2014年12月13日からの日記・・・タイムスリップです。

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しばらくぶりに書こうかなと思ったらもう今年も12月になってますね。

今年は、あみだくじで当たりまくって、

PTAの役員が当たり、

その中の地区の副部長の役にもまた当たり、

おまけにマンションの管理組合の理事長にも当たり、

その関係で、いろいろ、ありました。

大したことをやったわけでもないけど、

行かなきゃならないと思うと予定のその日までちょっと重荷に感じて、

でも終わってみれば、ほっとして

なかなか面白かったなって、充実感を感じてます。

何事もやるなら楽しんでやりましょって感じ。

 でも、1つ心残りに時間を戻してもらいたいと思うことがあった。

9月の下旬の頃。

理事長に相談したいことがあってと1階の住人が夜来られて話を聞くと、

別の1階の住人の奥さんが心臓マッサージ手伝ってくださいと

いきなり来られていったんだけど・・

それから、救急車が来たんで奥さんも行ってしまって

子供ら3人だけ残ってるんでどうしたらいいもんかって。

ご主人が首つり自殺をされてたという話だった。

その家の子供達の男の子2人はれいきとよく遊んでる子達。

とりあえず、その家のピンポーンを押しに行った。

出てきた一番上のお兄ちゃんはれいきより1つ年上の中学3年生。

まだ制服姿だった。

大丈夫?大丈夫です。の繰り返しがつづくと

中から警察の方がもう来られてたようで、

出てきてもう親戚の方にも連絡したからこちらへ向かってますと言われ、

私はそそくさと戻った。

自死されたその方とは挨拶を交わす程度の関係の人だったけど、

春のマンションの総会で、同じ理事で出席されていた。

れいきと遊んでる男の子のことで声かけてみたかったけど

理事長になってしまってたので時間が合わず話せなかった。

どんな些細なことでも人とのふれあいに関しては、

チャンスを逃してはいけないと痛切に思った。

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yりんはフェイスブックに自分のことは一切書いてくれるな!と言う。

どこかへ一緒に行ったことなども絶対書かんとってと言う。

yりんとの関係は、れいきとの関係よりずっと難しいような気がする。

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12月14日

今年、PTA役員の関係では~

 中学校の校区内の公民館ではあるけど、

うちからは遠い知らない街の公民館の図書当番に行ったり、

中学校の文化祭のバザー会場のお手伝いの時は地域の人達とふれあえたし、

そういえば1学期頃は地区別懇談会というのが夜あって

地域の中学生の夜間外出について地域の人達からも話が聞けた時もありました。

 マンションの理事長の名義は主人の名前にしてるけど

単身赴任だから実際は私がやるわけで、くじを当てちゃったのも私だし、

慣れない印鑑押しに最初は冷や汗もんでしたw

書類に目を通して印を押すのがあるだけで、

あとは管理会社の方がよろしくやってくださってるのだけど

理事会とか、消防訓練とかには参加しました。

消防訓練は消防署の方たちも来て

今年はてんぷら油の消火訓練を実際に体験したり、

一人で倒れている人を運ぶ方法など、

身近にあるものを使っての救助避難訓練法も指導してもらえました。

94世帯入っているマンションなのに参加者は10名程度で、

理事長になった手前仕方なく初めて参加した私の他は、

毎回参加されてる方たちばかりだったので、

消防署に通報する訓練は私が実際する羽目になって恥ずかしかったです。

でも、同じマンションの住人さんと一人でも多く

ふれあうことができるのは素敵です。・・・

自死されてしまった人がいたのを知ってしまったのも理事長になった為で、

その方とは春の総会に出席されていた時、

子供達がよくうちの子と遊んでたりするのでちょっと声をかけたいと思っていたのに、

理事長の引継ぎ中にその方は帰ってしまって

話せなかったことが今となってはとても悔やまれます。

人とのふれあいに関してはチャンスは逃さないようにしないとと切実に感じています。
(これ、前にも書いたね)

