こんにちは٩(๑❛ᴗ❛๑)۶
今日は日曜日!認知症の母の通ってるデイが二箇所ともない、お休みの日なので、私は実家ではなく、いつものプールに最初から行ける日なんで、8:30には到着しました。
母が腎盂腎炎で救急にかかる前までは、いつもプールに行ってから実家へ様子を見に行ってたのだけど、その習慣をやめて、毎日実家を先に優先するようになって、唯一、前のように早くプールに行ける日は、日曜日と火曜日となっています。
早く行けると、常連で馴染みある人達と会えて話せる時間が長く持てるのでそれがとても心和む時間でありがたいです。
大抵の常連さんは平日だけの人が多いけど、ギターリストの萬ちゃんや、スプーンおばちゃん、今年から来るようになったSさん!、常連さんでは若い医療事務院さんやってるOさんなどは土日でも来てるので会えるのが嬉しくて楽しみです。
今年から来るようになって出会ったSさんは、よくおしゃべりしてくれるお人で、泳ぎも速くて、一緒のコースになった時、びっくりしました!Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
私の方が、譲らなきゃ!って焦りましたよ〜
年上の女性のはずですが物凄いスポーツマンって感じです!
その方に、今日、帰り際、私が受付で障害者手帳出して入ってる理由を聞かれました。
肝臓移植したんよ〜
え?誰にもらったん?
夫に…
えーそれは感謝せんといかんねぇ〜旦那さん、偉いねぇー
私の旦那はそんなこと、せんわー
と、私の夫のこと、偉い👏👏👏👏と褒め出して来ました。
その言葉に、反論はしにくいですが…
だからあまり言いたくない…って心情になります。
移植の件で、親族間でいろいろあった話しは他人には想像を絶することなんで、説明は難しいし、個人個人の気持ちが、経験したことのない人達にはわかりにくいと思うんですよね。
事実だけみたら、肝臓を分けてもらった私の方がレシピエントが、分けてくれたドナーの夫に、感謝すべきで、ドナーになった夫は勇者みたいに皆んなから崇められるべき立場の人になってるけど…
そこに行きつくまでの経過のことなんて、何も知らずに、他人から、感謝せんといかんわい!って言われると、
穏やかな気持ちになれません。
なぜ、病気は好きでなったわけじゃないし、先天性だから、生まれつき、そういう病もってしまった自分に落ち度あった訳でもないのに、
助けてもらったのだから、感謝しなさい!って言われてしまう人生ってなんですか?
なんなら…肝臓が悪化していったのは、夫の気質で、機嫌悪くさせないために身体の調子悪くても頑張って休まず、動いてたからかもしれないし、私の身体が悪い時、救急車呼んだの、いつも自分で呼んでたし、夫なんていつも病院のドクターの説明聞きに来てくれたこともなかったし、意識不明になって運ばれた時でさえ、実家の父からの連絡で夫、仕事休んで来たけど、同じく休んで駆けつけてくれた娘に、手続き託して、先生の話し聞かずに自分は温泉行ってたような人です。
そこから、もう移植しかない!転院して大学病院へ行くしかって話しだったのに…
大学病院でも、移植は急がないと時間ないって話しで、父もドナーに名乗り出てて手紙まで先生に書いて必死に頼んでくれてたけど、年齢が対象外で認められず、弟も必死でドクターに自分がなりたいと説得してたけど、(私と同じA型だったからね)喘息の持病があったから認められず、
AB型の妹とB型の夫のみ、対象になって検査になったんですよね。
医療チームと親族とのカンファレンスで、
夫は、ドナーになっても乗馬できますか?
