もう~悪夢の日々でした。ここからさき、現実と幻想、幻覚が入り混ざってて・・・

 

文章にしてもわけがわからないことになってる・・2010年の10月デス─=≡Σ((( つ•̀ω•́)つ

 

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大学病院に転院して受け持ちの看護師さんから、

 

日々の記録表を渡され、尿・便回数、性状などをできるだけ自分で記入するように言われた。

 

日付けと曜日は既に記入されていた。

 

普通なら、簡単なことのはずが、頭がおかしくなってる私にはとても難しい宿題だった。

 

なにせ、時間の感覚がわからなくなっていた。朝・昼・夜も狂っていた。

 

 入院時の説明では、水分制限はないはずだったのに、

 

飲水量測定表も加わり、飲んだものすべてをどのくらいの量か、

 

記録していかなきゃならなくなって、困惑した。

 

自分でカップの目盛りを一生懸命よもうとしたけど、

 

なかなかわからなかった。

 

父が持って来てくれたジュースなどはなんmlと、記入されていてわかりやすくほっとした。

 

 それらの表が壁に張られ、看護師さんが記入するようになると、

 

いろんな看護師さんが入...れ替わり立ち代りやってくるので、

 

間違って二重に記入されなかったか心配だった。

 

あまり、飲んだらいかんよ!と怒られてるようで、プレッシャーを与えられた。

 

のどがいつも渇いていつも身体は水分を要求していた。

 

唇もかわいて、かさかさだった。

 

切れて痛いし、なめるとよけい渇いた。

 

のどの痛みもあって、のどがやけてる~といつも訴えていた。

 

 排泄面でも、苦しかった。なかなか出そうで出なかった。

 

便が出ないと、アンモニアが脳の方に溜まっていくので、

 

できるだけ排泄するように、頑張れ!と看護師さんたちから言われた。

 

排泄を促すように、お薬にも下剤などもあって、

 

下痢も度々起こるようになって、いつ出るか、もう止まったのか、

 

そういう時間がまた苦しかった。

 

ベッドのそばのトイレでもベッドから降りて、そこにいくのがしんどかったし、

 

ベッド上でするのも、きつかった。恥ずかしさもあった。

 

 トイレでするとき、必ず、いくら出たか量を測るため、

 

受けとなるピンク色の便器みたいなのを便座に敷いて使用するのだが、

 

それを持って来てもらうように、いちいち、看護師さんに頼むのが心苦しかった。

 

 それの置き場が遠いらしく、そこまでとりに走る看護師さんの負担を気にした。

 

だからそばに予備があってすぐ渡してくれる時は、ほっとした。

 

自分も、切羽詰ってるのに待たされずにすんでよかったし。

 

 おしっこだけ大量に出て肝腎の便がなかなか出てこず、

 

お願い出て~と懇願している時が多かった。

 

すんだら、その処置にそれをトイレに持っていって量を測るため

 

看護師さんが待ってる時など、あせった。

 

後で、呼んでと言われて

 

頑張る時はどこまで頑張ればいいんだか悩んだ。

 

くたびれて呼んでも今度は看護師さんがなかなか来てくれなかったりした。

 

 転院した最初の頃は身体のさまざまな検査をたくさんした。

 

検査前、絶食、水分制限のある検査なのに、

 

ジュースを飲んでしまったりしてるのに、検査をうけたりした。

 

絶対、おかしくなると恐かった。

 

無茶苦茶してるから、身体がどんどん悪くなっていく気がして心はどんどん恐がっていった。

 

 精神科の先生がよく病室に訪ねてこられていたのもこの頃だ。

 

神科の先生がなぜ?と思っていた。

 

やはり、私がおかしくなってるのが皆に見え見えなんだと思った。

 

簡単な計算問題を出され、もともと、暗算苦手なんですと言い訳した。

 

自分の家族の話など日常の質問に答えたあとで、

 

あれは2年前の話だったわあと昔のことを今現在のように伝えてしまったと気づいた。

 

  おかしな悪夢だらけの迷路に迷い込んだ日々はまだまだ続いていた

 

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パート14

 

『こりゃ~どうならい!シーツごと替えなきゃ!また着替えんと!・・・』

 

ベテランの年配のシャキシャキ看護師さんの甲高い声が聞こえた。

 

私は眼が開かない。

 

頭はその声で醒めたけどなすがままにされるのみだ。

 

