。夕食も考えてるんでしょうね。

私は実家に泊まるということはないから、弟や妹は泊まるから、泊まって過ごしてこそわかることも多いでしょうね。

31日は昼寝し出してから、おやじ、ずっと寝とって起きんけん、わしが2階に上がろうとした9時頃になっておきてくるんやけん、夕飯食べてないわ。起きんけん、心配になって息しとるか確かめてみたーって言ってたよ。


寝てばかりだと、夢と現実がごっちゃになりそう。

肝性脳症を起こしてた時期の私がそうやったもん。

あまりねんとってや!って父に言ってしまうよ。


弟は、父がつける石油ストーブが心配だって言ってた。確かに、消すの忘れるとか、しないか、ね


朝、いつも玄関鍵かかってるのに、たまに、手袋が玄関ドアの下に落ちててドアがちゃんと閉まってなかった時とか、閉まってるけど、鍵はかかってなかったりとか、


父と居て、毎日実家を訪れてて、いまさらのように気づいた。

母が亡くなった時、大泣きしてどん底を味わうんだと想像してたのはちっともそうじゃなくて、

あっけなさすぎて、大声で泣くなんて一切なかった。思いっきり泣けてない。

日に日に悲しみが薄れてくのでなくて、日に日に母が居ない寂しさが増していくんだってこと。

だってそうでしょ。一緒に居ない時間が増えていくだけなんだから。