あーやってしまった~こっちの方を先に出すはずでした~

 

下書き保存してるのを間違えてパート13と14、さっき出しちゃいました~

 

こっちが順番としては先です。m(_ _ )m

 

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県病院から大学病院に移った頃の

 

血液検査に出た、アンモニアの数値は

 

基準値が18.0-48.0であるのに対して

 

私は200を越えていた。

 

277の時もあった。

 

肝臓で処理できなくて頭にまわってしまって肝性脳症を引き起こしていた。

 

今が現実の中なのか夢の中なのか区別つかなくなっていた。

 

両方入り混じった世界に住んでいた。

 

時間も空間もふわふわ彷徨ってる感じだった。

 

自分が眠っているのか起きているのかわからない状態の中で

 

身体は苦しくてたまらなかった。

 

狂ってる間も、人間関係で困惑していた。

 

医師や看護師さん達の名前を覚えなきゃ!って脅迫感に苛まれていた。

 

名前、間違って呼んだら嫌われる。

 

痛い目に合わされると思い込んでいた。

 

私が言った名前が違っていて、『え?誰、誰?』って聞き返されただけで、

 

恐いと思った。『そんな先生...、いないよ』にも、恐ろしさを感じていた。

 

看護師さんが私のいる個室で他の患者さんの話をしていても、

 

べて私に関係していることのように感じたし、

 

廊下の方で笑い声がしても、私が笑われているように感じた。

 

すべて、見張られていると疑っていた。

 

個室の病室に隠しカメラがついていると思っていた。

 

廊下を通る人達もエキストラに思えてくるようになった。

 

この病棟では人体実験されてると思うようになった。

 

私の肝臓はもうだめだから、移植が必要なのに、

 

”移植してもらっても治る見込みなし!”に選択されて、

 

変わりに誰かの肝臓として与える側になるんだと考え始めた。

 

ゆえに、自分は見捨てられて死ぬ運命なんだと。

 

私は誰かの肝臓として生かされるんだ!なんて考えに至って身震いした。

 

肝臓が欲しい人がいっぱいで足りないからそうなるんだと。

 

携帯電話を使っても話し声がナースステーションにつながっててすべて、

 

そっちにわかってしまうと疑っていた。

 

いつの間にか、ベットの柵に抑制帯でしばられていて、

 

身動きできなくて痛いその状態で、

 

もう、刺す静脈がなくなっていた腕に、

 

度も刺しにやってくる看護師さんが恐かった。

 

大抵いつも1度では、血管確保できなくて何度も刺された。

 

こんなひどいことをするここの病棟は偽の病院だと思うようになっていた。

 

・・・実は私には記憶がないが自分で勝ってに点滴を抜いてしまっていたそうで、

 

それをドクターが最初に見つけ、抑制することになったらしい。

 

薬も飲まなくて、鼻からその時入れるためだったらしい。

 

抑制帯でぐるぐる巻きされた腕、

 

手首から先にはグローブのようなものもはめられてしまって

 

ますます、皆が敵だと思うようになった。

 

数人の看護師さん、ドクターに囲まれて何かの処置、

 

浣腸などもされた時、必死にもがいて、抵抗し、

 

プップッと看護師さん、めがけて唾を吐いたこともあった。

 

唾が赤かった。赤く飛び散っていた。

 

『なんで、よってたかってこんなこと、するんよう~』と怒号していた記憶がある。

 

なぜか、昼間、身内が面会に来ているときは、抑制帯がはずれていた。

 

両親に訴えた。誰もかれも病院に騙されていると思った。

 

ある時、カーテンが風に揺れて少しだけ開いてる窓の枠に挟まってるのを、

 

私の身体、口の粘膜がはさまってる、痛い!と言って、

 

痛がってるからはずして!と娘に言った。

 

いまだに、息子も、そのときのことを不思議がって覚えているそうだ。

 

カーテンのゆらぐのを止めてもらいたくて、

 

ふと、抑制帯がソファーに落ちているのを見つけて、

 

娘にそれで、カーテン留めてやと頼んだ。

 

廊下を見て、看護師さんに気づかれない内に早く!と急き立てていた。

 

娘は私の言うとおりに抑制帯をつかってカーテンを留めてくれ、

 

これでもう抑制帯につながれないだろうとも思った。

 