たぶん、夜勤の看護師さん3人だけの時で手一杯の忙しい時間帯らしいことが会話からわかった。

 

ベッドの上で下痢でも、もれたのかとにかく大騒ぎしていた。

 

申し訳ないけど、自分の身体は目覚めてないらしい。

 

あっちにごろり~こっちにごろり~体位変換してもらってるうちに

 

またおかしな世界に入ったらしく、普通の体位変換じゃなくなっていった。

 

私の頭の中の世界では身体がぐるぐるまきになったり首の骨、折れるやろ~

 

と恐がりながら軟体動物状態でごろごろ動かされていって、

 

終いには自分で回って移動していた。

 

カタツムリみたいに。すごい!...人間ってこんなこともできるんだ~って悪夢の中で

 

これが現実?なんで、死なずにいられるんだろうと不思議がっている自分がいた。

 

 程なく、『また、戻ってくるからね』の看護師さんの声がして、

 

いつのまにか自分では県病院の中に戻っていてそこへさっきの看護師さんも来た。

 

ドン!バキューン!パチパチ!ドカーン!何かが飛んで来る。

 

爆弾?火薬?花火?訳がわからずよけながら逃げる。

 

学病院へ帰らなきゃ。看護師さんと逃げる。

 

コンパクトの鏡の模様にあひるの絵がついてるのを持っていてそれを見て、

 

看護師さんがグワッグワッと鳴きまねした。

 

つられて私もグワッグワッの鳴きまねごっこ。

 

グワッグワッの連続、なぜだかわからないけど曲までついて恐い悪夢を

 

おかしく笑う夢に変えていった。

 

 朝、本当に目覚めたときも、コンパクトのあひるを見て笑った。

 

笑えた。グワッグワッ!グワッ。喉がかすれて痛かった。

 

 最初の頃、昼間ふと目が開き見ると、両親と夫がいた。

 

何か話してた。夫は私の顔を見て、『もう、帰るわ。俺の顔見たくないらしいけん』と言った。

 

眉間にしわでもよせて嫌な顔してたんだろうか・・

 

 それから、しばらく夫は娘によく伝言をよこしてきた。

 

『お父さんがなになにはどこへ置いとる?って聞いてきてって言われた~』

 

みたいな日常生活必需品の置き場所などの家の中のあれこれのことを。

 

頭がはっきりしなくなってるのに、そんなことは家にいる者で探して欲しいと思った。

 

 大学病院へ入院するまで、いつも、私の病気についてのドクターの説明を

 

全く聞きに来てくれることなど、なかったし、私が話しても聞く耳持たずだった夫のことを

 

どうしてこの人が私の夫なん?『あんたのせいでここまで悪化したんよ』と言いたかった。

 

・・・ちょっとは反省してくれたかと思ったのに、

 

夫が病室に来ても家のこと管理的な要件を聞くことと、

 

『どうせ、頭がおかしくなっとるけん、わからんようなっとるんやろ~』と憎まれ口を言って、私をイライラさせた。

 

 携帯電話、夫が私と娘のを家族割り引きで契約している。

 

娘のはパケット料金定額制を申し込んであるけど私と夫のはつけてない。

 

操作しても最初から設定されていないのが結構あって、それが悪夢の中にも影響してきた。

 

 混沌とした眠りの中で、この病院はメールができないと連絡でき

 

危険が予知できない、災難がふりかかる、

 

助けを呼べないとにかく死ぬ運命が近づくという風なしくみに設定されていた。

 

私の頭の中で。

 

ゆえに、携帯がロックされてるボタンを持つ私は

 

メールのできない夫の陰謀にかかって殺される為にこの病院に夫に入れられた

 

という風に思い込んだ悪夢を見た。

 

 喉がからからで死にそうな状態の時、

 

さらに喉がからからになりそうな、うがい薬を口の中に放り込まれる仕掛け状態にされていた

 

動けない私の身体がそこに横たわってもがいていた。

 

じわじわ、その瞬間が迫っていた。

 

なんとか解く方法はメールすること。

 

一生懸命解こうと試みるが、ロックされてる携帯ではできず、

 

時間切れでとうとう口の中にうがい薬が入り込み飲み込んでしまった。

 

ゲフォゲフォっと喉が詰まった。のどががらがら、ざわざわ苦しい!息がつまる!

 

死んでしまう。死んでしまう。と足掻く。喉が燃える。・・・死んでしまった。と思った。