私の時間だけ、狂ってた2010年の話は続きます・・・ごめんなさい。しつこく書いてます。

 

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時間の感覚も、ものすご~く変だった。

 

両親は混みようによっては1時間もかかるのに、

 

1日おきごとに来て、洗濯物を交換してくれてたりしたはずなのに、

 

もう何週間も誰も身内が来ないと思って気分がふさがってた時があった。

 

娘は土日しか来れないのは重々承知で、

 

月曜日が来ると金曜日までが1年ぐらいに感じた。

 

金曜日が来たと思ったら、土日を飛ばしてまた月曜日になってるのはどうして?

 

と思う日もあって、完全に私の時間は狂っていた。

 

だから、毎日同じことの繰り返しが永遠続いてると感じた。

 

それはものすごい恐怖だった。

 

洗濯してすぐまた同じタオルを持って来てくれてたので、

 

気がつくといつもまた、くまのプーさんの黄色のタオルがかかってて、

 

逆になんで?なんでまたこのタオルがここにあるん?と恐怖を感じた。

 

時間の感覚が狂ってるってほんとうに怖い。 

 

『なんで、身内が来なくなったん?』って、看護師さんや、ドクターにも、訴えたような気がする。

 

ドクターが来た後で同じ日に久しぶり、両親がやってきてほっとした記憶が残ってる。

 

先生が呼んでくれたんだと思った。

 

迷惑かけて、心配かけて、あんなにお世話になってた両親に対しても

 

あの頃の狂ってた私は結構ひどい当たり方をしていた。

 

子離れしてないんよ、母さんは。みたいなこと・・・押し付けが多すぎるとか・・・

 

狂ってる私なのに、両親と話してて2人とも年をとったんだ・・・と感じた。

 

わけのわからないこと、言ってる部分あると思った。

 

私が実家へ非難した時、

 

実家へ置いてたマンションの鍵が見当たらないのを、私のせいにされていたが、

 

本当は母が実家のキッチンの引き出しにしまっていたのを忘れていただけだった。

 

妹がそれを見ていて見つかった。

 

狂ってる時期でも、結構、頭はっきりしてるとこ、あるじゃないと自分のこと思った。

 

何日も何日も経ってやっと、yりん(娘)と息子がやっと来たと思った日。

 

2人を諭した。

 

『私は本当はもう死んじゃってるんだよ。

 

だから、これから、○○(息子)は、ばあちゃんちに住む?

 

学校、ばあちゃんちから、通う?

 

バスもあるし、転校してもマンションのお友達と遊びたかったら、

 

まっすぐ行けばマンションに着くし・・・

 

yりん、○○(息子)のこと、お願いね。

 

信じられないのは感情がそう思ってるからで、

 

本当にもう私は死んでるんよ。

 

霊媒師さん、呼んできて。喉が燃えててくるしいんよ。』

 

そんなような話を真剣に言っていた。

 

だから、後にyりんが、あんまり、真剣にお母さんがそう言うけん、

 

実はわたしらが死んでるのかと思った。

 

マインドコントロールされそうだったって言っていた。

 

病気腎移植のニュースが私の頭の中で反映されて、

 

この病棟も肝臓移植の人体実験ごときことしていると疑っていた。

 

どうにか逃れたくて、嘘の病棟なんだと思ってそれを身内に伝えたかった。

 

手帳や、紙切れや、記録用紙の余白や、白いタオルにもその悲鳴のように殴り書きしてた。

 

病室にはカメラが設置されていて、

 

携帯電話も盗聴されてて、

 

看護師さんたちにいつも見張られてると思っていたので、

 

なんとか、知られないように身内に訴えなければと考えていた。

 

だから、娘達が2人で来てたとき真剣に話を聞いてくれてるとき、

 

前に娘がくれた手紙の裏側に書いたメモを看護師さんに見られないように見て・・

 

と言うと2人でカバーするようにこっそり見てくれてた。

 

今から思うと滑稽だけど、

 

私の虚構の世界に一緒に浸かってくれてたことは、その時の私には救いだったと思う。

 

 『しんでから うがいしても のみもののんでも ぜんぜんいみなし のどがくるしい のどがやけつく ころされた!』

 

と、紙切れに書いてた。

 

『 yりん・・・

 

大人になったなあって カンシンしてたよ!ホント! 

 

でも、あたし 殺されちゃったよ! 

 

のどがやけつくまんま

 

死んでからいくらのんでもイミナシ! 

 

のどがやけつく! くるしい!

 

死人と話しができる人よんで、たすけてよ

 

アクレイタイサンさせてよ。

 

のどがやけつくまんまで

 

すごくくるしいんだ!』

 

と、yりんが前にくれた手紙の裏側に書いて渡した。

 

『のどがやけつく

 

死んでからいくらのんでも

 

いみなし

 

くるしい のどがやけて

 

かわいてやけつく!

 

ゲンバクの死者みたい!

 

私は殺された

 

のどがやけつく

 

いくらのんでも のどがやけつく。

 

てっとりばやく ころされたのよ。

 

みこみなしにせんたくされて。

 

だまされて。

 

このくるしみすごくつらいんだ!

 

人をしんようするもんじゃない。』

 

と・・・・

 

2010年の私の手帳のメモ欄の後ろの方に

 

生々しく殴り書きされてる。

 

ひらがなやカタカナばかりなのは、肝性脳症の時は漢字すら、書けなくなってきていた。

 

字を書くことじたい手がふるえてうまく書けずにいた。

 

同じようなことばかりだけど、

 

死んだ証拠を残そうとあちこちに書いてた。

 

タオルにもマジックで書いてた。

 

それを看護師さんには見つからないようにしようと頑張ってた。