『看護師さんがいつも起きてて眠ってないんですよ~と言ってたよ』と娘が言ったけど、

 

目は開いてても頭は現実でないものをたくさん見てた日々だったと思う。

 

ベッドの上で座ったまま苦しくて前後にゆれていたとき

 

ふと自分の胸元からお腹、腕のあたりのパジャマ

 

真っ赤な血で染まっていてベッチョっていう感覚がして着替えたいと叫んでた。

 

『血だらけになっとるんよー』と叫ぶ。

 

『どこ?血はついてないよ。これはパジャマの花柄の色よ。』と言われたりした。

 

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肝性脳症で狂ってた期間、私はまったく世にも奇妙な物語の中にいた。

 

 奇声を上げ、泣き喚き、怒号、あばれて看護師さん他、みんなを困らせていた。

 

『ちょと静にして!廊下まで聞こえてる。

 

他の患者さんもいるのよ。』と言ってドアを閉められていた。

 

 暗闇の中を走って何かから逃げていたら、バタンと倒れた。

...

仰向けに?うつぶせに?とにかくどちらか変な倒れ方をしたために

 

ひどくおかしな身体になってもがいてる。

 

そんな自分にふと気が付いて助けを呼ぼうとするのに、声がかすれて出ない。

 

のどがひりひり、ものすごく痛い。言いたいことが言えない。

 

『あんたがそんなに怒鳴るけんよ~』母か父の声がする。

 

 母がそばにいたはずなのに、白衣の人がそばで私に話しかけてる

 

私に何かさせようとしているけど、私は反抗的にとげのあるもの言いをしている。

 

『あんた~なんでふとっとん!』『絶対、飲まん!それ、毒やろ~』

 

・・・たぶん、計量カップに入った液体の薬が茶色っぽい変な色で

 

臭くて不気味でまずいし、飲みたくなくて、押し問答してたんだと思う。

 

 その看護師さんは、『じゃあ、私が飲んでみようか?』とまで言い始めてた。

 

『じゃあ、飲んでや』とぶっきらぼうに言ったはずだ。あんたが飲んでも私は飲まないよ』

 

 のどが痛くて声が出にくくなるほど、大声で叫ぶことが多かったことなど、

 

もう忘れてた。

 

『一番ショックで恐かったのは、お母さん、私のことを看護師さんって呼んだときがあったんよ。』と

 

娘が言っていた。

 

そういえば、あの訳のわからない夢と現実の入り交ざった世界にいた時、

 

母が私の言動、姿に涙して病室を出て行ったのと、

 

白衣の看護師さんの悲しそうな表情、

 

しぐさとどちらがどちらか混ざり合って重なって

 

「え?実はあの人が母?」なんてドラマ仕立てのものを見ているような動揺させられる時の連続があった。

 

 1日3回の食事のはずが、何度もやってくるんよ!くるしい!と

 

家族が来たら訴えた。

 

おかしいんよ。この病棟。みんな騙されとるんよ!ドアはしめんとって!

 

看護師さんがみはっとるんやけん。内緒ごと言い寄ると思われたらいかんやろ。

 

 夜中、眠れずにいる。

 

隣の部屋の物音。苦しんでる息遣い。

 

手を伸ばしたら何かに当たって壁と思ったけどベッドの何かかもしれない、。

 

指でとんとん叩いて合図をおくったら伝わるかなと思い、

 

ントンしてみると、向こうからもトントンしてきた。夢だったかもしれないけど。

 

 個室を別の個室に移動したのは1度きりのはずだけど、

 

転院してくる前の県病院のとき、ベッドごとの部屋の移動を何回もしていたのと混同して、

 

こちらでも何度も行ったり来たり、

 

しかも県病院のベッドと大学病院のベッドを行ったり来たりしていると思い込んでる時期もあった。

 

ベッドごとの移動で、乱暴に移動させられ、

 

ベッドから私の何か持ち物がガチャンと落とされ、割れる音がして、

 

自分が乱暴に扱われて死んでしまうと心の中で叫んでいた。

 

運んでる看護師さん達の笑い声が聞こえて嫌な感じがした。

 

混乱状態の頭だから、そう思えたのだろう。

 

 看護師さんが、『ここはどこ?何病院?』という質問を度々私にするようになった。