(乗馬クラブに通ってたので)なんて質問して、軽くカッコ付けみたいに自分がドナーになるなんて、最初言っておいて、次の日、一晩考えてやっぱ、やめる!って、
娘に「もし、反対の立場やったら、人からもらってまで生きたいと思わんけん!って言って、俺を恨んでもええぞ。ばあちゃんちに、断りに行くぞ!」って言って娘と私の実家へそう言いに言ったそうです。
私は、息子はまだ小学4年生だったし、まだ死にたくないって思ってるのに、夫は私を助けたいとは思ってないってことですよね。
一日も早く移植しないと!で10/22だったか、日にちも決まってたのに、夫がやっぱりやめると言った為、延期になり、
このまま、誰もドナーにならないなら、ドナー待ちの登録して脳死ドナーを待たないといけないけど、それならもう時間ないし
また県病院へ戻って待ってもらうことになると言われてました。死ぬしかないってことになるので、
妹はドナーになるといってくれてるけど、それで担当医が県外にいる妹の連れ合いにも説明したいって言ってくれて、妹の夫である私の義弟も来てくれました。
それで妹夫婦が再度、実家で家族会議を開いてくれて…
夫は、私とは性格合わなくて離婚したいと思ってたし、自分の母親が実は万引で警察入ってて問題起こして高松から岩国刑務所に移されてって話し、(前は絶対誰にも言うなよって言ってたのに。自分で言ってるし。)したり、で、自分はドナーにならないって主張してたようで…
お義母さんのこと、実の妹さんに任せっぱなしで夫は何もしてないのに、なんで、こんなところで話し持ち出すわけ?
とにかく、こういう夫の話しを私は後から娘に聞いたのだけど、それに…
最近、父がその当時の気持ちを綴ったノートを見つけて読んでしまったのだけど…
ほんと、どうしてこういう人と結婚したんかなって自分自身を不甲斐なく思ってしまいます。
弟は、妹がドナーになった方がいいって言ってくれてたみたいです。
こんな夫だったから、夫がドナーになって
また、普通の生活に戻った時、夫が自分のおかげで!って言い出すだろうと思ってくれたんだと思います。
現に、ほんとうにそうなりました。
妹の夫である義弟が、
「もう、(妹に)ドナーになってもええ。その代わり、私の娘と息子の名前を言って、〇〇ちゃんと〇〇くんはウチで預かるけん!家族を守るんが男じゃないんか!」って、怒鳴ってくれたんですって!
そうして、夫がやっと、自分がドナーになるって、気持ちを入れ替えますって言い出したそうな…
だから妹の夫である私の義弟のたっちゃんのおかげですね。
私としては、少女の頃、夢見てたいつか私のことだけを愛しんでくれる人と結婚できるかな?って願いの果てがそうじゃなかった!って結論を言い渡されたってわけでした。
娘に、結局子供達をとられるのは嫌やったってことは、貴方達は大事なんじゃない?って言ったら、
娘は、お父さんは自分が思い通りにできる場所がなくなるんが嫌やっただけよ。って
言った。
妹も「お兄さん、わかってる?ドナーがいなかったら姉ちゃん、死んじゃうんだよ!」って言ってくれてたんだって…
妹のとこの長男のなおくんもその時まだ未成年だったのに同じA型だったから、僕がなろうかって言ってくれてたって後から聞いて、皆んなに心配かけてたなぁって思いました。
娘も自分もドナーの検査するって言ってるからくれてたけど、体重がかなり少なすぎて無理なのはわかってたし、
とても、辛い日々を与えてしまってました。
2010年に私が受けた生体肝移植術は、この年から数が増えて行きました。
その当時の私の大学病院では、成人の移植術で血液型不適合で行うのは私が最初だったので、大学内では有名で医学生の見学者も多かったそうです。
当時は朝から入って午前2時、3時までかかってたけど、今では午後9時くらいには終わるそうです。
レシピエントとドナーの関係は家族によってさまざま。
簡単じゃないんです。
夫は会社の人に、「奥さん孝行されましたな」って言われたって言ってたけど、
なんなん?!人の命助けるのが、単なる孝行って言葉なん?
命かかってるのに、反対の立場だったら、
もう愛してなくても、家族として生活して来た人の命、助けるのは人として当然のことだ!って思うけど!