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 れいきは2学期最初の出遅れから9月5日に初めて登校、

体育祭は欠席、私は役員だからジュース販売に必要な氷だけは作って持っていきました。

2学期は合同役員会やら、公民館の図書整理やら

文化祭の準備やらいろいろあったけど、

その連絡の文書は生徒を通じてこちらに伝わるのは基本なのに、

れいきはカウンセラー室の登校したりしなかったりで、

連絡のプリントが届かなくて、部長さんからのメールが頼り。

・・・それでも、文化祭前までは、れいきも給食まで

食べて帰れるようにまでなっていったのですが。

文化祭前、カウンセラー室に常在していた若い女の先生が10月いっぱいで

辞められることになって、

色紙にメッセージを書いてと3年生女子から言われて

そのメッセージ書きが苦痛になったれいきは

また休み始めてしまいました。10月30日から欠席が続いています。

 主人が帰省したのは10月10日~13日と10月24日~28日。

10日の金曜日は朝早く主人が帰ってくるので、

れいきはいつもより早く登校。24日の金曜日も登校。

25・26日帰省した主人だけど、

大山に乗馬クラブの仲間と外乗旅行の出かけて

27日は1年に1回の愛大病院検査日に早朝から行き

午後はそのまま温泉で翌日28日に赴任先に帰るという日程でした。

次に主人が帰省したのは11月21日~24日。

22日に乗馬クラブに行くのと夜はその仲間との飲み会。

・・・不登校が続いて、担任の先生も2度ほど、

家に来てくれて、21日は父親が帰宅するし

登校するかもと期待したけど、

れいきはベッドにもぐりこんだままで

父親が昼過ぎのいつもの温泉施設に行くまで部屋から出てこなかった。

途中、午前中、私は買い物に出かけ家には

父親と2人きりの時間もあったけど・・

主人がれいきのこと、聞いてきたら嘘は言わないけど

何も聞かれなかったから黙っていたので

主人はれいきがその日家にいたこと知らないまま。

 11月28日に、1週間に1度だけ来られている中学校の

スクールカウンセラーの先生に相談に行きました。

その先生が先日12月12日、家に訪問してくださってれいきとも面談してもらえました。

家まで来てもらえるのは本当に嬉しい限りです。

れいきも、先生方とはよくしゃべります。

土日は毎回友達が家に来て遊んでるけど、

そういう決まった友人以外の人達との交流を

れいきにも多く持っていくようにしむけたいものです。
 
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今年は障害年金をもらい始めて3年経過したから

また審査があって、残念ながらというべきか、

喜ぶべきことではあるのですね。

数値上、もう肝機能もよくなってきているので

障害年金は中止になりもらえなくなりました。

主人に言わせると今までもらえてたのが不思議だって。

私もそう思います。ありがたすぎると思ってたもの。

でも退院直後は本当に苦しい身体でした。

主人には私の身体の辛さのことがわからないだけ。

想像力に乏しい人でしょうがないと思うしかない。

 一応障害年金だけは私のものって意識があったから心強かったけど、

なくなって不安にもなります。

れいきの歯科矯正治療の第2段階の始まりで、

また大きいお金が必要で、障害年金の中から引き出して支払いました。

骨の成長を待って今回からは取り外しできず

がっちり歯にはめるタイプの矯正治療の始まりで

11月は1週間ごとの割合で歯科医院に通って、

歯科矯正中の生活も大変なことがわかりました。

食生活にも影響するし、本人は大変です。

 私の愛大病院受信日は10月31日と12月5日に行って来ました。

10月31日は午後は学校の文化祭のバザーの準備に行かなきゃならず、

間に合うか気をもんだ日でした。

12月5日は、念のための大腸内視鏡検査を受けるために

早朝から出かけました。親戚に大腸がんの叔父叔母がいたし、

便に血が混ざるので受けてみることにしたのです。

口から入れるのと違うから大丈夫だろうと、

鎮静剤なしにしてもらったら、もう、もう、もう大変な検査でした!

もう2度とやりたくないです。

小さなポリープはいくつかあったけど放っておいていいものらしく、

あと、小腸との境目あたりに変な細胞があったので

病理組織検査に出したのがあるけどそれは次回の外来日に結果を聴く予定です。

・・最近、外科外来ではT先生の他に

移植コーディネーターの女の方がよく私とおしゃべりしてくれて心強い限りです。

 免疫抑制剤を服用していると癌になる確率も高くなるから、

健康診断を受けなさいよとT先生に言われてるけど、

今年度も、大腸は内視鏡を受けたわけだし、

子宮がん検診は精密検査を受けて以来、県病院で定期的に検査してもらってるから

もういいかな~って思います。

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